第百一話……陥落なき降伏
惑星グラウゼンの地上では、予想されていたほど激しい戦闘は起こらなかった。
地下司令部と各地の防衛拠点を結ぶ通信網が寸断されていたため、守備隊の多くは全体の戦況を把握できずにいた。
頼るべき総司令部から命令は届かない。
上空は新帝国軍に制圧され、援軍が来る見込みもない。
各地の防衛基地は孤立し、抵抗する意味を失って、次々に白旗を掲げた。
この結果、ユリウス率いる新帝国軍は、少ない損害で多数の捕虜と大量の兵器、物資を手に入れることとなった。
一方、地下要塞へ通じる通路では、今なお激しい戦闘が続いていた。
「殿下。地下における敵の抵抗は、予想以上に激しゅうございます。いかがいたしましょうか?」
申し訳なさそうに報告するパウルス元帥に対し、ユリウスは柔らかな表情を見せた。
「地上部分を確保できたのであれば、それで十分です」
「しかし、地下には敵の中枢が残っております」
「だからこそ、無理に攻める必要はありません。出口を封鎖し、地下戦域へ閉じ込めておけばよいのではありませんか?」
狭い地下通路での戦闘は、防御側に圧倒的に有利である。
敵の最後の拠点を奪うために、多くの兵士を死なせる必要はなかったのだ。
パウルスは小さく頷いた。
「小官も賛成にございます。では、攻撃を停止し、各通路の封鎖を徹底いたします」
「お願いします」
「はっ」
パウルスはすぐさま身を翻し、野戦司令部の通信施設へ小走りに向かっていった。
その背を見届けたユリウスは、老臣グレゴールと護衛の一隊を連れ、すでに味方が制圧した公都の市街地へ入った。
大通りには、破壊された車両や放棄された武器が残されている。
だが、建物の多くは無傷であり、市民たちも恐る恐るではあるが、窓の隙間から新たな支配者の姿をうかがっていた。
「懐かしいね」
「はい。左様にございます」
ユリウスが足を踏み入れたのは、亡きアーヴィング大公の宮殿であった。
内部に戦闘の痕跡はない。
使用人やメイドたちは逃げ出すこともなく、いつもと変わらぬ様子で床を磨き、調度品を整えていた。
主が変わっても、宮殿の日常は続くらしい。
ユリウスは大広間へ入り、空席となった大公の玉座を見上げた。
少しためらった後、そこへ腰を下ろす。
「良い座り心地だね」
「ご、ごほん」
グレゴールが、わざとらしく咳払いをした。
「……冗談だよ。今は他に誰もいないじゃないか」
「いつ、どこで、誰に見られているか分かりませぬ」
「分かったよ」
ユリウスは苦笑し、すぐに玉座から立ち上がった。
グレゴールは、若き主君が勝利に酔い、慢心することのないよう、常に目を光らせている。
ユリウスもまた、その小言が自分に必要なものであると理解していた。
彼は大広間に隣接する会議室へ移り、そこで降伏した部隊の将校や、帰順を申し出た貴族たちと面会した。
幕僚や文官を交え、兵士の武装解除、捕虜の処遇、領地の安堵、財産の保全について、一つずつ裁定を下していく。
地上での戦闘が少なかったのも、地上で降伏した者たちへ寛大な待遇を示したことが大きかっただろう。
◇◇◇◇◇
惑星グラウゼンの地下要塞司令部。
ハルダー元帥は、椅子に座ったまま眠り込んでいた。
激しい戦闘と昼夜を問わぬ指揮により、その老体は限界へ達しつつある。
それを見た幕僚の一人が、そっと肩へ毛布を掛けた。
大公国軍人の最高位にあった男は、軍服を泥と血で汚し、以前よりも一回り小さく見えた。
「元帥! 何か手立てはないのか!」
焦燥に駆られた貴族や商人たちが、護衛を押しのけるように司令室へなだれ込んできた。
「お待ちください。ここは軍の司令室です」
参謀の一人が入室を止めようとしたが、物音で目を覚ましたハルダーは、手振りで彼らを通すよう命じた。
「よい。入れて差し上げろ」
ハルダーは毛布を外し、重そうに上体を起こした。
「見ての通りです。敵は、もはや攻撃してきません」
彼は宙に浮かぶ戦術モニターを指し示した。
「地上へ通じる主要通路は、すべて封鎖されました。敵は我が要塞の構造図を手に入れているらしく、秘密通路も把握しております」
表示された地下要塞の周囲には、新帝国軍の部隊配置が隙間なく示されている。
「夜襲を仕掛けても、待ち伏せされるだけでしょう。敵は我らを攻め落とすのではなく、食糧と水と酸素が尽きるまで放置するつもりです」
「では、我々はどうなるのだ?」
「このままでは、いずれ降伏するほかなくなります」
その言葉に、貴族たちは顔を見合わせた。
彼らは、これまでハルダーに徹底抗戦を求めていた。
だが、いざ自分たちが地下へ閉じ込められ、食糧の配給まで減らされると、勇ましい言葉は口から出なくなっていた。
「元帥」
貴族の一人が、声を潜めた。
「我々は、敵と交渉したいのだが」
「畏まりました」
ハルダーは嫌味を口にすることなく、地上の新帝国軍司令部へ通信をつないだ。
しかし、モニターに姿を現したのはユリウスではなかった。
「パウルス元帥……」
かつて同じ大公国軍に属していた老将が、画面の向こう側に立っている。
それを見た貴族の一人が、顔を赤くして怒鳴った。
「無礼者! 我らはアストレア侯爵との会談を求めているのだ! 寝返り者の軍人に用はない!」
パウルスは、表情一つ変えなかった。
「では、通信を切りますが?」
「な……」
貴族たちは唖然とした。
以前ならば、彼らが声を荒らげれば、軍人たちは頭を下げた。
だが、今や自分たちは地下に閉じ込められた敗残者にすぎない。
敵にとって、彼らには特別な交渉相手としての価値すら残されていなかったのだ。
「ま、待て。我らの領地や財産について話がある」
「その件につきましては、降伏後に審査されます」
「我らが誰だか分かっておるのか!」
「存じております。だからこそ、そのように申し上げております」
貴族や商人たちは、もはや何も言い返せなかった。
彼らは肩を落とし、とぼとぼと司令室から去っていった。
その背中を見送った後、ハルダーは改めてモニターへ向き直った。
「パウルス元帥」
「はい」
「一つだけ、確認したい」
「何なりと」
「降伏した将兵の命は、保証してもらえるかね?」
パウルスは姿勢を正した。
「この一命に代えましても、お誓い申し上げます。武器を置いた者を殺させはいたしません」
ハルダーは、目を閉じた。
敵味方に分かれてしまっていたとはいえ、パウルスは元部下でかつ信頼できる軍人でもある。
少なくとも、ここにいる貴族たちよりは、はるかに信用できた。
「ありがたい」
ハルダーは静かに息を吐いた。
「では、我らは降伏いたす」
「承知いたしました。受け入れの手配を整えます」
通信が切れる。
ハルダーは椅子から立ち上がり、居並ぶ幕僚たちを見渡した。
「諸君、よく戦ってくれた。これ以上は、兵を死なせるだけだ。全軍に武装解除を命じよ」
幕僚たちは無言のまま敬礼した。
こうして、惑星クラウゼンが誇った堅固な地下要塞は、陥落することなく降伏した。
開戦から、わずか一週間。
その強固な防壁は一度も破られぬまま、戦略的な役目を終えたのであった。




