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初市の賑わい、その先へ

 品川の七福神巡りと朝市を初めて開催してから数日後、俺は再び宿場の年寄のもとを訪れていた。


 朝市の準備に携わった青物商や魚商、旅籠の主人に加え、七福神巡りを手伝った寺社の世話役たちも集まっている。今回は初回の開催を振り返り、次に向けて改善すべきところを話し合うためだった。


「まずは、皆さんご苦労だったな。初めての試みだったが、思っていた以上に人が集まってくれた」


 俺がそう切り出すと、魚商が待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「へい。朝に届いた魚は、昼前にはかなり売れましたぜ。どれだけ客が来るか分からねえんで、最初は控えめにしておいたんですが、あれならもう少し持ってきてもよかったかもしれやせん」


「まあ、売れ残るよりはよかったでしょう。うちの野菜も、思ったより手に取ってもらえましたよ。ただ、種類によって売れ行きが違いやしたね。よく売れたものもあれば、最後まで残ったものもありやす」


 青物商は、次に持ってくる品物を考えるように顎を撫でた。


「魚と野菜じゃ、売り方も違うだろうからな。最初から量を増やすより、今回の売れ行きを見て調整したほうがいい。魚は売れ残れば扱いにも困るだろう?」


「そうなんでさあ。売れるからといって、いきなり倍に増やすわけにもいきやせん。次も様子を見ながら、少しずつ増やしてみやす」


「うちも農家の方々と相談して、何をどれくらい持ってきてもらうか考えてみます。せっかく持ってきてもらった品物を、無駄にするわけにはいきませんからね」


 二人とも、もう次回の仕入れを考え始めているようだった。


 続いて、寺社の世話役が七福神巡りについて報告した。


「こちらも、おかげさまで無事に終えることができました。案内札のおかげで迷わず進めたというお声をいただきましたし、七つの印を集め終えた方々にも喜んでいただけたようでございます」


「何よりだな。実際に歩いてみて、案内札の場所や順路で困ったことはなかったか?」


 俺が尋ねると、世話役は少し考えてから答えた。


「大きな問題はございませんでした。ただ、道が分かれたり細くなったりする場所では、札だけでは心許ないところもございました。参拝客が多くなる時間には、人を置いて案内したほうがよさそうでございます」


「なるほど。札を置けばそれで終わりというわけでもないんだな。次は人の集まり方を見て、必要な場所に案内役を置こう」


「はい。次回は、どの辺りに人手が必要かも確かめてまいります」


 実際にやってみたからこそ、分かったことがある。


 朝市では荷車と客の流れが重なりかけたが、その場で皆が工夫して大きな混乱を避けられた。七福神巡りでも、案内札だけで十分な場所と、人が案内したほうがよい場所の違いが見えてきた。


 初回としては十分な成果だろう。


 そう考えていると、宿場の年寄が少し言いにくそうな顔をして口を開いた。


「それで、旦那。今日はもう一つ、ご相談がございましてな」


「何かあったのか?」


「実は、街道沿いで商いをしている者たちから、朝市について話を聞きたいと言われておりまして」


 年寄が入口へ目を向けると、そこには数人の商人が控えていた。


「せっかくですから、皆さんにも入っていただきましょう」


 年寄が声を掛けると、商人たちは少し遠慮がちに部屋へ入ってきた。


 そのうちの一人は、旅人向けに草鞋や旅支度の品を扱っている商人だった。もう一人は、街道沿いで日用品を売っている店の主人らしい。


 最初に口を開いたのは、草鞋屋の主人だった。


「旦那、初市が賑わったそうで、何よりでございます。私どもも、品川に人が集まるのはありがたいことだと思っております」


 そこまでは穏やかな口調だったが、主人は少し眉を寄せた。


「ただ、あの日は朝市の入口に人が集まっておりましてな。普段なら、朝のうちに草鞋を買い替える旅人が何人か店に立ち寄るのですが、今回は店の前を通り過ぎていく方が目につきました」


「なるほど。朝市のほうへ人が流れて、店にはあまり立ち寄らなかったということか?」


「左様でございます。もっとも、一日だけのことですから、朝市のせいだと決めつけるつもりはございません。ただ、今後も朝市が続き、客がそちらへ集まるようになるのであれば、私どもも何か考えねばならないと思いまして」


 隣の日用品店の主人も、腕を組んで頷いた。


「私の店でも、朝市を見に行こうという話をしている旅人が、街道で何人もおりました。あちらで買い物を済ませてしまえば、こちらの店まで足を運んでいただけるかどうか。そこが気になるところでございます」


 なるほど。朝市に参加した者たちにとっては、客が集まることがそのまま商売につながる。しかし、以前から店を構えている者たちにしてみれば、新しい催しに人が集中して、普段の商売に影響が出るのではないかという心配もあるわけだ。


 とはいえ、草鞋や旅支度の品を扱う店と、朝市で魚や野菜を売る商人とでは、扱っているものが違う。朝市ができたからといって、必ずしも客を奪い合う関係になるわけではないはずだ。


 問題は、朝市へ来た客が、ほかにも店があると知らずに帰ってしまうことなのだろう。


「それはもっともな心配だな。ただ、今の時点で朝市が原因だと決めるのは早いと思う。初めての市で、どこに何があるのか、客もまだよく分かっていなかっただろうからな」


 俺がそう言うと、草鞋屋の主人は少し考えるように頷いた。


「確かに、初めてのことでございますからな。こちらも、すぐに結論を出すつもりはございません」


「なら、次はもう少し確かめてみよう。朝市に来た客が、ほかの店にも立ち寄っているのか。それとも、朝市だけを見て帰っているのか。実際の様子が分かれば、対策も考えやすくなる」


 旅籠の主人が、そこで口を挟んだ。


「旦那、私のところでは、朝市を見たあとに飯を食べに来られた旅人もおりましたよ。ですから、まったく町に金が落ちていないというわけではございません。ただ、どこで何を売っているのか分からず、素通りしてしまうお客様もいらっしゃるのでしょうな」


「うむ。朝市だけに客を集めるのではなく、品川の町を歩いてもらえるようにしたいな」


 俺は少し考えてから、提案した。


「朝市の入口に、町の案内を出してみるのはどうだろう。食事のできる店や、旅支度の品を扱う店がどちらにあるのか、簡単に分かるようにするんだ」


「それはよい考えでございますな。旅人は、初めて来た土地では店の場所も分かりませんから」


 旅籠の主人が賛成すると、草鞋屋の主人も期待するような顔になった。


「私どもの店も案内していただけるのでしょうか?」


「ああ。朝市に来た客が必要な品物を探せるようにするのが目的だからな。ただし、特定の店だけを贔屓するわけにはいかない。案内に載せるなら、皆に分かりやすく、公平な形にしたい」


 すると、日用品店の主人が慎重な口調で尋ねた。


「公平に、というのは、どのように決めるのでございますか。店の名を載せるのであれば、私どもも載せていただきたいと思います。ですが、店の数が多くなれば、どこまで載せるのかという話にもなりましょう」


「確かに、そこは考えなければならないな」


 ただ店の名を並べるだけでは、かえって分かりにくくなるかもしれない。かといって、俺が知っている店だけを載せるようでは、不公平だと言われても仕方がない。


 朝市に参加した商人の紹介ばかりが目立てば、もともと町で商いをしている者たちの不満は解消されないだろう。


「まずは、町にどんな店があるのかを調べよう。何を売っているのか、どこにあるのか。それぞれの店から話を聞いて、整理してみるんだ。そのうえで、案内をどうするか相談しよう」


「店の場所を順に記しておけば、特定の店を勧めているようには見えにくいかもしれませんな」


 宿場の年寄がそう言うと、日用品店の主人も頷いた。


「街道から近い店、海側にある店など、場所が分かるだけでも助かる者は多いでしょう。まずは、そのような案内にするのもよろしいかと」


「ただ、店の名前だけでは、何を買えるのか分かりません。草鞋を扱う店なのか、旅の道具を売っている店なのか、それくらいは記しておいたほうがよさそうですな」


 旅籠の主人が付け加えた。


 それぞれの意見には一理ある。


 場所だけ分かっても、客が探している品物を扱っているかどうかが分からなければ、立ち寄る理由になりにくい。一方で、細かな説明を載せすぎると、案内そのものが見づらくなってしまう。


「では、最初に店の場所と扱う品物を調べて、どのくらいの数になるか確かめよう。それから、案内に載せる内容や並べ方を決めればいい。無理に一度で完成させる必要はないからな」


「承知しました。私のほうで、街道沿いの店々に声を掛けてみましょう」


 宿場の年寄が引き受けると、草鞋屋の主人もほっとしたように息をついた。


「それでしたら、私どもも店の品揃えを改めて考えてみます。旅人が必要としているものを、きちんと用意しておかなければなりませんからな」


「うちも、扱っている日用品のうち、旅人がよく買っていくものを整理しておきましょう。せっかく品川に来てもらったのですから、何か役に立つものを見つけて帰っていただきたいですからね」


 二人は、先ほどまでの不安を少し脇に置き、それぞれ自分の店でできることを考え始めていた。


 俺は、その様子を見ながら話を続けた。


「それから、朝市に出たいという店があれば、その相談にも乗ろう。朝市は農家や漁師が品物を持ち寄るところから始めたが、町の商人が加わる余地まで、最初からなくしてしまう必要はない。ただし、誰でも好きな場所に店を出せるようにしては混乱する。出店するなら、品物や場所、荷運びの方法を事前に相談してもらう形がいいだろう」


 魚商が、腕を組んで考え込んだ。


「なるほど。俺たちだって、荷車の道を塞がれちゃ困りやすからね。出店する者が増えるなら、その分、場所の使い方も考えねえといけませんな」


「そういうことだ。参加する者が増えれば、今までとは違う問題も出てくるだろう。そのときは、また皆で相談して決めればいい」


「へい。こちらも、続けられるよう工夫してみやす」


 魚商は力強く頷いた。青物商も、農家との相談だけでなく、出店場所についても気を配る必要があると考えているようだった。


 ただし、朝市に出るかどうかは、それぞれの商売次第だ。普段の店を開けておくほうがよい者もいるだろうし、朝市に合う品物を用意できる者もいるだろう。無理に参加を勧める必要はない。


 大切なのは、朝市に参加している者だけを特別扱いすることではなく、町の人々がそれぞれの商いを続けながら、品川を訪れる客を迎えられるようにすることだ。


 その後も、朝市の搬入時間や案内役の配置、七福神巡りの案内札について、皆でいくつかの改善点を確認した。


 次回は、客が増える前に搬入できる品物を先に運び込み、荷車が通るときには入口で客を誘導する。七福神巡りでは、道が分かりにくい場所や参拝客が集中しやすい場所を確かめ、必要に応じて案内役を置く。どれも、初回の開催で分かったことをもとにした改善だった。


 話し合いを終えて外へ出ると、街道沿いの店先では、商人たちがそれぞれの品物を並べていた。


 俺がその様子を眺めていると、隣を歩いていた藤乃が、少し考えるような表情で口を開いた。


「朝市が賑わうのは嬉しいことでありんすが、それだけでは、皆さんが同じように喜べるわけではないのでありんすねぇ」


「ああ。新しいことを始めれば、今までになかった商売の機会ができる一方で、これまでの商売との兼ね合いも出てくる。そこを考えずに進めれば、せっかく始めたことが町の中で争いの種になりかねないからな」


「けれど、草鞋を扱うお店の方も、朝市そのものに反対しておられるわけではなさそうでありんしたねぇ」


「そうだな。朝市が賑わうのは歓迎しているんだろう。ただ、それが自分たちの商売にもつながるのか、まだ分からない。だから、まずは実際の様子を確かめながら考えていく必要がある」


 俺は、街道を行き交う旅人たちを眺めた。


 朝市の会場へ向かう者もいれば、普段どおり街道沿いの店で買い物をする者もいる。旅籠の前では、これから旅立つらしい客が、荷物を背負い直していた。


「朝市で新鮮な魚や野菜を買う。参拝を楽しみ、町の店を覗き、旅籠で食事をする。そうやって品川で過ごす時間が増えれば、また来ようと思ってくれる人もいるだろう」


「お店ごとに扱うものも違えば、得意なことも違うのでありんすねぇ。皆さんがそれぞれのよさを活かせれば、品川を訪れた方々にも、いろいろな楽しみが増えそうでありんす」


「ああ。ただ、俺たちがこうしたほうがいいと考えたからといって、すぐにうまくいくとは限らない。次の開催でも、また別の問題が出てくるかもしれないな」


「それでも、皆さんで相談しながら直していけばよいのでありんしょう?」


「そういうことだ。俺がいちいち指図しなくても、皆が自分の仕事を考え、その知恵を持ち寄ってくれる。そういう形にしていきたいんだ」


 藤乃は、街道沿いの店先を見つめて、穏やかに微笑んだ。


「ええ。皆さんが自分たちで考えて、工夫を重ねていけば、きっと品川らしい賑わいになっていくのでありんしょうねぇ」


 俺たちは、次の開催に向けて動き始めた人々に声を掛けてから、その場を後にした。


 朝市を始めたことで、品川に人を集めるきっかけはできた。だが、それを一度きりの賑わいで終わらせず、町の暮らしや商いに根づかせていくには、まだ工夫が必要だ。


 次は、町の店々がどこにあり、何を扱っているのかを調べることになる。案内の仕方も、実際に集まった情報を見てから決めなければならない。朝市に客を集めるだけでなく、品川の町を歩いてもらうための仕組みを考えていくのだ。


 商人たちは、それぞれの品揃えを見直し、宿場の年寄は案内の方法を整え、寺社の世話役たちは参拝客を迎える準備を進めていくことになる。


 俺たちが最初からすべてを決める必要はない。町の者たちが自分の仕事を考え、その知恵を持ち寄ることで、少しずつ形を整えていければいい。


 品川の新しい賑わいは、朝市と七福神巡りを開いた日から、もう一歩先へ進み始めていた。

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