第百二話……蒼海の伏兵
――聖帝国暦六四五年六月上旬。
旧大公国軍との地下戦闘を終えたユリウスは、その後始末を進めながら、次なる目標である惑星アクアへの攻撃を準備していた。
惑星グラウゼンの衛星軌道上に設けられた宇宙桟橋では、大小の戦闘艦艇が最終整備を受けている。
損傷した装甲板が交換され、燃料エーテルや食料、弾薬が次々に積み込まれていた。
各地から集まった輸送船も忙しく往来し、宇宙桟橋は昼夜を問わず稼働を続けている。
一方、地上の宮殿に残ったユリウスは、旧大公国領の再編に追われていた。
最後まで抵抗した者からは領地を召し上げ、早期に帰順した者には所領の安堵や加増を認める。
軍人にも戦功に応じて昇進や褒賞を与え、略奪や捕虜虐待を行った者には、味方であっても厳しい処罰を下した。
信賞必罰。
言葉にすれば簡単である。
だが、一つの判断を誤れば、新たな反乱の種をまくことになる。没収した領地を誰に与えるか。旧臣をどこまで登用するか。敵対した商会の財産を、どの程度まで保護するか。
いずれも細心の注意を要する案件であった。
しかし、惑星アクア攻略までに残された時間は少ない。
そこでユリウスは、財務官、法務官、領地管理官など、多数の文官を旗艦ハンニバルへ同乗させることにした。
装甲戦艦ハンニバルは、巨大な艦体を持つ。
兵員居住区のほかにも会議室、執務室、資料庫などが多数あり、臨時の行政府として利用するには申し分なかった。
ユリウスは文官たちと共に、惑星クラウゼンの宇宙港からハンニバルへ乗り込んだ。
乗艦後、彼は艦内用の電磁モノレールに乗り、中央制御電算室を訪れた。
巨大な部屋には、幾重にも制御装置が並んでいる。
壁面を埋め尽くす表示板には、今なお理解不能な文字列や数式が流れ続けていた。
「トロスト技師。まだハンニバルの攻撃システムは動きませんか?」
ユリウスが尋ねると、複数の端末に囲まれていたトロストは、油に汚れた手で頭をかいた。
「そうなんですよ。まったく、技術者泣かせの艦ですよ」
「原因も分からないのですか?」
「一部の制御信号は読み取れるようになりました。ですが、主砲や副砲を起動させようとすると、火器管制中枢が勝手に接続を遮断するんです」
トロストは、表示板に映る複雑な構造図を指さした。
「例えるなら、鍵穴の場所は分かったのに、鍵を差し込むたび、扉の方が別の場所に逃げるようなものですな」
「それは厄介ですね」
「ええ。こいつには意思でもあるんじゃないかと、疑いたくなりますよ」
ユリウスは苦笑した。
「ゆっくりで構いません。ハンニバルは、防御力と指揮統制通信システムだけでも十分に価値があります」
「そう言っていただけると助かります。いつか必ず、大砲も撃てるようにしてみせますよ」
「期待しています」
ユリウスは中央制御電算室を辞し、再び電磁モノレールへ乗った。
艦橋に到着すると、すでに作戦運用に必要な人員は配置についていた。
航法士、通信士、管制官、参謀たちが、それぞれの席で最後の確認を行っている。
ユリウスは艦長席のそばに立ち、正面モニターを見上げた。
「総員、配置につけ。発進用意!」
「了解。発進用意!」
命令が艦内へ伝えられる。
ハンニバルの船体各所に取り付けられた補助ブースターが、次々に青白い炎を噴き上げた。
巨大な艦体が、ゆっくりと地上を離れる。
周囲の空気が激しく震え、宇宙港の施設が噴射煙に覆われた。
鈍重な超戦艦は、重力に逆らうように高度を上げていく。
やがて厚い雨雲を突き抜け、僚艦の待つ衛星軌道へ向かったのだった。
◇◇◇◇◇
――二週間後。
空間跳躍航行を繰り返した新帝国軍艦隊は、惑星アクアの近傍へ到達した。
その総数、およそ一千隻。
ハンニバルの正面モニターには、青い惑星が大きく映し出されていた。
地表のほとんどが海であるため、宇宙から眺める惑星アクアは、青い宝石のように美しく見えた。
「美しい青い惑星だな」
ユリウスが感嘆すると、隣に控えていた老臣グレゴールが眉をひそめた。
「殿下、油断は禁物ですぞ」
「分かっているよ」
「美しい物ほど、毒を隠していることがありまする」
「だから、分かっているって」
ユリウスは苦笑しながら、作戦表示盤へ目を移した。
「パウルス元帥へ伝令。前衛艦隊四百隻をもって衛星軌道へ進出し、防衛衛星を排除せよ」
「はっ」
命令を受けたパウルス元帥は、直ちに前衛艦隊を進ませた。
電磁防壁と防御重力場に優れたシールド艦を前面へ配置し、その後方にビーム砲艦とミサイル艦を並べる。
防衛衛星から発射されたビームや誘導弾は、シールド艦艇の重層防御によって受け止められた。
その間に、後方のビーム砲艦が一糸乱れぬ動きで砲列を展開する。
「全艦、目標を割り振れ。斉射後は直ちに修正射撃へ移れ」
パウルスの指揮のもと、無数の艦砲が火を噴いた。
防衛衛星は一基、また一基と破壊されていく。
戦闘開始から、およそ二時間。
惑星アクアの衛星軌道上に配置されていた防衛衛星は、ことごとく残骸へ変わった。
「軌道上の敵防御施設、沈黙しました」
「よし」
ユリウスは大きく息を吐いた。
「揚陸艦隊を前面へ出せ。降下地点を確保する」
「はっ!」
新帝国軍本隊から、強襲揚陸艦や大小輸送艦が進み出た。
地上へ兵員や気圏戦闘機、装甲車両を送り込むための部隊である。
正面の防衛衛星はすでに壊滅している。
敵艦隊の姿も確認できない。
このまま惑星表面へ接近し、航空優勢を確保した後、地上軍を降下させる。
誰もが、そのように考えていた。
だが、揚陸艦隊がシールド艦の防御圏より前へ出た、その瞬間である。
「殿下!」
索敵士官が絶叫した。
「惑星表面に、無数の高エネルギー反応!」
「何だと?」
青い海面が、同時に何百か所も盛り上がった。
次の瞬間、海を突き破り、長大な砲身を持つ宇宙艦艇が次々に姿を現した。
ヘカトンケイル旅団のビーム重砲艦であった。
彼らは海中の基地や海溝に身を潜め、砲身へ限界までエネルギーを充填していたのである。
「敵艦、海面下より浮上!」
「長距離砲撃が来ます!」
「シールド艦を前へ!」
「間に合いません!」
ビーム重砲艦の艦首が、一斉に輝いた。
その直後。
無数の光条が宇宙空間を貫いた。
攻撃は、通常の戦闘艦ではなく、その前方へ進み出ていた揚陸艦や輸送艦へ集中した。
大型強襲揚陸艦の装甲が赤熱し、船体を貫通した光が反対側へ突き抜ける。
輸送艦は、より悲惨だった。
もともと艦隊戦を想定していない船体は、長距離重ビーム砲の直撃に耐えられない。
一隻の中型輸送艦が真っ二つに折れた。
積載されていた弾薬が誘爆し、近くを航行していた小型船を巻き込む。
別の輸送艦では動力炉が損傷し、青白い炎が艦尾から噴き出した。
「機関停止不能!」
「重力制御が失われました!」
制御を失った船体が、惑星アクアの重力に引かれて落下を始める。
炎に包まれた輸送艦が、長い煙を引きながら大気圏へ吸い込まれていった。
「救難艇を出せ!」
「全艦、散開せよ!」
ユリウスは艦長席の手すりを握り締めた。
「くっ……やられた!」
パウルス率いる前衛艦隊も、直ちに反転して砲撃態勢へ移ろうとした。
だが、ヘカトンケイル旅団は第二射を放つことなく、次々に海中へ姿を消していく。
海面が閉じると、そこには無数の波紋が広がるばかりであった。
「敵艦隊、海中へ潜航!」
「追跡できません。海水と海底地形の影響で、索敵波が乱されています!」
艦橋に重い沈黙が落ちた。
眼下に広がる美しい海は、巨大な隠れ蓑だった。
防衛衛星の破壊すら、敵が仕掛けた罠の一部だったのかもしれない。
ユリウス率いる新帝国軍は、惑星アクアへ到着して最初の戦闘で、手痛い損害を受けたのであった。




