第百十九話……勝者なき決戦
――聖帝国暦六四五年十月上旬。
旧帝国軍の増援がルドミラ戦域へ向かっているとの報が届くと、ナシール=イブン=ラヒーム将軍は、それまで続けてきたゲリラ戦を打ち切った。
「全艦艇へ通達。各地に散っている部隊を集結させよ」
「はっ!」
現在でこそ、ルドミラ軍は旧帝国軍と互角に近い戦力を維持している。
だが、新たに二個正規艦隊が到着すれば、その均衡は崩れる。
さらに十個師団もの惑星地上軍まで加われば、ルドミラ側が戦況を覆すことは極めて困難となるだろう。
ならば。
まだ互角に戦えるうちに、敵主力を叩く。
ラヒームは決戦を選んだ。
そして、それを望んでいたのは旧帝国側も同じであった。
ロサリオ国家元帥もまた、長く続く補給線への襲撃に苛立ち、ルドミラ主力艦隊との正面決戦を求めていたのである。
両軍の邂逅は、そう遠くなかった。
◇◇◇◇◇
「敵艦隊を確認!」
「数、およそ我が方と同程度!」
ルドミラ艦隊の旗艦「セト」の艦橋にて、ラヒームは、正面モニターいっぱいに広がる旧帝国艦隊を睨んだ。
「全艦、両翼を広げながら砲列を形成せよ!」
「了解!」
ルドミラ艦隊が一斉に展開を始める。
ラヒームは、もともと惑星地上軍出身の将軍である。
だが、宇宙艦隊指揮においても非凡な統率力を示していた。
各分艦隊へ細かな指示を飛ばし、旧帝国側より一足早く戦列を完成させる。
「敵はまだ隊形を整え切っておりません!」
「よし」
ラヒームは獰猛な獣のように笑った。
「のろまな中央の貴族様どもへ、ビームの嵐をお見舞いしてやれ!」
「全艦、砲撃開始!」
ルドミラ艦隊の前面が、一斉に光り輝いた。
無数のビームが宇宙空間を横切り、展開途中の旧帝国艦隊へ突き刺さる。
先制攻撃を受けたロサリオ艦隊は、各所で損害を受けつつも、電磁防壁を展開しながら慌ただしく陣形を整えた。
「ミサイル艦、前へ!」
ラヒームが続けて命じる。
「目標選定は各艦長へ任せる! 撃てるところから撃て!」
「はっ!」
ミサイル艦の発射口が次々に開き、誘導弾の群れが宇宙へ放たれた。
本来ならば、長期戦を続けてきたルドミラ軍の弾薬備蓄は、とうに底をついていてもおかしくなかった。
だが、実際には十分な量が残されている。
アストレア聖帝国が、表向きには兵を出さぬまま、秘密裏に弾薬や部品、量子エーテルを送り続けていたためである。
「敵ミサイル、多数接近!」
「迎撃開始!」
旧帝国艦隊は混乱しながらも、どうにか攻撃を受け止めた。
艦隊運動ではルドミラ側に後れを取ったものの、ロサリオ率いる艦隊の多くは新鋭艦揃いである。
高出力の電磁防壁や防御重力場。
新型迎撃システム。
厚い複合装甲。
それらがラヒームの先制攻撃による損害を、限定的なものへ抑え込んでいた。
◇◇◇◇◇
新造戦艦「ウォンロン」、その艦橋で、ロサリオ国家元帥は戦術図を睨んでいた。
「右翼分艦隊へつなげ」
「了解」
通信モニターに、分艦隊司令官の姿が映る。
「予定通りだ」
ロサリオは命じた。
「高速艦艇を使い、敵右翼の外側を迂回せよ。主力ではない。補給部隊を叩け! 本当の戦略というのを見せてやれ」
「了解いたしました!」
間もなく、駆逐艦を中心とする二十五隻の高速艦艇が、本隊から離脱した。
戦場を大きく回り込み、ルドミラ艦隊の後方を目指す。
「敵の迎撃艦、ありません!」
「よし!」
別動隊司令官は、正面に二隻の大型輸送艦を発見した。
護衛もほとんどいない。
「敵の補給艦だ。接近して一気に仕留めるぞ!」
二十五隻の高速艦が殺到する。
「全艦、レールガン射撃開始!」
至近距離から撃ち込まれた実体弾が、輸送艦の外壁を次々に貫いた。
だが。
その瞬間。
二隻の輸送艦が、太陽のような光を放った。
「なっ――」
意図せぬ想定外の大爆発。
輸送艦に満載されていた大量の特殊爆薬と可燃ガスが一斉に起爆し、周囲の空間を巨大な爆炎が包み込む。
近距離まで接近していた別動隊は、逃げる暇すらなかった。
艦艇が一隻、また一隻と爆発にのみ込まれていく。
「別動隊との通信、途絶!」
「全滅です!」
「くそっ!」
ロサリオは拳を叩きつけた。
「囮か!」
補給艦に見せかけた、爆薬満載の罠。
ラヒームは、自軍の後方を狙われることまで読んでいたのである。
「姑息な真似を!」
ロサリオは吐き捨てた。
だが。
戦場全体を見れば、旧帝国側が不利というわけではなかった。
むしろ時間が経つにつれ、ルドミラ艦隊の損害の方が増えている。
理由は単純だった。
艦艇の質である。
ロサリオは、ローゼンタール総統から厚い信頼を受けていた。
その直属艦隊には、帝国軍の中でも優先的に新造艦艇が配備されている。
一方のルドミラ艦隊には、旧式艦や改装艦が多く混じっていた。
戦術で優位に立っても、同じ一発を受けた時に耐えられる量が違う。
戦闘が長引くほど、その差が表れ始めていた。
「閣下!」
参謀が声を上げた。
「敵中央の損害が増えております。そろそろ予備部隊を投入し、勝負を決するべきかと!」
「うるさい!」
ロサリオが振り返った。
「その程度のことは分かっておる!」
参謀が口をつぐむ。
「後方の宇宙母艦と重装甲型ビーム艦を前へ出せ!」
「……は?」
「敵左翼が薄い。そこへ集中させる。突破して側面から中央を叩くのだ!」
「了解!」
予備部隊が動き始めた。
大型宇宙母艦を中心に、重装甲型ビーム艦が護衛につく。
敵左翼へ向かって急速に前進。
火力を集中し、ルドミラ側の薄い戦列を押し始める。
「敵左翼、後退!」
「よし!」
ロサリオは身を乗り出した。
「そのまま押し切れ!」
……だが。
これもまた、ラヒームの罠だった。
◇◇◇◇◇
「食いついたぞ」
ルドミラ艦隊旗艦「セト」。
ラヒームは静かに呟いた。
「長砲身ビーム艦隊。射撃用意!」
「了解」
戦列の後方に潜ませていた長距離砲撃艦が、一斉に艦首を巡らせた。
目標は、突出した旧帝国軍の予備部隊。
「照準完了!」
「撃て」
閃光。
長砲身型ビーム艦から放たれた光条が、ロサリオ艦隊の突出部へ降り注いだ。
「敵砲撃!」
「左舷障壁、消失!」
「母艦一番、被弾!」
巨大な宇宙母艦の側面が爆発した。
続く一斉射撃が重装甲艦を貫き、予備部隊の戦列が崩れる。
「後退しろ!」
「いや、踏みとどまれ!」
「前の艦が邪魔だ!」
「衝突するぞ!」
指揮系統が乱れた。
後退しようとする艦と、命令通り前進を続けようとする艦が交錯する。
二隻の大型艦が接触。
さらに後続艦が回避しようとして戦列を乱し、そこへルドミラ側の第二射が襲いかかった。
「予備部隊、混乱状態です!」
「損害拡大!」
「後退させろ!」
ロサリオは怒鳴った。
だが。
ルドミラ側も、余裕があるわけではない。
戦術ではラヒームが上回っている。
しかし、艦艇の質と防御力では旧帝国軍が勝っていた。
ルドミラ側もまた、少しずつ戦闘艦を失っている。
さらに長時間の戦闘によって、双方のエネルギー残量と弾薬備蓄が急速に減少していた。
「将軍!」
ルドミラ艦隊の参謀が報告する。
「総エネルギー残量、各艦平均三割を切りました!」
「ミサイル残量も二割以下!」
ほぼ同じ頃。
ウォンロンの艦橋でも、似たような報告が上がっていた。
「国家元帥閣下。これ以上戦闘を続ければ、帰投用のエネルギーにも影響します」
「……」
ロサリオは戦術図を睨んだ。
敵を打ち破ることはできなかった。
だが、敵もこちらを追撃できる状態ではない。
「全艦、段階的に後退せよ」
ロサリオが命じる。
ほぼ同時に。
「十分だ。敵を追うな」
ラヒームも撤退を決断していた。
両軍は互いに砲撃を続けながら、ゆっくりと距離を取った。
ルドミラ軍は、旧帝国の精鋭艦隊を退けた。
旧帝国軍は、艦艇の質と火力によってルドミラ艦隊へ確実な損害を与えた。
戦術ではラヒーム。
戦力ではロサリオ。
その優劣が最後まで噛み合わぬまま。
聖帝国暦六四五年十月上旬の艦隊決戦は、双方が決定的な勝利を得ることなく終わったのであった。




