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七福神巡りをするための準備が整ったぜ

 七福神をお迎えする準備が進む一方で、俺は実際に客をどう歩かせるかについても考えていた。


 七つの社を建てるだけでは、七福神巡りにはならない。


 せっかく吉原まで来てもらうのだから、参拝だけでなく、町を歩くことそのものを楽しんでもらいたい。


「まずは、巡る順番を決めるか」


 俺が地図を広げると、藤乃も隣から覗き込んだ。


「順番を決めるのでありんすか?」


「ああ。好きな順に回ってもらうやり方もあるが、初めて来る人には分かりにくいだろう。だから、基本となる順路を一つ作っておきたい」


「なるほど。それなら、ご案内もしやすうござんすねぇ」


 俺は七つの社を線で結びながら、それぞれの場所と神様の名前を書き込んでいった。


「最初は弁財天だ」


「弁財天様からでありんすか?」


「ああ。吉原に来た客に、最初に見てもらうならここがいい。芸事や音曲とも縁が深いし、この町らしさを感じてもらいやすい。あと、ちょっと場所が分かりづらいしな」


 藤乃も弁財天の社へ目を向ける。


「確かに、吉原にはよく合っておりんす」


「それから二番目は毘沙門天」


「毘沙門天様を早めに置くのでありんすねぇ」


「ああ。ここは大名や旗本、御家人も多いだろ。武運や守護と縁のある神様なら、そういう客にも足を向けてもらいやすい」


 俺はそのまま三番目の社を指した。


「三番目が大黒天。その次が恵比寿だ」


「財福から商売繁盛へ繋げるのでありんすか」


「そういうことだ。大黒天で福や財を願ってもらって、その先で恵比寿。吉原は店が並ぶ町なんだから、商売と縁のある神様へ続くのも悪くない」


 藤乃が楽しそうに頷く。


「そうして後半へ進むのでありんすねぇ」


「ああ。五番目が福禄寿、六番目が寿老人。どちらも長寿や福に縁があるから、この辺は落ち着いて回ってもらう」


「では、最後は?」


 俺は最後の社を指で示した。


「布袋だ」


「布袋様を最後に?」


「ああ。大門の近くに置く。七つ全部を巡った最後に布袋様へお参りして、そのまま大門へ戻ってこられるようにする」


 藤乃が目を細める。


「最後が布袋様というのは、いかにもおめでたい感じがいたしんすねぇ」


「そうだろ? 最後は笑って帰ってもらえればいい」


 こうして、七福神巡りの順路は決まった。


 弁財天から始まり、毘沙門天、大黒天、恵比寿、福禄寿、寿老人と巡り、最後に大門近くの布袋へ至る。


 大門から入って、弁財天へ向かい、吉原の中を巡って、最後はまた大門へ戻ってくる。


 四隅にある稲荷社や大門そのものが目印になることもあって、道順自体はそれほど複雑ではない。


 ただし、弁財天だけは少し分かりにくい。


「なら、道案内は弁財天までを少し丁寧にしておけばよさそうだな」


「そのほうがよろしゅうござんすねぇ。大門まで来た方なら、あとは町の中を順番に進めばよいのでありんすもの」


「ああ」


 そこで俺たちは、道標をあちこちに大量に置くのではなく、必要な場所だけに小さな札を立てることにした。


「ここに『弁財天はこちら』と出しておけばいい。それから、弁財天を出たあとは次の毘沙門天を示す札を一枚。あとは社の近くで次を示してやれば十分だ」


「それなら、町の景色も邪魔しんせんねぇ」


「そういうことだ」


 ただ、道を歩くだけでは少し寂しい。


 せっかく多くの客が来るのだから、社と社を結ぶ道そのものも楽しめるようにしたかった。


「それから、この道に屋台を出そう」


「屋台でありんすか?」


「ああ。弁財天へ向かう道や、社と社を結ぶところに、ところどころ並べる」


「食べ物を売るのでありんすねぇ」


「ああ。団子や饅頭、焼き餅みたいに、歩きながら買って食べられるものがいい。蕎麦みたいに、ちょっと座って食べられるものがあってもいいな」


 俺はさらに帳面へ書き足していった。


「棒手振りも入れよう。飲み物やちょっとした物を売って歩けるようにする。それから、水売りもだ。歩き回れば喉が渇くからな」


「歩いている途中で買って、また次の社へ向かえるのでありんすねぇ」


「ああ。一か所に店を集めるんじゃなく、巡る道のあちこちで少しずつ買えるようにする」


「それなら、七福神巡りそのものが縁日のようになりんすねぇ」


「そういう感じを狙ってる」


 それだけではない。


 俺は切見世のほうにも話を通すことにした。


「祭りの間だけでいい。切見世の女郎の中で、手が空いている者には屋台の売り子をしてもらおう」


 藤乃が少し驚いた顔をする。


「女郎に、屋台を?」


「ああ。遊女としての仕事とは別に、祭りの仕事として頼む。団子や芋、汁物みたいなものを売ってもらえばいい」


「それなら、いつものお仕事とは別の稼ぎにもなりますねぇ」


「ああ。せっかく客が大勢来るんだ。働ける者には、その分だけ仕事があったほうがいいだろ」


 もちろん、無理に全員を出すつもりはない。


 祭りの時間だけ屋台へ回れる者を募り、決められた場所で働いてもらう。


「その代わり、売上からちゃんと取り分を決めておく。誰がどれだけ売ったのかも分かるようにしておこう」


「それなら揉め事にもなりにくうござんすねぇ」


「ああ。祭りだからって曖昧にするつもりはない」


 こうして、七福神巡りの道には、町の商人や棒手振りだけでなく、切見世の女郎たちが立つ屋台も加わることになった。


「これなら、吉原へ来た客が食べ歩きしながら社を巡れる」


「お腹が空けば、また次の屋台を探せばよろしいのでありんすねぇ」


「そういうことだ」


 さらに、七つの社を巡った証になるものも用意した。


 俺が考えたのは、一枚の札に七つの欄を設け、それぞれの社で印を受ける仕組みだった。


「これなら、全部回ったってことが一目で分かる」


「七つ揃うと、ちょっと嬉しくなりそうでありんすねぇ」


「そういうのが大事なんだよ」


 七つすべて埋まれば、最後に大門近くの三河屋の引手茶屋へ戻ってきてもらい、そこで土産を渡す。


「ただ回るだけじゃなく、集める楽しみを作る」


「子供にも喜ばれそうでありんす」


「大人も案外こういうのは好きだろ」


 俺は笑った。


「全部集めたくなるからな」


 そして、七福神巡りの受付については、三河屋の引手茶屋を使うことにした。


 三河屋は俺の大見世で、普段から使っている引手茶屋が大門近くにある。


 そこは客を迎える役目を持つ場所でもある。なら、まずはここを七福神巡りの入口にしてみればいい。


「大門を入った客には、まず三河屋の引手茶屋へ寄ってもらう」


 俺がそう言うと、藤乃が頷いた。


「そこで七福神巡りの札をお渡しするのでありんすねぇ」


「ああ。それだけじゃない。『吉原細見』も渡す」


「細見を?」


「せっかく吉原まで来たんだ。七福神だけ見て帰ってもらうんじゃない。町の店を知ってもらいたいからな」


 細見を手にしていれば、七福神巡りの途中で気になった店があっても、その場でどんな店なのか確認できる。


「七福神巡りの札と細見を一緒に渡す。これなら、吉原を歩くための案内としても使える」


「それはよろしいお考えでありんすねぇ」


 まずは三河屋の引手茶屋だけで、このやり方を試してみることにした。


「いきなり他の大見世まで巻き込む必要はない。まずは、うちの引手茶屋でやってみて、上手くいくか見てみよう」


「三河屋の引手茶屋で評判がよければ、そのうち他のお店からも声が掛かるかもしれませんねぇ」


「ああ。そのときにやりたいって言うなら、やらせればいい」


 俺は肩をすくめた。


「こっちから無理に勧める必要はない。客が来て、ちゃんと商売になるって分かれば、向こうからやりたがるだろ」


 三河屋の引手茶屋で客を迎える役目には、幇間や芸者、それに禿の一部に手伝ってもらうことにした。


 遊女を七福神巡りの案内役に出すことはしない。


 遊女には遊女としての仕事があるし、わざわざ本来の仕事を外してまで案内に回す必要はない。


 その代わり、引手茶屋にいる幇間や芸者なら客とのやり取りにも慣れている。


「こちらが吉原細見でございます」


「七福神巡りをなさるのでしたら、こちらの札もお持ちくださいまし」


「まずは弁財天様へお向かいください。大門を出ずに、こちらの道を進めば分かりやすうございます」


 そこへ禿が札を手渡し、細見を揃えて客へ差し出す。


「お帰りはこちらへお寄りくださいね。七つの印が揃いましたら、お土産をお渡しいたします」


 こうして三河屋の引手茶屋で、客を迎え、細見と札を渡し、帰ってきた客へ土産を渡すという流れを整えていった。


 次に取り掛かったのは、福車だった。


「旦那様、福車は有料にするのでありんすか?」


 藤乃に聞かれ、俺は福車を作っている作業場へ向かった。


「基本は有料だ。けど、七福神巡りをする客には少し安くしてもいい」


「無料にはしないのでありんすねぇ」


「車を動かすにも人手が要るし、それに、乗りたい人が多すぎて歩く人より車のほうが多くなったら本末転倒だからな。足の悪い者や目の不自由な者には、無料にしてもいいかもな」


 作業場では、職人たちが木材を組み、車輪を削り、座席を取り付けていた。


「客を乗せるんだから、乗り降りしやすくしてくれ。それから、揺れもできるだけ抑えてほしい」


「へい」


「実際に道を走らせてみよう」


 そうして完成前の福車を道へ出した。


 御者役の男がゆっくりと進ませる。


「どうだ?」


「道は前より走らせやすくなってますぜ。ただ、ここで少し揺れますな」


 車輪が小さな段差を越えたところで、荷台がぐらりと揺れた。


「やっぱり気になるな」


 俺は道へ目を向けた。


「車だけ直すんじゃなくて、ここも少しならしておこう。道を作る側と車を作る側で、一度一緒に見てくれ」


「へい、分かりやした」


 それから職人たちは何度も試し、道のほうも少しずつ手が入った。


 福車を動かす者たちも、


「ここは人が多くなりそうですぜ」


「なら、この辺では一度止まらず、先まで進もう」


 と、実際の動きを確かめながら当日の走り方を決めていった。


 俺が全部を細かく決める必要はなかった。


 俺が大まかな仕組みを作れば、後は町の者が自分たちで考えて形にしていく。


 そのほうが、実際に始まったときにも動きやすい。


 さらに、店のほうでも準備が進んでいた。


「うちは甘味を出しましょう」


「それなら、こっちは土産物を増やしますぜ」


「昼時には飯をすぐ出せるようにしておきます」


「芝居のほうも、昼間から一つ見せ物を入れましょう」


 俺が一軒ずつ話をして回ると、店のほうからも次々と案が出てくる。


「じゃあ、その店には細見を見て、すぐ店のことが分かるような案内も出しておこう」


「へえ、そいつぁありがてえ」


「ただ、店の前に客が溜まりすぎないようにだけ気を付けてくれ」


「そこは任せてくだせえ」


 それに、屋台を出す者たちの準備も進んでいた。


「こっちは団子を多めに用意しときますぜ」


「うちは焼き餅だ」


「水は何桶くらい持っていけばいい?」


「客の流れを見ながら、途中で補充できるようにしよう」


 祭りの日には、道の一部に屋台が並び、棒手振りもそれぞれの持ち場へ入る。


 切見世から手伝いに出る女郎たちも、決められた場所で売り物を並べ、祭りの間だけの仕事に取り掛かることになった。


 七福神巡りそのものが店に客を呼ぶ。


 そして、その客が社へ向かう途中で腹を満たし、喉を潤し、土産を買う。


 その金が店や屋台で使われる。


 店が儲かれば、また町へ金が落ちる。


 その循環を作ることが、今回の目的だった。


 やがて、弁財天の社には芸事を楽しむための小さな広場ができ、裏門側のお酉さまの社も完成した。


 五つの稲荷社の隣には、それぞれ新しい祠が並び、その前には奉加した者たちの名前を記した額が掲げられている。


 道は以前より歩きやすくなり、ぬかるみや大きな石もかなり減っていた。


「……だいぶ形になってきたな」


 ある日の夕方。


 俺は大通りに立って、整備された道と新しい祠、それから社々の様子を眺めていた。


「最初にここを見たときとは、随分変わったでありんすねぇ」


 隣に立つ藤乃が、扇子を開きながら周囲を見渡した。


「ああ」


 俺も頷く。


「町の景色まで変わった気がする」


「これだけ人が働けば、それも当然でありんしょう」


「ああ。しかも、俺が全部やったわけじゃない」


 道では人足が働き、祠では大工が仕事をし、店では商人たちが自分の商売を考えている。


 三河屋の引手茶屋では幇間や芸者、それに禿たちまで、七福神巡りの客を迎える準備を進めていた。


 その外では、屋台の者たちが売り物や道具を整え、切見世から手伝いに出る女郎たちも、自分たちの屋台で扱う品を確認していた。


「俺がきっかけを作っただけで、後は皆が自分たちで動き始めた」


「それこそが、町を動かすということなのかもしれませんねぇ」


 藤乃がそう言って笑った。


「じゃあ、最後の準備だ」


 祭りの開始日を決め、三河屋の引手茶屋へ細見と七福神巡りの札を十分に用意する。


 最後に渡す土産も運び込み、屋台を出す場所と売り手の持ち場を確認する。


 必要な場所には小さな道標を立て、福車の担当も決める。


 祠を掃除し、奉加者の額が汚れていないかも確認する。


 七つの印を押すための道具も、それぞれの社へ運び込んだ。


「これで、本当に終わりだな」


 俺は机の上に並べた道具を見ながら、息を吐いた。


「後は、客が来てくれるかどうかだ」


 藤乃はそんな俺を見て、くすりと笑った。


「そこは、もう心配しても始まりんせん」


「ああ」


「せっかくここまで皆で作ったのでありんすもの。あとは、お客様をお迎えするだけでありんす」


「……そうだな」


 俺は最後にもう一度、帳面へ目を落とした。


 弁財天から始まり、毘沙門天、大黒天、恵比寿、福禄寿、寿老人、そして最後に布袋。


 大門から入り、七つを巡り、また大門へ戻ってくる。


 三河屋の引手茶屋では細見と札を渡し、七つの印が揃った客には土産を渡す。


 道には屋台が並び、棒手振りや水売りも動く。


 福車も走る。


 準備は、もう整った。


「後は、本番だな」


 俺はそう呟いて、静かに帳面を閉じた。

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