人を集めて吉原の中を歩き回らせるために七福神巡りを考えてみたよ
吉原の改革を進めていく中で、俺は以前から気になっていたことを帳面に書き出していた。
劇場ができ、美人楼ができ、食堂も増えた。女性客を受け入れる仕組みも整い、以前より吉原を訪れる人間の数は確実に増えている。
だが、せっかく来てもらった客が、それぞれ目的の場所へ行っただけで、そのまま帰ってしまうことも多い。
遊女に会いたい者は遊女屋へ行く。芝居を見たい者は劇場へ向かう。買い物をしたい者は店を覗く。
もちろん、それ自体は悪いことではない。
しかし俺としては、吉原という町そのものを歩いて、いろいろ見てもらう仕掛けが欲しかった。
「せっかく吉原まで来てもらったんだ。目的の店へ行って帰るだけじゃなくて、もう少し町の中を歩いて色々見てもらう仕掛けが欲しいな」
俺は帳面の上に置いた筆を指先で転がしながら呟いた。
向かいに座っていた初代藤乃は、そんな俺の様子をしばらく眺めていたが、やがて扇子をゆっくりと開き、口元を隠した。その目元には、長年太夫として客を見てきた者らしい、余裕のある笑みが浮かんでいる。
「旦那様。以前おっしゃっていた、印を集める遊びを使うてみなんし?」
藤乃はそう言いながら、扇子の先で俺の帳面を軽く指した。
「印を集める遊びか」
俺が顔を上げると、藤乃は小さく頷いた。
「ええ。幾つかの場所を巡って、そのたびに印を頂くのでありんす。最後まで集められたら、何かご褒美を差し上げればよろしゅうござんしょう」
藤乃はそう言って、扇子を膝の上へ戻した。目の前の遊びが、どのように客を動かすのかをすでに頭の中で考えているらしい。
「それは前にも考えたんだけどな……」
俺は筆を持ち直し、帳面へ視線を落とした。
「ただ印を集めるだけじゃ、ちょっと味気ないんだよ。せっかくなら、江戸の人間が聞いて『やってみたい』と思うものにしたい」
そう呟いてからしばらく考え、俺はふと顔を上げた。
「ああ、だったら、七福神を巡る形にしたらどうだ?」
「七福神を?」
藤乃が目を丸くして聞き返す。
「ああ。浅草あたりでも、福の神を信仰したり、寺社を巡ったりする話はあるから、それなら吉原でも似たような楽しみ方ができるんじゃないかと思ってな」
俺はそう言いながら、帳面に七つの丸を書いた。
「七福神なら、最初から『七つ集める』って意味が分かりやすいし、最後まで巡れば七柱全部にお参りできる。問題は、七柱をどこにお迎えするかだな」
俺は吉原の地図へ目を落とした。
「幸い、吉原には最初から幾つかの稲荷がある。大門の手前に吉徳稲荷があって、郭の四隅にも榎本稲荷、明石稲荷、開運稲荷、九郎助稲荷がある。合わせて五つだ」
藤乃は帳面へ顔を寄せると、俺が書いた五つの社の名前を順番に目で追っていった。そして最後に、少し感心したように顔を上げる。
「まあ……すでに五つもお社があるのでありんすねぇ」
「ああ。だから、七福神をお迎えするために、最初から七つの新しい社を造る必要はない」
俺は地図を指先でなぞりながら続けた。
「今ある五つのお稲荷さんには、それぞれ七福神の一柱をお迎えして、一緒にお祀りする。もちろん稲荷様は稲荷様として、これまで通り大切にする。そのうえで、七福神にも一緒にお参りできるようにするんだ」
藤乃は少し考えるように目を細め、それからゆっくり頷いた。
「昔からのお稲荷様のお参りをやめるわけではなく、そこへ新しく福の神をお迎えするのでありんすねぇ」
「そういうことだ」
「それなら、これまでお参りしてきた方にも受け入れていただけそうでありんす」
藤乃は安心したように目を細めた。
「では、残り二つのお社を新しく用意すれば、七柱をお迎えできるのでありんすねぇ」
「ああ。その二つは、ちゃんと理由のある場所にしたい」
「でしたら、弁財天様は入れたほうがよろしゅうござんす」
藤乃は間を置かずにそう言った。
「やっぱりそう思うか?」
俺が少し笑みを浮かべて顔を上げると、藤乃は嬉しそうに扇子を閉じた。
「ええ」
藤乃は少し身体を前へ乗り出した。
「吉原には唄も三味線も踊りもありんす。弁財天様は芸事ともご縁がございましょう? それなら、吉原にはよう似合いんす」
「ああ。俺もそう思う」
俺は六つ目の丸に『弁財天』と書いた。
「弁財天は新しく社を建てて、ここだけは単独でお祀りしよう。吉原の芸事を支える場所にするんだ」
「それはよろしゅうござんすねぇ」
藤乃は扇子の先を顎に添え、少し嬉しそうに目を細めた。
「弁財天様のところでは、参詣だけじゃなくて、三味線や唄を聞けるようにするのもいい。日によっては踊りも見せる」
「それなら、芸事をする女衆にも声を掛けやすうござんすねぇ」
「そうだ。遊女を買うつもりのない女衆でも、『弁財天様へお参りして芸を見に行こう』なら、吉原へ来やすくなる」
「あい。それは確かに」
藤乃は嬉しそうに頷いた。
「それなら、最後の一つはどこへいたしましょう?」
「そこなんだよな」
俺は地図を広げ、しばらく黙って考えた。
指先で地図の上をなぞっていくうち、裏手にある門に目が止まった。
「……裏門だ」
「裏門?」
藤乃は首を傾げ、俺が指差す先へ視線を向けた。
「ああ。ここにも一つ、福の神を置けないかなと思ってな」
「ですが、裏門は普段から開いているわけではありんせんよ?」
藤乃は少し心配そうに眉を寄せた。
「だから、門の外へ出る必要をなくす」
俺は地図の裏門の位置を指先で二度叩いた。
「裏門の前に、新しい社を建てるんだ。そこにお酉さまをお迎えしたい」
「お酉さまを?」
藤乃が目を丸くした。
「ああ。鷲大明神と吉原の縁は深いだろ。だったら、その分霊をお願いして、吉原の中にもお祀りする」
俺がそう説明すると、藤乃はしばらく地図を見つめた。
「そして、その社には七福神の一柱も一緒にお迎えする」
「あ……」
藤乃が小さく声を漏らした。
「お酉さまと七福神を、一つのお社でお祀りするのでありんすねぇ」
「そういうことだ。お酉さまはお酉さまで大切に祀り、その社を七福神巡りの最後の一つにもする」
藤乃は意味を飲み込んだのか、ゆっくりと口元を緩めた。
「まあ……それなら、七福神巡りのために裏門を開ける必要もありんせんねぇ」
「ああ。普段は裏門を閉めたままでいい」
俺は頷いた。
「門のすぐ前に社があれば、七福神巡りの客は吉原の中だけを歩いて参詣できる。特別な日には門を開けることもできるし、裏門そのものにも意味が生まれる」
「しかも、裏門まで歩いてもらえるのでありんすね」
「そうだ。『吉原の裏門前には、お酉さまがおわす』って評判になれば、そこまで足を運んでくれる」
藤乃は楽しそうに目を細め、地図の上の裏門を扇子の先で軽く示した。
「それなら、七つ目のお社も決まりでありんす」
「ああ」
俺は七つ目の丸に印を付けた。
「これで、七福神をお迎えする場所も揃った」
藤乃は指を折りながら確認する。
「五つのお稲荷様のお社に、それぞれ七福神を一柱ずつ。弁財天様は新しいお社に単独で。そして裏門前のお酉さまのお社には、もう一柱の七福神様もご一緒していただく」
「ああ」
俺は頷いた。
「大門の吉徳稲荷には毘沙門天様をお迎えする。残りの四柱も、五つのお稲荷さんのうちに振り分ける。そして裏門前のお酉さまに最後の一柱を合祀する」
俺は帳面に大きく『七福神』と書いた。
「つまり、巡るのはあくまで七福神だ。お稲荷様やお酉さまは、そこに一緒にお祀りすることで、吉原に元からある信仰も活かす」
「ええ。それなら筋が通っておりますねぇ」
藤乃は納得したように頷いた。
「七福神を巡るために、吉原の中に七つの場所ができる。そのうち五つは昔からのお稲荷様、ひとつは弁財天様、最後はお酉さまと七福神様のお社。そういうことでありんすね」
「ああ。これなら『吉原七福神巡り』としてちゃんと形になる」
俺は帳面に七つの欄を書き始めた。
「それぞれに、どの神様をお迎えするかは、社の場所との相性も考えて決めよう。大門の吉徳稲荷には毘沙門天。あとは、商売や食、長寿、福なんかと結び付けやすい場所を考えて配置すればいい」
「なるほど」
藤乃は帳面を覗き込みながら、小さく頷いた。
「それなら、お参りする方にも分かりやすうござんすねぇ」
「そう。せっかくなら、ただ七つの印を集めるだけにはしたくない」
俺は七つの欄へ視線を落とした。
「札には、それぞれの七福神がどんな福を授けるのかも簡単に書こう」
「ご利益も、でありんすか?」
「ああ。『自分はこれを願いたい』って思えるようにしておけば、七つ全部を巡る人だけじゃなく、特に気になる神様のところへ行きたがる客も出てくるだろ」
藤乃が扇子の先で七つの欄を一つずつ指していく。
「あい。たとえば商いをしている方なら恵比寿様や大黒天様へ参ろうとなりましょう。芸をする方なら弁財天様、家内の無事を願う方なら毘沙門天様、といった具合でありんす」
「そうだな」
「子孫のことを願う方なら福禄寿様、長生きを願う方なら寿老人様、夫婦仲や家の福を願う方なら布袋様……と、願いによって行き先が変わるのでありんす」
「なるほどな。まあ、神様だから似たようなご利益もあるだろうし、最後は本人がどう思うかで決めてもらえばいい」
俺は苦笑しながらも、その考えを書き留めた。
「だったら、札の裏に七福神それぞれのご利益も簡単に載せよう。『商売がうまくいってほしいなら恵比寿』『芸を上達させたいなら弁財天』みたいに、分かりやすく書いておくんだ」
「それなら、女衆にも男衆にも伝わりやすうござんすねぇ」
「ああ。七つ全部回るのが本筋だけど、最初から『この神様へ行きたい』っていう目当てができるなら、それも悪くない」
俺は七つの神様の名前を書き込みながら、もう一つ思いついた。
「それと、実際にそのご利益と関係する場所を近くに置けば、もっと人が動く」
「と申しますと?」
「例えば大黒天なら、食堂や食べ物を扱う店。恵比寿なら商売に関する店。弁財天なら音楽堂や芸を見られる場所だ」
俺は地図を指でなぞりながら説明した。
「毘沙門天なら守りに関係するものだから大門だな。布袋なら芝居や笑い、福禄寿や寿老人なら長寿や養生に関するものの近い場所で、そんなふうに神様のご利益と町の見所を結びつける」
藤乃は地図を覗き込みながら、感心したように頷いた。
「そうしますと、お参りを済ませたあとに、そのまま近くのお店へ足を運んでいただけますねぇ」
「そういうことだ」
俺は笑った。
「七福神のご利益を見て、自分が欲しい福のところへ行く。そこで参詣して、せっかくだから近くの店も覗く。そしてまた次のお社へ向かう」
「そうやって、吉原を一周していただくのでありんすね」
「ああ。七つの場所を回るたびに、吉原の別の顔を見てもらうんだ」
藤乃は楽しそうに目を細めた。
「七福神巡りをしながら、吉原の見物までできるのでありんすね」
そこで俺は、地図を見ながらふと考え込んだ。
「ただ、一つ問題がある」
「何でありんす?」
「七つも巡るとなると、かなり歩くことになる」
藤乃は少し意外そうに目を瞬かせた。
「確かに、四隅のお稲荷様まで回るのでありんすものねぇ」
「ああ。歩ける人ならいい。でも、年寄りや足の弱い人、それに着物で長く歩くのが大変な女衆だっている」
俺は地図を見ながら眉を寄せた。
「だから、歩く以外の移動手段も用意したほうがいい」
「駕籠でありんすか?」
藤乃がすぐに思いついたように首を傾げる。
「それもいい。ただ、駕籠は二人で担がなきゃならないから、値段も高くなる」
俺はそこで少し考え、荷車の仕組みを思い出した。
「だったら、荷車の仕組みを使って、人を乗せられる車を作れないかな」
「人を乗せる車……」
藤乃は驚いたように目を見開き、俺の顔を覗き込んだ。
「ああ。二輪にして、前に長い曳き棒を付ける。そこを車夫が引くんだ。客は座っているだけでいい」
「それなら、一人で引けるのでありんすか?」
「うまく作ればな」
俺は紙の端に簡単な形を描き始めた。
「駕籠よりは人手が少なくて済むし、もっと気軽に使える。歩くより楽だから、金のある客には十分使ってもらえるだろ」
藤乃は俺の描いた車を覗き込み、次第に楽しそうな表情になっていった。
「まあ……吉原七福神巡り専用の乗り物というわけでありんすねぇ」
「ああ。まずは吉原の中だけで使えばいい」
俺は車輪と座席の位置を書き足した。
「歩いて巡る人もいる。駕籠を使う人もいる。それに、新しい車を使う人もいる」
「三つから選べるのでありんすか?」
「ああ。懐具合や体力に合わせればいい」
藤乃は指を折りながら確認するように数えた。
「歩く方は七福神巡りそのものを楽しむ。駕籠なら、ゆっくりと贅沢に巡れる」
「そうだな」
「新しい車なら、その中間」
「なるほど、うまいでやすな」
藤乃は少し考えてから、ふっと悪戯っぽく笑った。
「ですが、旦那様。新しい乗り物を作るのでありんしたら、何か名前を付けたほうがよろしゅうござんしょう?」
「名前?」
俺が聞き返すと、藤乃は扇子を傾けて俺の顔を見る。
「ええ。『吉原車』とか、『福巡り車』とか。名前があったほうが、皆さん覚えやすうござんす」
俺はしばらく考え、やがて車の絵を指で叩いた。
「それなら、七福神巡りで使うんだから……『福車』なんてどうだ?」
「まあ、『福車』でありんすか」
藤乃は嬉しそうに笑い、その名前を口の中で確かめるように呟いた。
「覚えやすうて、縁起もよろしゅうござんすねぇ」
「だろ?」
「ええ。それなら、福を巡るための乗り物という意味も伝わりましょう」
俺は帳面の端に『福車』と書き込んだ。
「よし。名前は仮にこれでいい」
だが、車の絵を眺めているうちに、俺はまた別の問題に気付いた。
「……いや、待て。車を作っても、道が悪ければまともに走れないな」
「まあ」
藤乃も地図へ目を落とした。
「確かに、七つもお社を巡るのでありんすものねぇ」
「ああ。ぬかるんだ土道じゃ車輪が沈むし、石や凸凹が多ければ乗り心地も悪い」
俺は地図の主要な道を指先でなぞった。
「七福神巡りをするなら、巡る道そのものを整えないといけない」
「それなら、道を整えることも七福神巡りの準備の一つにしてしまえばよろしいのではありんす?」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「……それだな」
「ええ」
藤乃は少し誇らしげに笑った。
「七福神を巡る方だけでなく、普段から吉原を歩く方にも便利になるのでありんしょう?」
「ああ。まず地面をならして、水が溜まらないようにして、砂利や土を入れて固める。その上で、人がよく通るところを三和土で仕上げる」
「吉原の道そのものが、少しずつ綺麗になっていくのでありんすね」
「そういうことだ。全部を三和土にする必要はない。七福神巡りの主要な道、それから社の前の小さな広場くらいを特に歩きやすくしておけばいい」
俺は頷きながら、地図の主要な道を指でなぞった。
「そうすれば太夫の引手茶屋からの道中なんかも歩きやすくなるだろうし、普段から吉原を歩く客にも便利になる」
「それなら、七福神を巡る方だけでなく、吉原で暮らす方にも役に立ちんすねぇ」
「ああ」
俺は笑った。
「七福神巡りを理由に整えた道が、そのまま吉原の財産になる」
藤乃はその言葉に、感心したように頷いた。
「そうしますと、車を作ることも、道を整えることも、皆、吉原のためになるのでありんすねぇ」
「ああ」
俺は頷きながら、さらに車の絵を描き込んだ。
「歩いて巡る人もいる。駕籠を使う人もいる。福車を使う人もいる。そのうえで、どの人でも巡りやすいように道を整えておく」
「それなら、選ぶ楽しみもありんすねぇ」
藤乃は嬉しそうに微笑んだ。
「歩きたい方は歩き、贅沢をしたい方は駕籠を使い、少し楽をしたい方は福車を使う」
「ああ。そうやって、誰でも七福神巡りを楽しめるようにする」
俺は改めて企画全体を眺めた。
美人楼で札を受け取る。
そこから吉徳稲荷へ向かい、毘沙門天様にお参りする。
次に四隅のお稲荷様を巡り、それぞれの社に合祀された七福神様へ参る。
弁財天様の新しいお社では、芸を楽しむ。
最後は裏門前のお酉さまのお社へ向かい、そこにお祀りした七福神の一柱へ参る。
そうして七つの印を集めたら、美人楼へ戻る。
途中には芝居があり、食堂があり、店がある。
札には、それぞれの七福神がどんな福を授けるのかも書いておく。
商売繁盛を願うなら恵比寿。
財宝や開運、五穀豊穣を願うなら大黒天。
厄除けや勝運を願うなら毘沙門天。
芸事や学問の上達を願うなら弁財天。
子孫繁栄や財運、長寿を願うなら福禄寿。
長寿延命を願うなら寿老人。
笑門来福や夫婦円満、子宝を願うなら布袋。
自分が欲しい福が分かれば、そこへ真っ先に向かいたくなるだろう。そして、せっかくそこまで来たのなら、近くの店を覗いてみたくもなる。
さらに道を整え、歩くのが大変な客には駕籠や福車を用意する。
「……これなら、人足にも仕事が増えるな」
俺は帳面に書かれた道と福車の文字を眺めながら、思わず口元を緩めた。
「道を整える者、車を作る職人、福車を引く者。七福神巡り一つ始めるだけでも、いろいろなところに仕事が生まれる」
そう呟いて俺が笑うと、藤乃も扇子の陰でくすりと笑った。
「旦那様は、本当に先の先まで考えておいででありんすねぇ」
「いや、そこまで大したことじゃないさ」
俺は照れ隠しに頭を掻いた。
「せっかく吉原を賑やかにするなら、働く場所だって増えたほうがいいだろ」
「ええ。人が増えれば、食べるものも必要になりんすし、店も必要になりんす。そうなれば、また仕事が増えましょう」
藤乃は穏やかに頷きながら、帳面を指先でなぞった。
「吉原へ来る方だけでなく、吉原で働く方にも福が回るのでありんすねぇ」
「ああ」
俺も頷いた。
「そういう町にしたいんだ」
俺はもう一度、帳面の七つの欄を眺めた。
七福神に願いを込めながら町を歩く。
社のそばでは店を覗き、芝居や芸を楽しみ、食事もしてもらう。
歩くのが大変な者には駕籠や福車を用意し、そのために道も整える。
最後に七つの印を集めた客には、吉原土産を一つ持って帰ってもらう。
「……これなら、かなり町全体を巻き込めるな」
俺が満足そうに呟くと、藤乃は静かに頷いた。
「ええ。七福神を巡るだけで、吉原のほとんどを歩いていただくことになりんす」
「そう。だから吉原へ来る理由を、一つにしないんだ」
遊女に会いたい者。
芝居を見たい者。
芸を楽しみたい者。
美人楼で買い物をしたい者。
菱川師宣の絵が欲しい者。
自分が欲しい福を願いたい者。
七福神を巡って福を集めたい者。
そして、福車に乗ってみたい者。
それぞれ違う理由で吉原へ来てもらう。
そして町を歩いてもらい、店を覗いて入ってもらって、最後には何かを持って帰ってもらう。
「まずは、七福神をどの社にお迎えするかを決める。それと、それぞれのご利益と町の見所を結び付ける。あとは道の整備と福車の準備だな」
俺がそう言うと、藤乃は扇子を閉じ、楽しそうに笑った。
「では、忙しくなりそうでありんすねぇ」
「ああ。だけど、面白そうだ」
俺も笑いながら頷いた。
吉原に元からある五つの稲荷を活かす。
そこへ七福神の五柱をそれぞれ合祀し、大門前の吉徳稲荷には毘沙門天をお迎えする。
新しく建てる弁財天の社には、弁財天を単独でお祀りする。
そして裏門前にはお酉さまをお迎えし、そこへ七福神の最後の一柱を合祀する。
そうして七柱の福の神を揃え、七つの場所を巡ってもらう。
道を整え、徒歩でも駕籠でも福車でも巡れるようにする。
それは、ただ印を集めるだけの遊びではない。
吉原という町そのものを、一日かけて楽しんでもらうための仕掛けだった。
俺は完成しかけた案内札を眺めながら、もう一度筆を走らせた。
――吉原七福神巡り。
この新しい催しが、吉原の町にどんな人の流れを生むのかを考えると、今から少し楽しみになってきた。




