品川の朝市の規模を大きくしてみようか
品川七福神巡りの道筋を考えた翌日、俺は藤乃と一緒に実際の道を歩いてみた。
地図の上ではそれほどでもないと思っていた距離も、歩いてみると意外に長い。道の具合や店の並び、旅人が立ち止まりそうな場所などを実際に見て回ると、紙の上だけでは分からないことがいくつも見えてきた。
特に気になったのは、やはり海側だった。
品川は海が近く、その恵みを扱う店も多い。それに、以前から二日五日市が開かれていて、青物を扱う市もある。すでに人が集まる場所があるのなら、何もないところへ新しく市を作る必要はない。今あるものを、もっと人を呼べるものにできないかと考えた。
夕方になり、俺たちはひとまず戻ってきた。少し休んでから、机の上へ地図を広げ、今日歩いて見てきたことを一つずつ振り返る。
「七福神巡りそのものは、これで形になりそうでありんすねぇ」
藤乃は扇子をゆっくりと動かしながら、地図へ視線を落としていた。一日歩き回った疲れは隠せないものの、その表情には企画がまとまりつつあることへの満足感が浮かんでいる。
「ああ。実際に歩いてみても、北から南へ流していくやり方なら何とかなりそうだ」
俺も頷き、地図の上へ指を滑らせる。けれど、七福神巡りの道筋を確認しているうちに、海のほうへ目が向いた。
「ただな……」
俺が言葉を濁すと、藤乃が扇子を止めて顔を上げた。
「まだ何か思いついたのでありんすか?」
その声音には、呆れ半分、面白がっている気持ち半分が混ざっている。
「そういう顔をするなよ」
俺が苦笑して頭を掻くと、藤乃は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「旦那様は、何か一つ決まりますと、すぐ次のことを考え始めますもの。それで、今度は何を?」
「品川へ、もっと人を呼ぶ方法だ」
「七福神巡りでは足りませぬか?」
「足りないってわけじゃない。ただ、七福神巡りは『歩いて楽しむ』のが中心だろ。だったら、それとは別に、最初から目当てを持って品川へ来てもらえるものがあってもいいと思ってな」
そう言って、俺は地図の一角を指で示した。
「二日五日市があるだろ?」
「ええ。昔から続いている市でありんすね」
藤乃はすぐに頷き、その場所へ目を移した。
「だったら、これを利用できないかな」
「利用、と申しますと?」
藤乃が少し身を乗り出す。
「新しく市を作るんじゃない。今ある市を、もっと大きくできないかってことだ」
俺は筆を取り、紙へ大きく「二日五日市」と書いた。
「青物を扱っているなら、そこへ品川の魚も加えるんだ」
「魚を?」
藤乃が目を丸くする。
「ああ。品川浦で獲れた魚を持ってきてもらって、青物と一緒に売る。さらに漬物なんかも並べる」
藤乃は書かれた文字を眺め、それから俺へ視線を戻した。やがて納得したように頷く。
「青物に魚、それに漬物。確かに、今よりもずっと賑やかな市になりそうでありんすねぇ」
「だろ?」
俺も頷きながら、話を続ける。
「魚を買わない人でも、野菜なら買う。逆に魚を目当てに来た人が、青物や漬物を見つけて買っていくかもしれない。そうなれば、普段の買い物のついでに品川まで足を運ぶ人も出てくるだろ」
「それなら、女衆も呼びやすいでしょうねぇ」
藤乃は楽しそうに目を細めた。
「魚だけの市では、どうしても客が偏りますもの。青物や漬物があれば、家の買い物に来る方にも声を掛けられます」
「そうそう。しかも、新鮮なものを買えるだけじゃなくて、その場で食えるようにしたら、もっといい」
「食べるほうも、でありんすか?」
藤乃が小首を傾げる。
「ああ。焼いた魚や魚の汁、それに刺身みたいなものを出す。いろんな魚を少しずつ食べられるようにしてもいいし、季節の青物を使った料理も出せる。漬物だって何種類か並べて、食べ比べてもらえばいい」
それを聞いた藤乃の表情が、ぱっと明るくなった。
「市で買い物をするだけではなく、その場で品川の味も楽しんでもらうのでありんすね」
「そういうことだ」
「それでしたら、魚そのものを食べ比べるのも面白そうでありんす」
藤乃が思いついたことを確かめるように指を顎へ添える。
「何種類かの魚を少しずつ食べてもらって、一番うまかったものを選んでもらう。そうすれば、料理屋にも客が入る」
俺が頷くと、藤乃も嬉しそうに笑った。
「料理を出す方々にも参加する意味ができますねぇ」
「ああ。漁をする人、魚を売る人、青物を作る人、漬物を作る人、料理をする人。それぞれが商売できるようにするんだ」
「それに……」
藤乃はそこで言葉を止め、紙の上へ書かれた「魚」の文字を指先で軽く叩いた。
「魚なら、干物もございますねぇ」
「干物か」
思わぬ方向から話が広がり、俺は藤乃の顔を見た。
「ええ。生の魚をその場で食べてもらうのもよいですが、干した魚には干した魚の味わいがありんす。焼けば香りも立ちますし、生とは違った旨さを楽しめますもの」
藤乃は扇子を膝へ置き、少し楽しそうに目を細める。
「ですから、持って帰るための品としてだけではなく、干物そのものを目当てにしてもらってもよいのではありませぬか?」
「ああ、それはいいな」
俺もすぐに頷いた。
「生魚とは別の商品として考えればいい。市では新鮮な魚を食べてもらって、帰る時には干物を土産に買ってもらう」
「そうすれば、家へ帰ってからも品川の味を楽しめますねぇ」
「しかも、生魚よりは持ち運びやすい。江戸へ戻る人だけじゃなく、遠くから来た旅人の土産にも向いてるだろ」
「ええ。それなら、江戸からわざわざ品川へ来た方が、家の者への土産に買って帰ることもありそうでありんす」
「だったら、品川名物として売り出せるかもしれないな」
俺がそう言うと、藤乃は少し驚いたように瞬きをし、それから柔らかな笑みを浮かべた。
「名物、でありんすか」
「ああ。『品川へ行ったなら、魚を食べて、干物を買って帰る』ってくらいになれば面白い」
「それなら、漬物も同じようにできますねぇ」
「そうだな」
俺は紙へ新たに「干物」と書き、その横へ「漬物」と並べた。
「干物だけじゃなくて漬物も土産になる。青物はその日に買って帰れるし、漬物や干物なら日持ちもする。市で食べて、気に入ったものを家へ持ち帰る。そういう流れを作れればいい」
「そうなりますと、市そのものが買い物の場所であると同時に、品川の名物を探す場所にもなりますね」
「ああ。魚を見に来た人が野菜を買い、野菜を見に来た人が漬物を買う。昼飯を食った人が帰りに干物を買っていく。市に来たついでに、ほかの店まで覗いてもらえれば、町全体に金が落ちる」
「一つの買い物が、別の買い物につながるのでありんすねぇ」
「そういうことだ」
俺はそこで、もう一度「魚」の文字を見た。
「そういえば、魚だけじゃないよな」
「と申しますと?」
「貝だよ。品川の海なら、蛤とか浅蜊みたいなものもあるだろ」
「ああ、確かにございますねぇ」
藤乃が頷くと、俺は大きな蛤を炭火で焼く様子を想像した。
「大きな蛤を、その場で焼いて食わせるのもいいんじゃないか?」
藤乃もすぐに情景を思い浮かべたのか、目を細める。
「それは美味しそうでありんすねぇ。殻ごと火に掛けて、開いたところへ出てきた汁までいただくのでしょう?」
「ああ。あれは生とはまた違った旨さがあるからな」
「でしたら、蛤は焼き物にしたほうがよさそうでありんす」
藤乃はそう言ってから、少し考えるように首を傾けた。
「ただ、浅蜊まで焼く必要はないのでは?」
「浅蜊は汁か」
「ええ。あれは汁にすると、よい出汁が出ますもの。魚の汁とはまた違う味になりますでしょうし、市で食べるものとしても出しやすいかと」
「なるほどな」
俺は頷きながら、蛤の横に「焼き」、浅蜊の横に「汁」と書き込んだ。
「じゃあ、貝も種類によって食べ方を変えるか。蛤は炭火で焼く。浅蜊は汁物にする。ほかの貝も、その貝に合った料理にする」
「そのほうが、せっかくの品物を無駄にせずに済みますもの」
藤乃は紙へ目を落としながら、穏やかに微笑んだ。
「魚も貝も、すべて同じように料理するより、それぞれ一番おいしい食べ方で出したほうが、お客様にも喜んでいただけそうでありんす」
「ああ。そういうほうが『品川へ来て食べた』って感じも出るな」
俺は紙に並んだ文字を眺めた。
魚や蛤、浅蜊をその場で食べてもらい、青物や漬物を買って帰る。干物なら土産としても扱える。単なる市というより、品川の海と畑をまとめて楽しめる場所になりそうだった。
「でも、こういうものって、ずっと同じように出せるのかな?」
俺が紙を見ながら呟くと、藤乃が不思議そうに顔を上げた。
「と申しますと?」
「蛤や浅蜊だって、いつでも同じように獲れるわけじゃないだろ。季節によって、取れるものや旨いものが変わるんじゃないか?」
「確かに……」
藤乃は納得したように頷き、少し考えてから指を折る。
「そうなりますと、無理に一年中同じものを出す必要はございませぬねぇ」
「そうだな。むしろ、その時期に一番うまいものを出したほうがいい」
「春には蛤、夏には別のもの、秋にはまた違う魚や貝を前に出す。冬になれば牡蠣などもよろしいでしょうし」
「季節ごとに目玉を変えるか」
俺はその言葉を聞いて、紙の端へ新しく季節を書き込んだ。
「だったら、夏は雲丹を使ってもいいかもしれないな」
「雲丹、でありんすか?」
「ああ。少し珍しいものになるけど、雲丹を使った料理なら目当てにする人もいるだろ」
藤乃は一瞬考え、それから楽しそうに微笑んだ。
「それなら、夏は雲丹を使った料理を前面に出すのも面白そうでありんすねぇ」
「焼き物にしてもいいし、ほかの料理に使ってもいい」
「そうしますと、季節ごとに『今はこれがうまい』というものを見せられますね」
「ああ。春は蛤、夏は雲丹……それから秋は赤貝や青柳なんかもいいな。冬は牡蠣、みたいに」
俺が指を折って数えると、藤乃も紙へ目を落として頷いた。
「赤貝や青柳でありんすか」
「ああ。秋なら、そういう貝を前に出せる。赤貝は焼いてもいいし、青柳は別の料理にすればいい。蛤や牡蠣とはまた違った味になるだろ」
藤乃は秋の欄へ指先を添えながら、納得したように微笑んだ。
「季節ごとに違う貝が出てくれば、それだけでも楽しみになりますねぇ。春に蛤を食べた方が、秋には赤貝を食べに来ることもございましょうし」
「そういうことだ。一年中同じものを並べるんじゃなくて、その時期だから食えるものを目当てにしてもらう」
「同じものを一年中並べ続けるより、その時期にしか味わえないものがあるほうが、お客様も楽しみになりますもの」
「『今度は秋に来てみよう』って思ってもらえるわけだ」
「ええ。それなら、一度来た方にもまた足を運んでいただけそうでありんす」
「そうだな」
俺は納得して頷いた。
「だったら、品川の名物は一つじゃなくていい。季節ごとに変わればいいんだ」
藤乃は紙に並んだ文字を眺めながら、静かに笑った。
「春は蛤、夏は雲丹、秋は赤貝や青柳、冬は牡蠣。そこに一年を通して干物や漬物がある」
「そうそう。いつ来ても何か目当てがあって、その時期だからこそ食べられるものがある。そういう町にできればいい」
俺は紙の上へ、今度は大きく「季節」と書いた。
これなら、蛤が少ない時期があっても困らない。同じものを無理に売り続けるのではなく、その季節に獲れるもの、その季節に旨いものを前へ出せばいい。そのうえで、干物や漬物のように持ち帰れるものを用意しておけば、季節に関係なく土産を買って帰ってもらえる。
「料理を出す方々にも、参加する意味が増えますねぇ」
藤乃が紙を指しながら言う。
「魚を焼く店があって、貝を焼く店があって、汁を出す店もある。夏には雲丹を使った料理を出す店があって、秋には赤貝や青柳を使った料理、冬には牡蠣を焼く店がある。干物を売る店もあれば、青物や漬物を売る店もある」
「ああ。それぞれ得意なものを出せばいい。客も、自分が気になったものを選べるようにする」
「それなら、食べ歩きだけでも楽しめそうでありんすね」
「それも一つの売りになるな」
俺は頷きながら、地図の周囲へ目を向けた。
「それに人が増えれば、周りの店にも金が落ちる。飯を食う人もいるし、茶を飲む人もいる。七福神へ行く人もいるし、帰りに干物や漬物を買う人もいる。市に来たついでに、品川のほかの店へ寄ってもらえれば、それだけ町に人が滞在する時間も長くなる」
「品川へ来た理由が一つでも、そのついでに別のところへ足を伸ばしてもらうのでありんすね」
「そういうことだ」
俺が頷いたところで、ふと海側の地図へ目が向いた。
「……それと、せっかく品川まで来てもらうなら、もう一つくらい欲しいな」
藤乃は案の定というように眉を上げた。
「まだ増えるのでありんすか?」
「海を見てもらう」
「海を?」
「ああ」
俺は花火大会の時のことを思い出した。
「ほら、花火の時に屋形船を出しただろ」
「ああ、あの折のことでありんすね」
藤乃もすぐに思い出したらしく、懐かしそうに目を細めた。
「あれは、お殿様方にも随分と喜んでいただきましたねぇ」
「そうなんだよ。だから、ああいう舟遊び自体は楽しんでもらえると思う」
そこまで言ってから、俺は少し考えるように筆を止めた。
「ただ、屋形船をそのまま庶民向けにするのは違うよな」
「ええ」
藤乃はすぐに頷き、扇子を膝へ置いた。
「あれはあれで、特別なものにしておいたほうがよいと思いんす。お殿様方にお出ししたような宴席を、誰でも気軽に楽しめるものにするのは難しゅうございますもの」
「だから、もっと簡素な舟でいい」
俺は海の上へ線を引いた。
「屋根のある舟とか、そういうので短い時間だけ海へ出てもらう。飯を出すとしても、花火の時みたいな宴会じゃなくて簡単なものにする」
「それなら、もう少し安くできそうでありんすね」
藤乃が描かれた線を覗き込みながら言う。
「ああ。海の上から品川を見てもらうだけでも、普段とは違う遊びになる。船そのものが珍しいわけじゃなくても、品川を海から眺める機会っていうのは、別の楽しみになるだろ」
「市と組み合わせれば、ちょうどよいのではありませぬか?」
藤乃が顔を上げ、今度はこちらから提案する。
「というと?」
俺が尋ねると、藤乃は地図の上を指で追いながら話し始めた。
「朝に二日五日市へ参り、魚や青物を見て、漬物や干物を買う。その時期の旬の魚や貝を食べ、七福神巡りをなさる方は、その途中で神社へ立ち寄る。そして最後に舟へ乗って海を眺めるのでありんす」
「ああ」
俺は頷きながら、その流れを頭の中で組み立てていく。
「七福神巡りをしたい人は、その途中で市を覗いてもいい。逆に市へ来た人が、『せっかくだから七福神も回ってみよう』と思うかもしれない」
「舟も同じでありんすねぇ。市を目当てに来た方が、海を見てみようと思うかもしれませぬ」
「それだな」
俺は嬉しくなって頷いた。
「それぞれ別の目的で品川へ来てもらって、来たついでに別のものを楽しんでもらうんだ」
藤乃も頷きながら、柔らかな笑みを浮かべる。
「そうなれば、一日のあいだ品川に滞在してもらうこともできますねぇ」
「ああ」
俺は紙へ順番を書き込んでいった。
「市を見て、旬の魚や貝を食って、七福神を回って、舟に乗る。それで帰る前に、干物や漬物を土産に買ってもらう」
そこまで書いてから、俺は筆先を止めた。
「まあ、全部を一度にやる必要はないけどな」
そう言うと、藤乃は少しほっとしたように笑った。
「さすがに一度に全部となりますと、準備する方が大変でありんすからねぇ」
「ああ。まずは市のほうから話を聞いてみる。魚を出せる人、青物を持ってこられる人、漬物を作っている人、それに干物を作っている人。それぞれに参加してもらえるか確認する」
「季節ごとの品についても、今から相談しておいたほうがよさそうでありんすね」
「そうだな。何がいつ獲れるのか、実際にやってる人に聞くのが一番だ」
「舟のほうも、花火の時に屋形船をお願いした方々へ相談すればよいかもしれませぬね」
「ああ。ただ、あの屋形船を庶民向けに変えるんじゃない。普段使いできる、もっと簡素な舟を仕立てられないか聞いてみよう」
藤乃は納得したように頷いた。
「それなら、これまでのお付き合いも生かせますもの」
「そうだな」
俺は紙へ視線を落とした。
「花火の時に屋形船が喜ばれた。だったら、今度はもっと多くの人に、気軽に海を楽しんでもらえばいい」
「そして、その前後に市を楽しんでもらうのでありんすね」
「ああ。市で旬のものを食べて、気に入ったものを土産に買って、それから舟で海を眺める。七福神巡りをするなら、その途中で町を歩いてもらう。そうすれば、品川で過ごす時間そのものが長くなる」
藤乃はゆっくりと頷きながら、紙に書かれた内容を一つずつ眺めていった。
「それなら、品川へ来る理由を一つに絞る必要もありませんねぇ。市を目当てに来る方もいれば、七福神巡りをする方もいる。魚や貝を食べたい方、干物を買いたい方、舟に乗ってみたい方もいる。それぞれが別々の理由で訪れて、同じ町の中で別の楽しみを見つけることができます」
「そういう町にしたいんだ」
俺は頷いた。
「何か一つだけが目玉なんじゃない。季節ごとの魚や貝があって、青物や漬物があって、干物みたいに持って帰れるものもある。そこへ七福神や舟遊びまで加われば、一度来ただけじゃ全部は楽しみきれないくらいになる」
「そうなれば、『次は別の季節に来よう』という話にもなりますものねぇ」
「ああ。それが一番いい」
俺は紙の上に広がった文字を見て、ようやく全体が一つにつながった気がした。
二日五日市を土台にして、魚や青物、漬物を集める。旬の魚や貝は、その時期に一番うまい方法で食べてもらう。春には蛤を焼き、夏には雲丹を使った料理を出し、秋には赤貝や青柳を楽しんでもらう。冬になれば牡蠣を焼いて食べる。魚の干物は一年を通じた土産として売り、帰る前に品川の味を持ち帰ってもらう。
そこへ、花火大会で殿様方に楽しんでもらった屋形船とは別に、もっと簡素で気軽な舟遊びを組み合わせる。
そうすれば、市を見るために来た人が舟へ乗り、舟に乗りに来た人が市を覗き、七福神を巡りに来た人が品川の味を知る。別々の目的で集まった客が、町の中で次々と別の楽しみを見つけていくわけだ。
これは、単に一つの新しい催しを作るという話ではない。
もともとある市と、品川の海と、そこで獲れる魚や貝、近隣から集まる青物や漬物をつなぎ合わせて、「品川へ足を運ぶ理由そのものを増やしていく」という話なのだ。
「まずは、二日五日市をやっている人たちと話をしてみるか」
俺が筆を置いて立ち上がると、藤乃も扇子を手に取りながら頷いた。
「ええ。市を大きくするのであれば、まずは今の市を知っている方々に聞くのが一番でありんす。何を扱っていて、どの時期に何が集まるのか。それを知らずに話を進めるわけには参りませぬもの」
「ああ。それから魚と干物、貝と舟だな」
「承知いたしました」
藤乃はそう答えると、どこか楽しそうに目を細めた。
「また品川が、少し賑やかになりそうでありんすねぇ」
「そうだな」
俺も笑いながら、海のある方角へ目をやった。
品川には、すでに人が集まる市があり、海には魚や貝がいる。近くからは青物が集まり、漬物や干物のように持ち帰れるものもある。
春なら蛤、夏なら雲丹、秋には赤貝や青柳、冬には牡蠣。その時期にしか味わえないものを目当てに来てもらえば、季節が変わるたびに、また品川へ足を運ぶ理由が生まれる。
その場で旬の海の幸を味わい、気に入った干物や漬物を土産に買い、時間があれば舟から品川の海を眺める。七福神を巡る人は、その途中で町を歩き、別の店へも足を伸ばす。
そうやって一日を過ごしてもらえれば、品川はただ七福神を見るためだけの場所でも、魚を買うためだけの場所でもなくなるだろう。
吉原へ人を呼ぶことを考えていたはずが、気がつけば品川そのものを賑やかにする方法を考えていた。
だが、それも悪くない。
品川が賑わえば、そこから吉原へ足を伸ばす人も増えるだろう。
俺は海のある方角を見つめたまま、これから始まる話を思い浮かべた。
まずは今ある市を知ること。そして、その市に何を加えられるのかを、実際にそこで商売をしている人たちと話し合うことだ。
そこから、品川をもっと人の集まる町にしていく。
まだ構想の段階ではあるが、やるべきことは少しずつ見えてきていた。




