品川でも七福神巡りしてみてはどうかと藤乃と話してみたよ
吉原七福神巡りの案を書き終えたところで、俺はふと別のことを思いついた。
「……これ、品川でも使えるんじゃないか?」
そう呟きながら、俺は吉原の地図の横へ新しい地図を広げた。
向かいに座っていた藤乃は、俺の手元から視線を上げると、少し不思議そうに首を傾げた。
「品川、でありんすか?」
「ああ。吉原だけでやるんじゃなくて、品川宿にも七福神巡りを作るんだ」
俺がそう答えると、藤乃は扇子を膝の上でゆっくりと動かしながら、興味深そうに地図を覗き込んだ。
「まあ……品川にも、同じような仕掛けを?」
「ああ。ただ、吉原とまったく同じにするつもりはない」
俺は地図の東海道へ指先を置き、街道に沿ってゆっくりとなぞった。
「品川なら、むしろ吉原より向いているかもしれないな」
「どうしてでありんす?」
藤乃が少し身を乗り出し、俺の指先を追うように地図へ目を落とす。
「吉原は、わざわざ来てもらう町だ。でも品川は、東海道を歩いているだけで人が通る」
俺は街道を指先で軽く叩きながら、頭の中に行き交う旅人の姿を思い浮かべた。
「なら、その人たちに『ちょっと寄ってみよう』と思わせればいい。旅の途中で七福神を巡って、飯を食って、土産を買って、宿へ戻る。そういう流れを作れる」
「なるほど……」
藤乃は小さく頷き、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「旅人が、ただ通り過ぎるだけではなくなるのでありんすねぇ」
「ああ。それに品川は海も近い」
俺はそう言って海側へ指を移した。
「海の恵みを扱う店も多い。魚、海苔、貝、それに酒や干物なんかも売れる。七福神巡りの途中でそういう店へ寄ってもらえば、町全体に金が落ちる」
藤乃は海側の地図を眺めながら、感心したように目を細めた。
「吉原でやったことと、考え方は同じでありんすね」
「ああ。違うのは、こっちは宿場町全体を使うってことだ」
俺は新しい紙を一枚取り出すと、その中央へ大きく『品川七福神巡り』と書き込んだ。
「まず考えるべきは、七つの場所だな」
「品川にも、お稲荷様や弁天様をお祀りしているところはありんすものねぇ」
藤乃がそう言いながら地図へ顔を近づけるので、俺も頷き、候補になりそうな場所を一つずつ拾っていく。
「ただ、今回は吉原みたいに七つを一直線に並べるんじゃなくて、配置そのものを工夫したほうがいい」
「配置、でありんすか?」
藤乃が顔を上げる。
「ああ」
俺は地図の上半分を指先で囲った。
「北に三つ」
次に下半分を指す。
「南に三つ」
最後に、その中ほどを流れる川のそばを指で叩いた。
「そして、川のそばに一つだ」
「まあ……」
藤乃は驚いたように目を見開き、それから地図を覗き込んだ。
「北に三つ、南に三つ……それに川のそばに一つで、七つになるのでありんすねぇ」
「ああ。これなら、品川そのものの形を使える」
俺は街道を指でなぞりながら説明した。
「北側の三つを巡って、それから川のそばへ向かう。そこを七つのうちの一つにして、休憩や食事もできる場所にする。そのあと南側の三つを巡っていく」
「北から南へ、町を縦に旅するのでありんすか」
「ああ。吉原みたいに、狭い町をぐるっと一周するんじゃない。品川では、宿場そのものを旅してもらう」
藤乃はその言葉を聞くと、納得したようにゆっくり頷いた。
「それなら、『次はどちらへ向かうのか』も分かりやすうござんすねぇ」
「そう。道筋そのものが七福神巡りになる」
俺は地図へ三つずつ印を付けるように、北と南に丸を描いた。
「北側は江戸から来た客が入りやすいから、最初の三つをここに置く。そこから川のそばへ下りて、少し休んでもらう」
「川のそばを休み処にするのでありんすか?」
「ああ。七つのうち一つは、参詣だけじゃなくて水辺を楽しむ場所にする」
俺は川の近くへ丸を付けながら、少し考えた。
「茶屋を置いて、飯や茶を出す。それに川を眺められる場所も作る。天気が良ければ、そこで少し腰を下ろして休めるようにするんだ」
「それなら、長い道のりの途中でも疲れを癒せますものねぇ」
藤乃は安心したように微笑み、川辺の印を指先でなぞった。
「ああ。それに、ここを七福神の中でも少し特別な場所にしたい」
「特別、でありんすか?」
「そう。水辺に似合う神様をお祀りする」
俺は少し考えてから、弁財天の文字を書いた。
「弁財天なんかどうだ?」
「弁財天様……」
藤乃がその名前を見つめる。
「川のそばなら雰囲気もいいし、芸事との縁もある。品川ではここを一番の休憩場所にして、時には唄や三味線を楽しめるようにしてもいい」
藤乃は目を細め、嬉しそうに頷いた。
「それなら、吉原の弁財天様とはまた違った楽しみ方ができそうでありんすねぇ」
「ああ。吉原では町の中の芸を楽しんでもらう。品川では、水辺で休みながら芸を楽しんでもらう」
「同じ弁財天様でも、町に合わせて役割を変えるのでありんすね」
「ああ」
俺は頷き、今度は南側へ指を移した。
「そこから南へ進んで、残り三つを巡る」
「そうしますと、七つ目は南の三つの最後になるのでありんすか?」
「そうだな。最後の場所では、七つの印を揃えた証を渡すようにすればいい」
俺は札の仕組みを思い浮かべながら続けた。
「北の三つ、川辺の一つ、南の三つ。それぞれで印をもらう。そして最後の社で七つ目の印をもらったら、そこから土産を受け取れる」
「それなら、最後まで巡ろうという気持ちも生まれそうでありんす」
「ああ」
俺は満足そうに頷いた。
「途中で一つ二つだけ寄って帰る人がいてもいい。でも、全部回れば吉原と同じように、何か記念になるものを持って帰れる」
藤乃は少し考え、それから扇子を軽く傾けた。
「そうなりますと、北側の三つと南側の三つも、それぞれ違った見所を持たせたほうがよろしゅうござんすねぇ」
「その通りだ」
俺は嬉しそうに指を鳴らした。
「北は街道に入ってすぐだから、旅の始まりらしい場所にする。食事処や土産物が近くにあってもいい」
「南側は?」
「海に近いところなら、海産物や船に関係する店を置ける」
俺は海側へ目を向ける。
「そうすれば、北では街道と宿場、中央では川、南では海。それぞれ違う品川の顔を見てもらえる」
藤乃はしばらく地図を眺めていたが、やがて嬉しそうに顔を上げた。
「それなら、本当に品川を一通り見て回ることになりますねぇ」
「ああ」
俺は笑った。
「そこが狙いなんだ」
吉原では、七つの社を巡りながら町を歩いてもらう。
品川では、北から南へ宿場を旅し、その途中で川辺に立ち寄って休む。
同じ七福神巡りでも、町の形に合わせて歩き方そのものを変える。
「これなら、途中で休める場所も必要だな」
「川辺の茶屋だけでは足りませぬか?」
「七つ全部を回るとなると、それなりの距離になる」
俺は街道沿いへいくつか印を付けた。
「茶屋は何か所か必要だ。特に北の三つを終えて川へ向かう途中と、南の三つを巡る前に一度休める場所が欲しい」
「巡りそのものが、一日の旅になるのでありんすねぇ」
「ああ。朝から始めて、昼頃に川辺で飯を食う。それから南へ向かって、夕方には七つ全部を回り終える」
「それなら、江戸から日帰りで来る方にも使いやすそうでありんす」
「ああ。旅人だけじゃない。江戸からわざわざ遊びに来てもらうんだ」
俺はそう言いながら、品川へやって来る人々の姿を思い浮かべた。
「家族連れなら朝から来て、子供と一緒に神様を探して、途中で飯を食って、川で休んで、南まで歩く。帰る前に土産を買う」
「子供も楽しめるようにするのでありんすね」
「ああ。札には文字だけじゃなくて、神様の簡単な絵も入れる。字が読めない子でも、『この神様を探すんだ』って分かるようにする」
藤乃は楽しそうに目を細めた。
「宝探しのようでありんすねぇ」
「そう。子供が楽しめば、大人も一緒に歩いてくれる」
藤乃は扇子の陰でくすくす笑った。
「子供に引っ張られて、大人も七つ巡ることになりそうでありんす」
「それでいいんだよ」
俺も笑いながら答えた。
「家族で歩いて、飯を食って、店を覗いて、土産を買う。そうなれば、その分だけ品川で使われる金も増える」
そこで俺は、ふと吉原で考えた福車を思い出した。
「……福車も使えるかもしれないな」
「品川でも?」
藤乃が首を傾げる。
「ああ。ただ、吉原と同じ使い方じゃ駄目だ」
俺は地図の南北を見比べながら続けた。
「吉原では町の中をゆっくり巡るための乗り物だった。でも品川では距離があるから、もう少し実用寄りにする」
「実用寄り、と申しますと?」
「座席を少し広くして、年寄りや子供連れでも使いやすくする。それに、巡回する区間を決めて、途中から乗り降りできるようにする」
藤乃はなるほどと頷きながら、街道へ視線を落とした。
「吉原の福車は町を楽しむため、品川の福車は旅を助けるため、ということでありんすね」
「ああ。名前は同じでも、町に合わせて役割を変えればいい」
「それなら、川辺まで歩いて疲れた方が、そこから福車に乗って南へ向かうこともできますものねぇ」
「ああ。それもいい」
俺は地図を指で叩いた。
「ただ、街道を使うなら邪魔にならないようにしないとな。旅人や荷車とぶつかったら危ない」
「道を広げるのでありんすか?」
「ああ。広げられるところは広げる。それと、七福神巡りで使う道は、できるだけ段差やぬかるみを減らす」
「また道の整備でありんすねぇ」
藤乃が苦笑しながら言う。
「ああ」
俺も苦笑を返した。
「結局、何か始めようとすると道の問題に行き着くな」
藤乃は扇子で口元を隠したまま、楽しそうに肩を揺らした。
「ですが、道を整えれば、七福神巡りだけでなく、普段の宿場の暮らしも便利になりんしょう?」
「ああ。旅人が歩きやすい道は荷車も通りやすい。店へ荷物を運ぶのも楽になるし、雨の日も少しマシになる」
やっていることは吉原と同じだった。
一つの催しを作るために始めたことが、そのまま町の財産になっていく。
「そう考えると、品川はもっといろいろ仕掛けられそうだな」
俺がそう呟くと、藤乃は少し呆れたように目を細めながらも、楽しそうな表情を浮かべた。
「まだ何かありんすか?」
「ああ」
俺は海側の地図を眺めた。
「七福神巡りの途中で、海を見られる場所を作る」
「海を?」
藤乃が驚いたように目を丸くする。
「そう。品川へ来た人間に、『せっかく来たんだから海も見ていこう』と思わせる」
俺は南側の海岸近くへ丸を付けた。
「魚を売ってる店、茶屋、休憩所。それから船を眺められる場所。そういうのを巡りの途中へ組み込むんだ」
「神様を巡るついでに、品川の海まで楽しんでいただくのでありんすね」
藤乃が嬉しそうに言う。
「ああ」
俺は大きく頷いた。
「北では街道と宿場、川辺では水と芸、南では海と商い。そうやって、七つの社を巡るだけで品川のいろんな顔を見てもらう」
藤乃はしばらく地図を見つめたあと、ふと顔を上げた。
「……そうしますと」
「ああ?」
「品川へ来た方は、七福神を巡りながら、宿場町を見て、川を眺めて、海を見て、飯を食べて、店を見て、最後に土産を買うことになりますねぇ」
「そういうことだ」
俺は満足そうに笑った。
藤乃もゆっくりと頷きながら、納得したように目を細める。
「では、品川そのものが一つの見世物になるのでありんすね」
「そういうことだ」
俺は紙へ大きく書き込む。
――品川七福神巡り。
その下へ、さらに書き足していった。
――北三社。
――川辺の一社。
――南三社。
――街道を歩く。
――川で休む。
――海を見る。
――飯を食う。
――店を巡る。
――土産を買う。
「吉原は『町を歩いてもらう』だったけど、品川は『旅をしてもらう』だな」
俺がそう呟くと、藤乃は目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。
「吉原の七福神巡りとは、また違った賑わいになりそうでありんす」
「ああ。同じ七福神でも、町が違えば楽しみ方も変わる」
俺は頷きながら、品川の地図へ視線を落とした。
「まずは、七つをきちんと決めないとな」
「北に三つ、南に三つ、川辺に一つ……でありんすね」
「ああ。実際に歩きやすい場所か、街道から入りやすいか、近くにどんな店があるかも見ないといけない」
俺は地図の北側へ指を置き、次に川辺、そして南側へと移した。
「それぞれの場所にどの神様をお祀りするかも、町との相性を考えて決める。ご利益だけで決めるんじゃなくて、周りの商いや景色まで含めて考えるんだ」
「そこまで決めておけば、七福神巡りの途中で寄る店も自然に決まりそうでありんすねぇ」
「ああ。神様を巡りながら、品川の町そのものを楽しんでもらうんだからな」
俺は筆を置き、完成した地図を満足そうに眺めた。
北に三つ。
川辺に一つ。
南に三つ。
それだけで、七つの印を集めるための道が一本につながって見える。
「よし。次は実際に歩いてみるか」
俺が立ち上がりながらそう告げると、藤乃も扇子を手に取り、楽しそうに頷いた。
「ええ。北から南まで、どの道を通ればよいか確かめに参りましょう」
「ああ。地図だけじゃ分からないこともあるからな」
俺は品川の地図を畳みながら笑った。
「歩いてみて疲れる場所なら客だって疲れる。店が見つけにくいなら、そこも考え直す。川辺でどれくらい休みたくなるのかも、自分で確かめてみよう」
「旦那様ご自身で七福神巡りを試すのでありんすねぇ」
「ああ。最初の客になるつもりで歩いてみるさ」
藤乃はその言葉を聞くと、扇子の陰でくすりと笑った。
「では、旦那様。七つの福を探す旅の始まりでありんすね」
「そうだな」
俺も笑いながら頷いた。
吉原では、既にある町の中へ人の流れを作った。
品川では、街道と宿場、川と海を一本の巡りへつなげる。
同じ七福神巡りでも、町の形に合わせれば、まったく違う楽しみ方になる。
それなら、実際の品川を自分の足で歩いてみるしかない。
俺は地図を抱えたまま、北側から南側へ伸びる街道を思い浮かべた。
七つの社。
七つの印。
そして、その間をつなぐ一つの旅。
「……これなら、品川にも新しい人の流れを作れそうだな」
そう呟いた俺の横で、藤乃もまた品川の地図を眺めながら、静かに笑っていた。




