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星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


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第百八話……逃げ道

「旗艦へ目標座標を送る! 環境への考慮も重視して、照射面積は最小に集約、威力を抑えることも忘れるな!」


 次元潜航海賊船モリガンから送られた位置情報が、超戦艦ハンニバルの中央管制室へと到達する。

 直後、全長数キロに及ぶ巨艦の最深部で、主機関が低い唸りを上げた。


 人工的に封じ込められた小型ブラックホールが回転を始め、周囲の空間がわずかに歪む。

 重力炉の出力計が跳ね上がり、巨大な機関室を青白い放電が走った。


 発生した膨大なエネルギーは、艦内の兵装や推進器へは送られず、全て船体側面に設けられた臨時給電口へ集中していく。


 ハンニバルと、その隣に停泊する惑星破壊砲「オーディンの剣」との間には、何本もの極太ケーブルが渡されていた。

 ケーブルの外装が震え、内部を走るエネルギーの奔流によって、一本、また一本と白熱していく。接続部から火花が噴き上がり、周囲の作業艇が慌てて退避した。


 惑星破壊砲の船体には、以前の戦闘によって生じた亀裂や焼損が、いまだ生々しく残っている。

 溶接された装甲板は不格好に盛り上がり、砲身の各所には応急補修用の骨組みが露出していた。


 その傷だらけの巨砲に、マイクロブラックホールの臨界した力が流れ込む。

 停止していた冷却装置が次々と再起動し、砲身を取り巻く蓄積環が、後方から順番に青白く輝き始めた。

 低い振動が船体全体を揺らし、周囲の宇宙空間にまで見えないエネルギーの波紋を放つ。


「充填率、十……十五……二十!」


 警報が鳴り響くなか、《オーディンの剣》は傷ついた獣のように、再び目を覚ました。

 ツーシームが示した深海の一点へ向け、惑星を殺す砲口が、ゆっくりと旋回を開始した。




◇◇◇◇◇


「くるぞ! 急速潜航!!」


「了解!」


 ツーシームの叫びに従い、モリガンは次元の狭間へと逃げ込む。

 次の瞬間、白銀の光柱が宇宙から惑星アクアの海面へ突き刺さった。


 ……海が割れた。

 いや、割れたのではない。


 直撃点を中心に、数百万トンもの海水が一瞬で沸騰し、巨大な蒸気の柱となって空へ噴き上がったのだ。

 超高温に晒された海水は液体の姿を保てず、猛烈な蒸気の衝撃波となって四方へ広がる。

 周囲の海面が盛り上がり、山脈のような津波が幾重にも連なった。


 光柱はなおも衰えず、深海を貫通した。


 ヘカトンケイル旅団の長射程ビーム艦を多数収容していた秘密格納庫は、厚い岩盤と複合装甲板に覆われていた。

 だが惑星そのものを破壊するために造られた超文明の砲撃の前では、厚さ数百メートル程度の防御壁など薄紙に等しかった。


 岩盤が赤熱し、溶岩へと変わる。

 格納庫の天井が爆発的に崩落し、係留されていたビーム艦の船体を押し潰した。

 装甲板が熱で飴のように歪み、砲身が液体となっていく。


 燃料タンクや機関部が次々と誘爆する。

 整備施設も燃料庫も管制室も、灼熱の濁流と化した溶岩に呑み込まれた。


 海底が大きく陥没し、最後に残った格納庫の隔壁が、内側から膨らむように破裂した。


 深海に築かれたヘカトンケイルの秘密基地は、艦艇も施設もろとも、煮えたぎる海の底へ消滅したのであった。




◇◇◇◇◇


 ヘカトンケイル旅団全滅の報は、惑星アクア各地の深海シェルターへ瞬く間に伝わった。

 長距離砲撃によって新帝国軍を幾度も退けてきた切り札が、一撃のもとに消滅したのだ。


 きっと、次に狙われるのは、自分たちである。

 カスパル派の貴族たちは、誰に命じられるまでもなく同じ結論へたどり着いた。


「ここにいては、我らも同じ目に遭うぞ!」


「全艦、緊急発進じゃ!」


「このまま海底で焼かれてたまるか!」


「武門の誇りを見せてやらん!」


 命令が錯綜し、各地の深海シェルターに隠れていた貴族艦隊が次々に動き始めた。

 岩礁や海底火山に偽装されていた防護扉が開き、大小の艦艇が濁流を巻き起こしながら海中へ滑り出す。


 巡洋艦、駆逐艦、武装商船。

 中には数世代前の旧式艦や、豪華な外装を残したままの貴族専用艦まで混じっていた。


 それらは海面を突き破ると、一斉に上空を目指した。

 大量の海水を船体から滴らせながら、重力圏をよじ登っていく。




◇◇◇◇◇


「予想通りだな」


 衛星軌道上に布陣する前衛艦隊の旗艦「ハヌマーン」で、パウルス元帥は静かに呟いた。

 ヘカトンケイル旅団の根拠地を破壊すれば、他の艦艇も海中に潜み続けることへ恐怖を覚える。


 逃走するにせよ、決戦を挑むにせよ、必ず海中から出てくる。

 パウルスは初めから、それを待っていた。


「敵艦隊、複数海域より浮上。大気圏離脱を企図しています!」


「味方ビーム艦の砲列は?」


「展開完了しております!」


「よろしい。各艦、砲撃開始」


「全艦、砲撃開始!」


 パウルス率いる前衛艦隊四百隻が、整然と砲門を開いた。

 次の瞬間、無数のビームが衛星軌道から惑星アクアへ降り注ぐ。


 光の雨は、重力圏を上昇中の自称大公国艦隊へ容赦なく叩きつけられた。


 大気圏内を上昇する艦艇は、宇宙空間にいる時ほど自由に動けない。

 惑星の重力に抗するため、推進機関のエネルギーの大半を上昇へ使わねばならず、急旋回や急減速を行えば、そのまま失速する恐れがある。


 回避行動もままならぬ艦隊へ、軌道上からの精密砲撃が襲いかかった。


 一隻の巡洋艦が艦首を撃ち抜かれ、推進力を失って落下する。

 別の駆逐艦は中央部を貫かれ、赤熱した船体を二つに折りながら雲海へ消えていった。


「怯むな! 撃ち返せ!」


「ミサイルは残すな! 後のことなど考えず、全弾発射せよ!」


「予備エネルギーの全てを前面の電磁防壁へ回せ!」


 カスパル派の艦艇も、死に物狂いで反撃した。


 彼らはすでに、何度も帰順の機会を拒んでいる。

 ここまで抗戦を続けた以上、降伏しても軽い処分では済まない。


 領地の没収。

 爵位の剥奪。

 家名の断絶。


 長年にわたり蓄えてきた財産と権益のすべてを失う光景が、各艦の貴族たちの脳裏に浮かんでいた。


 だからこそ、彼らは逃げずに戦った。


 誘導弾が新帝国軍の艦列へ殺到し、迎撃網をすり抜けた数発が前衛艦を直撃する。

 強力なビーム砲を備えた貴族艦が、シールド艦の防御障壁を貫き、その後方にいた巡洋艦を炎上させた。


「左翼の駆逐艦二隻、戦列離脱!」


「中央のシールド艦艇にも損害が出ています!」


 有利な戦況であることに変わりはない。

 だが、窮鼠と化した敵の抵抗は、パウルスの予想以上に激しかった。


 このまま包囲を締め上げれば、敵艦隊を全滅させることはできる。

 しかし、そのためには味方も少なくない血を流すことになる。


 パウルスは、事前に用意していた手札を切った。


「左翼の包囲を緩めよ」


「は?」


 通信参謀が聞き返す。


「敵が逃げられる程度の隙間を作ってやれ。露骨にならぬよう、損傷艦の後退を装わせるのだ」


「はっ」


 その命令に、若手参謀のリベリ少佐が思わず立ち上がった。


「閣下、お待ちください!」


「何かね?」


「ここは敵艦隊を完全に包囲し、新帝国への禍根を残さぬよう、根切りにすべきです」


 パウルスは怒るでもなく、若い参謀の顔を見た。


「逃げた地方貴族の残党すら抑えられぬようでは、新皇帝を名乗る資格などないと思うがね」


「しかし……」


「まあ、正直に言えばだ」


 初老の元帥は戦術モニターへ視線を戻した。


「私は、敵の貴族を一人でも多く殺すことより、我が方の兵を一人でも多く生きて帰したいだけなのだよ、少佐」


 リベリは口を閉ざした。

 しばらくして、深く頭を下げる。


「差し出がましいことを申し上げました。お許しください」


「別に構わんよ。敵を殲滅すべきという意見も、軍人として間違いではない」


 パウルスは穏やかに答えた。


「ただし、戦争の目的は敵を皆殺しにすることではない。こちらの目的を、可能な限り少ない犠牲で達成することだ」


「……はっ」


 やがて、新帝国軍の左翼にわずかな隙間が生まれた。

 それを見つけたカスパル派の艦艇は、先を争うように進路を変えた。


「包囲に穴が開いたぞ!」


「脱出せよ!」


「我らの領地へ戻るのじゃ! 急げ!」


 つい先ほどまで武門の誇りを叫んでいた者たちが、我先にと戦場から離脱していく。

 中には味方艦を押しのけ、衝突事故を起こしながら逃げる船さえあった。


 新帝国軍は深追いしなかった。

 逃走経路から外れ、なおも攻撃を続ける艦艇だけを、砲撃によって一隻ずつ沈黙させていった。


 戦闘開始から数時間後。


 カスパル派に残されていた宇宙戦力は、事実上壊滅した。

 多くの艦艇が、衛星軌道へ到達することすらできず、惑星アクアの大気圏に残骸をさらした。

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>「ただし、戦争の目的は敵を皆殺しにすることではない。こちらの目的を、可能な限り少ない犠牲で達成することだ」 名言出た( ˘ω˘ )
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