This Feeling Cannot Tell a Lie.
──止めて……!
少女は薄暗い森の中、心の奥でそう叫んでいた。それでも、一度沸き上がった好奇心を相手は抑えてくれそうになかった。感情を乱してはいけないのに、恐怖と怒りと混乱が少女の心の中を満たしていく。
伸びてきた手に、少女の心はどうしようもなくなってしまった。
急に降り出した雨が身体を痛く刺し、地鳴りは耳が壊れそうなほどだった。手を伸ばした人間たちが慌てだした時には全てが遅く、放心状態の少女を1人置き去りにして、逃げ回っていた。
∴∵∴∵∴∵∴∵
「いやぁ、参ったな……」
ブラウンの髪の毛に、きりりとした青色の瞳が特徴的な少年が森の中で汗を拭いながら呟いた。
少年は宛もなく、とりあえず森を歩いていた。近いからと思って不用意に森に入ってしまった事を後悔していた。
(……考えるより行動する癖がまた、でてしまった)
空を見上げると、澄んでいた空の青は橙色に変わりつつあった。このままでは夜になって森を出る事が不可能になってしまうと焦りだしていた。
その時、耳に届いたのは微かな水のせせらぎだった。
生い茂る緑をかき分けながら、進んでいくと、泉のような場所を見つけた。
しかし、見つけたものはそれだけではなかった。視線を上げていくと、そこにいたのは、夕陽に照らされた少女だった。
金色の長い髪は夕陽できらきらとして、白と黒のワンピースから覗かせた白く細い足が艶やかだった。少し物憂げな様子だった、それがまた、惹きつけられる要因になっていた。
泉の上に羽を休めに来た蝶の様だと、少年は口を半分開けたままそう思った。
少女ははっとして少年を見て、驚いたように、桃色の瞳を大きくした。正面から見た少女の姿に少年の鼓動が激しくなった。
桃色の瞳がゆらゆらと揺れている。
「あ、あの!」
少年はとりあえず、話しかけようと声をかけた。
少女の姿が暗くなっていく。いつの間にか夕陽が雲に隠れていっていた。
「……あっち」
少女は腕を持ち上げ、人差し指を向けた。少年が思わず指先を追っていった。
「どういう意、味──」
少女に聞こうとした、少年だったが、そこにはすでに少女はいなかった。
空は橙色と赤色に染まっていた。
少女が指した方向に進む事で森を抜ける事が出来た少年だったが、その日の晩、少女の姿が頭から離れなかった。
そして、少年は心に決める。
「こんにちは!」
ちらりと少年を一瞥したした少女は次の瞬間に姿を消した。
少年はあの日から毎日少女に会いに来ているのだが、少女は少年を見る度にすぐ逃げてしまうのだった。一言も会話する事なく、少年が一方的に言って終わったり、その一言もかける前に消えてしまったり、なかなか少年の思うようには行かなかった。
ある時は花を持って、またある時はお菓子を持って行った。それでも、少女は少年に何も言おうとはしなかった。
しかし、そうやって持って行ったものは次の日には消えているので少年はやめる事が出来なかった。
何時も少女がいる泉に今日もやってきた少年だが、少女の姿が見えなかったので木にもたれて座り、周りを見渡した。
光に照らされた葉が少し透けていて、人間の血脈の様に葉脈が見える。風でなびく葉が揺れる音、小鳥がさえずる音、すべてが心地よく、その音に身をゆだねた。
木陰にいて、目をつぶっている少年を少女は見つけた。不思議なものを見るような少女はしゃがんでその表情を見た。
「……」
「……ぅ」
少年は何かの気配がして目を開けると、桃色の瞳が少年を捉えていた事に気がついた。
お互い驚いてしばらくの間見つめ合う。
「き、君は──」
少年が口を開くと、少女は立ち上がろうとした。少年は反射的に少女の手を掴んだ。
「待って! 僕はウィリアムス・ホワイト。皆からはウィルって呼ばれているんだ。君の名前を教えて欲しい」
少女は後ろを向いたままだった。
握っている手が震えている事に少年は気がつく。その時、風が強く吹いた。思わず顔を覆い隠した少年は少女の手を離してしまった。
風が止んで、少年、ウィルは1人残された。
ウィルの手には少女の冷たいひんやりとした感触がまだ、残っていた。
空を見上げると厚い雲がかかってきており、森は薄暗くなってきた。
「まずい」
ウィルは立ち上がった。
その時はもう雨が降り始めていて、空はどんよりとした灰色に染まっていた。降り出した雨は強くなり、雷鳴も聞こえる。
ウィルは急いで森を抜けようと走った。
体に打ち付ける雨。風もあるせいで、目もなかなか開けられなかった。
そのせいか、ウィルは何時もと違う道を通っている事に気がついてはいなかった。
気がついた時にはもう遅く、ウィルは足を滑らせ、宙に浮いた。
「……さい、……ごめ……さい」
はっきりとしないぼんやりとした感覚の中、ウィルは声を聞いた。
「……あれ、ここは」
目を開けたウィルが見たのは木の天井だった。意識がだんだんはっきりしてくると身体があちこち痛いのが分かる。
起き上がろうとするのだが、痛みが邪魔をする。
なんとか動かせる首を動かすと、どこかの家であるようだった。ウィルは記憶を辿りながら、崖から落ちた事を思い出した。
一体誰が助けたのだろうと考えていると、家の扉が開いた。
入ってきた少女の、金色の髪と桃色の瞳をウィルは知っている。
「君が、助けてくれたの……?」
少女の、表情は変わらない。ただ、淡々と食事をウィルに用意してくれただけだった。
「あ、の……」
「……動けるようになるまでだから」
また出て行こうとした少女は背を向けたままそう言った。そして、少女は金色の髪の毛をなびかせて扉の外に消えていった。
ウィルは頑張って起き上がると少女が用意してくれたスープを一口飲んだ。
温かくて美味しかった。
身体には包帯が巻いてあり、丁寧に手当をしてくれた事がうかがえた。少女の家だと分かったウィルはもう一度部屋を見た。
窓辺に飾ってあった花に、ウィルは見覚えがあった。
スープを間食し、まだ、布団から出る事が出来ないため、食器はその場に置く事にした。
(……彼女、1人で暮らしているのかな)
部屋の広さ、有るものもそんなに多くないため、ウィルはそんな事を思った。
それに、何時も少女は1人だった。
そんな事を考えていると眠気に襲われ、また瞼を閉じた。
ウィルが少女の姿を家で見たのはたった一回だけだった。ウィルが良くなるまで少女は世話をしてくれていたのだが、上手く顔を合わせないようにしていた。
ウィルは歩き回れるようになったため、家を出て行こうと考えた。
持ち物は特になく、布団をきちんと畳み、扉を開けて外に出た。
「ありがとう、お世話になりました」
何時もの泉にいた少女にウィルはそう言った。また、少女は逃げようとする。
「──っ」
ウィルは手をぎゅっと握りしめた。
「僕は君の事が好きです!」
大きな声で言ってしまった事にちょっと照れくさくなったウィルだが、後悔はなかった。
少女の動きは固まっていた。
「私の……私の心を乱さないでっ!」
少女はそう訴えた。
「どっか行って」
少女は消えてしまった。
少女の横顔が、涙が伝うその顔がウィルの心に痛く刺さった。また、雨が降りそうだ。
「あんた、ずいぶん長い間帰ってこなかったけど、大丈夫だったのかい?」
宿泊している宿にウィルが帰ると受付のおじいさんが心配そうな表情で見つめていた。
「すいません、ご心配をおかけしました」
「豪雨の日に居なくなったものだから何かあったのかと思ったよ」
「……森の中に住んでいる方に助けてもらったんです」
ウィルがそう言うと、おじいさんは表情を曇らせた。
「まさか、あの子に会ったのかい?」
「まあ、はい」
おじいさんはますます表情を強ばらせていた。
「あんまり近付くもんじゃないぞ。あの子は隣の村を壊滅させたんだからな」
話が気になり、ウィルは詳しく説明してもらう事にした。おじいさんが話すには、何年か前、ひどい嵐が急に起こり、その村が土砂崩れや洪水に飲み込まれ、1日で村が無くなってしまったと言う。
しかし、たった1人だけ生き残った人間がいた。それがあの少女である。急な嵐、たった1人だけ生き残ったと言う妙な事に、人々はその少女が村を壊滅させたのではないかと、思うようになったそうだ。
ベッドの上でくつろぎながら、ウィルはずっと考えていた。手当をしてくれた少女、窓辺にあったあの花。ウィルは少女がそんな事を故意的に引き起こしたようには思えなかった。
泉にまた、少女はいた。
「昨日僕が言った事嘘じゃないから」
「……何しに来たの」
表情がない少女。冷たく、何の感情もウィルには読み取れなかった。
「伝えに来ただけだよ」
「……この森にいるといつか死ぬよ」
ウィルは嵐の日を思い出した。
確かにあの日、少女が助けてくれなければ、ウィルは死んでいたかもしれない。そして、もう1つ。宿屋のおじいさんの話だ。
「でも、君のせいじゃない」
微かに桃色の瞳が揺れた。
「……知っているなら尚更来ないで」
「僕は怖くない」
「私のせいで村は無くなった」
「違う」
「違わない」
──アリス、あなたは不思議な力を持ってしまったのね。いい? あなたの気持ちと天の気持ちは繋がっているの。だからね……
「そうだとしても、それは君の本意ではないでしょう?」
「……もういい、どこかへ行って」
冷たく少女は言った。消えてしまいそうになる少女に、もう会えなくなってしまいそうで、ウィルは怖くなる。
「君の罪ごと、僕は君を受け止められる」
ウィルは駆け寄って手を掴んだ。
「本当に大好きなんです」
あの時、少女の手はひんやりとしていたが、今は、少し温かい。
──感情はなるべく持ってはいけないわよ。最悪周りを滅ぼすわ。
少女はウィルの手から伝わる熱にどうしようも出来なかった。それでも、あの時、自分が気持ちを乱した事で冷たくなった少年の手を忘れる事など出来なかった。
(この感情は一番厄介なのに……)
少女は手を振りほどいた。
「私はあなたが嫌い。もう二度と会いたくない」
少女は森の奥へと消えていった。
涙に濡れた桃色の瞳はウィルの心からは消えそうにはなかった。
晴れているのに、空は泣いていた。
This Feeling Cannot Tell a Lie.
-この気持ちは,嘘を吐けない-
>Do you like pink?
イラスト描いていたらお話が浮かびました。
2015/6 秋桜空




