第7話 夜明けの畑と、伝説の二つ目
その夜、ハンナさんは黒紫色の草を、小さな木箱にそっとしまった。
「ケン、ミレイ。この草のことは、三人だけの秘密だよ」
「秘密?」
「魔の森の匂いがする草なんて、普通の薬草じゃない。もし『七つの伝説の薬草』のひとつだとしたら……月光草のとき以上に、厄介なことになるからね」
ハンナさんの声は静かだったが、目は真剣そのものだった。
「いいかい。この草が何なのか、私にはまだわからない。わかるまで、誰にも話さず、誰にも見せない。約束できるかい?」
「はい」
「……わ、わかったわよ。おばあちゃんが言うなら」
ミレイは、むっとした顔のまま、こくりとうなずいた。
それから、ぽつりと付け加えた。
「あと、ケンのスキルが読めなかったってことは、このことも、あんたが一番よく知っておくべきでしょ。……教えてあげるから、明日から、早起きしなさいよ」
「え?」
「スキルの勉強よ! 薬草だけじゃなくて、スキルのことも!」
* * *
翌朝は、まだ空が暗いうちに、ミレイに叩き起こされた。
「起きなさい、ケン! 夜明け前の草が一番、元気なのよ!」
「ふあ……こんなに早いの……?」
「文句言わない!」
眠い目をこすりながら、僕は家の裏の畑へ向かった。空には、二つの青い月が、まだ薄くかかっている。
「いい? スキルっていうのは、使えば使うほど育つものなの」
ミレイは、胸を張って言った。
「学院で習ったわ。『スキルは、使い込むほど成長し、新しい力を目覚めさせる』って」
「成長……?」
「そう。あんたの『雑草鑑定』も、きっと同じ。まだ、レベルが低いんじゃない? だから、あの黒紫の草が読めなかったのよ」
(なるほど。僕のスキルは、まだ未熟なのか)
思えば、ステータスのようなものを確認したことは、一度もなかった。
「ためしに、見てみなさいよ。『スキルの状態』って、心の中で唱えれば、出るはずだから」
目を閉じて、心の中で唱える。
(……スキルの状態)
すると、頭の中に、半透明の文字が浮かんだ。
【スキル:雑草鑑定 Lv.1】
【使用回数:147回】
【次のレベルまで:あと3回】
「……あと、三回?」
「えっ!? そんなに近いの!?」
ミレイが、目を丸くした。
「じゃあ、さっさと使いなさいよ! ほら、そこの草でいいから!」
「う、うん」
畑のすみに生えていた草に、スキルを使う。
(……雑草鑑定)
【名称:眠り草】【効能:安眠の薬の原料】
あと、二回。
その隣の草にも。
(……雑草鑑定)
【名称:黄花草】【効能:傷薬の原料】
あと、一回。
最後に、足もとの小さな草へ。
(……雑草鑑定)
【名称:泥はね草】【効能:なし。ただの雑草】
「……ただの雑草もあるんだね」
「そりゃそうでしょ!」
その瞬間だった。
頭の中に、澄んだ鈴の音のような響きが鳴った。
【スキルレベルが上がりました】
【雑草鑑定 Lv.1 → Lv.2】
【新しい能力:「状態鑑定」を習得しました】
「う、わ……!」
「どうしたの!? 何か出た!?」
「レベルが、上がった……!」
ミレイが、ぱあっと顔を輝かせた。
「やったじゃない! ほら、早く! あの黒紫の草を、もう一度見てみなさいよ!」
* * *
薬屋に戻った僕たちは、ハンナさんに頼んで、木箱を開けてもらった。
黒紫色の草は、昨日と変わらない姿で、そこにあった。細い葉の先に、うっすらと金色の粉がついている。
僕は、深く息を吸った。
(……雑草鑑定)
文字が、ゆっくりと、浮かび上がる。
【名称:星影草】
【品質:幼苗】
【効能:目に宿る魔力を高め、闇を見通す力を与える。「七つの伝説の薬草」のうちの、二つ目】
「……っ!」
「読めた!? ねえ、読めたの!?」
「うん。星影草っていうんだって。伝説の七つのうちの、二つ目……」
ハンナさんが、息をのんだ。
ミレイは、口を開けたまま、固まっている。
「でも、まだ小さな苗の状態で……」
僕は、続きを読もうとして、はっとした。
文字の最後に、もうひとつ、赤い一行が浮かんでいたのだ。
【警告:この草を探している者がいる。魔の森の「主」が、気づき始めている】
ハンナさんが、静かに、木箱の蓋を閉じた。
「……ケン。おまえさんは、思っていたよりずっと、大きなものに触れてしまったのかもしれないね」
窓の外では、朝日が、ゆっくりと昇り始めていた。
――第8話へ続く――




