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「もしもし、こちら英雄課」

 ××15年。


 世界の犯罪は収まることを知らず、増加の一途をたどっていた。警察官の仕事量は増加し、倒れる人も少なくはなかった。さらに、それが原因となり、警察官はいつも人員不足だった。


 それを危惧した○△商事の社長はどうしたものかとニュースを見ながら考えていた。

 しかし、画面は突如として切り替えられる。


「こら!」

「だって、見たいんだもん」


 可愛い孫が頬を膨らませる姿を見た彼は内心デレデレだったが、威厳ある祖父を演じたまま孫を隣のソファに座らせた。


「姿勢を良くしなさい」

「はい!」


 テレビから流れてくるメロディ。

 あまり興味はない彼だが、仕方なく一緒に見る事にした。


『スーパーヒーロー、参上!』

「さんじょう!」


 姿勢良くと言われていたため、彼の孫は背筋を伸ばし、画面に映るヒーローと同じポーズをとった。

 しかし、そんな孫の隣で彼は勢い良く立ち上がった。姿勢良くといった本人がそんな行動をするので孫は口をとがらせた。


 だが、彼にはそんな可愛らしい訴えは見えていなかった。視線は、テレビ画面に釘付けだった。まるで、ニチアサを楽しみにしている子どものようだ。


「……これだ」


 さて、ここでもう一度。



 ××15年。世界は犯罪者の増加に悩まされている。






 プルルル、プルルル。


 ガチャ。


「はい、もしもし、こちら○△商事、英雄(ヒーロー)課の赤井です」


 ここは○△商事の一角、いや、一隅に置かれた英雄課。社長が突然の思いつきによってつくってしまった課だった。仕事内容は電話応対(犯罪関係も含む)や、過去の犯罪のリスト作成、現在指名手配中の犯人のリスト作成、最大は犯罪者の捕獲・通報だ。


 急遽つくられたため、この課にいるのはたった2人。


「はい? 泥棒ですか。何が盗まれたんですか? は? 魚……。とりあえず、お伺いします。これから向かいます。はい、失礼します」


 電話を切った赤井英樹(あかいひでき)はため息を吐いた。


「おお、仕事しているな、"ブルー"」

「やめて下さい。赤井でいいです」


 赤井はこの課の課長であり、リーダーである。リーダーだが、カラーはブルーだ。


「そう言えば、イエローはどうした」

「月野なら、さっきクレーム対応して胃薬持ってトイレ行きました」


 もう1人の犠牲……失礼、選ばれし英雄は月野忠(つきのただし)。彼はとてもデリケートな英雄である。


「そう言えば俺、どうしてブルーなんですか? 名前からしてレッドとか……」

「ああ、それか。それは──」



「赤字にはなりたくないからな」



 そうであれば、最初から無駄(だと思われる)な英雄課なんてつくらなければいいいのに、と思った赤井だったが、そこはぐっと堪え、曖昧な笑みで返した。


(営業スマイルはこの為にあるんじゃないのに)


 赤井はそんなことを思いながら、魚泥棒を捕まえに行く為に荷物をまとめた。社長は頑張ってこいよと言い、肩に手を置いて何回か頷いた後、ドアを開けて出て行った。

 入れ違いに月野が帰ってくる。


「月野、行くぞ」

「……はぃ」


 赤井はこの課に未だ必要性を見出してはいない。

 確かに多くの事件が日々報道されているが、それは警察の仕事であると赤井は考えていた。何の訓練も受けていない一般ピープルが犯罪者を捕まえるなど無謀すぎると。


 やはり、世間もそう考えているのだろう。この英雄課にくる依頼と言えば……。


「にゃー」


 赤井と月野の目の前で、魚が一匹の猫によって奪われていく。


「何が見える」

「猫が魚を咥えて逃げていきます」

「奴は何だ」

「魚泥棒ではないでしょうか」


 赤井はさっと、猫の前に立ちふさがり、見下ろす。

 猫は目の前に現れた、冷ややかな視線を送る大きな脅威に怯えていた。

 そんな猫を確保するのは簡単な事であった。


「犯人はこいつです」

「猫かい。いやぁ、悪いねぇ」


 魚屋の店主に猫を見せると、こんな事で呼び出してしまって悪いと言って、魚を何匹か2人に手渡した。


「すまんねぇ」


 猫を抱えながら2人はぺこりとお辞儀をして、会社に戻ろうとした。しかし、猫が赤井の手から魚の入った袋を奪い、走り去る。


「あ、この!!」

「赤井さん……!」

「人を振り回しやがって!」


 1匹の猫を追う、2人の大人。その異様さに周囲は自然と道をあけたのだった。周りの目に晒されている事が月野の精神を弱らせる。


「赤井さん、もう、いいじゃ、ないですか!」

「もう、ウンザリなんだよ! こんな事も、英雄課も!」


 ヤケになって追い続ける赤井と月野は息を切らせながらなおも走った。

 猫が角を曲がる。


「逃がすか──」


 ドン。


「うがぁっ」


 角を曲がったところで勢い良く誰かとぶつかり、赤井とぶつかった人がお互いにしりもちをついた。


「すいません、だいじょ──」

「捕まえて下さい!!」


 赤井が謝ろうとすると、大きな声でそれが阻まれた。声に驚いて、ぶつかった人間をまじまじと見ると、いかにも怪しい全身真っ黒の男が立ち上がり逃げようとしていた。

 手には、格好に不釣り合いな白いハンドバックが握られていた。


「月野!」

「え、あの……えっ!?」


 息を切らせて赤井の後を追ってきていた月野は訳も分からず前から来る男に驚くばかりだった。月野はとりあえず、嫌だと思う気持ちをどうにか押さえて男を止めにかかる。


 が、しかし。


「わわわ!」


 30歳の体力は底をついたのか、足が絡まり、情けなく男を巻き込み倒れ込んだ。

 下敷きになった男は打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなかった。


「……あ、その、あれ、大丈夫、ですか? あ、赤井さん、この状況。……う゛、胃が」


 男を押さえたことは良いのだが、あまりに格好がついていないので赤井はげんなりとした。


「あの、ありがとうございます!」


 後ろからパタパタと足音が聞こえた。

 赤井は何とはなしに振り返って見たが、目にその人が映ったとたん固まった。

 乱れた髪を整えながらお礼を言うのは可愛らしい女性であったからだ。


「……あの」

「あ、いえ。大丈夫でしたか?」

「ええ」


 そう言って微笑む彼女にドキリとする。


「ヒーローでしたわ」



 赤井はぎこちなく、女性にハンドバックを返した。月野はいつの間にか気を失って、男と共に道に倒れていた。


(こんな出会いがあるなら英雄(ヒーロー)も悪くない……?)


 そのまま、警察がくるまで何も言えない赤井だった。






「赤井さん、今日どこか行くんですか?」

「……まあ」


 英雄課デスク。

 指名手配中の顔写真を見ながら月野が赤井のソワソワした様子を感じ取ってそう言った。


「あ、この間のひったくりから助けたあの女性(ひと)ですか?」


 パソコンをカタカタと打ち鳴らしていた赤井の肩がピクンと反応する。


「お前、今日取引先に挨拶だぞ」

「……言わないで下さい。胃が……」


 話題を逸らす事に成功した赤井は何事も無かったかのようにパソコンと向き合った。月野も胃を押さえながら黙って仕事に戻る。


 ここは○△商事。


 プルルル、プルルル。


 あの日以来、随分と電話が鳴るようになった。少しずつではあるが、この課の2人もやりがいを感じ始めている。それでも、まだ悩みもあるようで。


 英雄課課長の赤井の最近の悩みは、何課の課長か、気になる女性(ひと)に聞かれるのが怖い事である。


 ガチャ。











「もしもし、こちら英雄(ヒーロー)課」

>Do you like blue and yellow?


∴∵∴∵∴

#登場人物紹介#

赤井英樹:ブルー

英雄課課長、36歳独身。

不幸な星の下に生まれた人間。社長からの抜擢により英雄課に所属した。一般人、ツッコミ。

彼がブルーなのは社長が赤字が嫌だから。

悩みはこの課の課長では結婚し難い事。


月野忠:イエロー

英雄課所属、30歳既婚。

メンタル面がとても軟弱。クレーム対応はとても苦手で、終わったあとは必ず胃薬とともにトイレ直行。気弱、天然。

悩みは名前だけでこの課移されてしまった事。


社長

正義感のある○△商事の社長。その正義感ゆえに英雄課を発足させてしまう。

∴∵∴∵∴


世界でなくていい。

いつか、誰かの英雄(ヒーロー)に。


2015/7 秋桜(あきざくら)(くう)

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