第6話 ツンデレ孫娘と、名前のない草
薬屋での修行が始まって、七日が過ぎた。
朝いちばんに井戸で薬草を洗い、昼まで乾燥棚の手入れをして、午後はハンナさんに調合を教わる。前世のブラック企業とは違って、毎日がおだやかで、ちゃんと眠れる。
(これが、人間らしい暮らしってやつなのかもな)
そんなことを思いながら、僕が籠いっぱいの薬草をすすいでいた、そのときだった。
「ちょっと! そこのあなた!」
背後から、きんきんと響く声が飛んできた。
振り返ると、赤茶色の髪を二つに結んだ女の子が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。歳は僕と同じくらい。町の学院の制服らしい、紺色のワンピースを着ている。
「その洗い方、間違ってるわ! 葉の裏は、水を当てすぎると傷むのよ!」
「え、あ、ごめん」
「ごめんじゃなくて、直しなさい! まったく、おばあちゃんも、どうしてこんな素人を弟子に……」
「おばあちゃん?」
「ミレイ! 帰ってきたのかい」
奥からハンナさんが顔を出した。
「紹介するよ、ケン。孫のミレイだ。町の薬師学院に通っていてね、夏の休みで帰ってきたのさ」
「おばあちゃん、この子が例の弟子? 領主さまの娘を治したっていう?」
ミレイは、じろりと僕を見た。腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。
「どうせ、まぐれでしょ。薬草の勉強は、そんなに簡単じゃないんだから」
* * *
「それなら、試してみるかい?」
ハンナさんが、にやりと笑った。
「ミレイ、おまえが一番得意な『薬草の見分け』で、ケンと勝負してごらん」
机の上に、見た目のそっくりな草が二十種類、ずらりと並べられた。
「学院の最終試験より難しいのを、用意したよ」
「望むところよ!」
ミレイは、目を輝かせて草をのぞき込んだ。葉の形、匂い、茎の手ざわり。ひとつひとつ、丁寧に確かめていく。
その横で、僕は静かに心の中で唱えた。
(……雑草鑑定)
草の上に、次々と文字が浮かぶ。
「えっと、一番は解熱草。二番は毒消し草。三番は……あ、これ、毒です。さわるとかぶれます」
「ちょ、ちょっと待って! まだ、一番も終わってないのに!」
僕が二十種類を答え終えるころ、ミレイはまだ、七番目で眉間にしわを寄せていた。
「……全部、正解だよ」
ハンナさんが言うと、ミレイの顔が、みるみる真っ赤になった。
「う、うそ……! 三年も勉強したのに……!」
「ご、ごめん……」
「あやまらないでよ! よけい悔しいじゃない!」
ミレイは目に涙をためて、ぷいっと顔をそむけた。
「べ、別に、あんたのことを認めたわけじゃないんだから! こんなの、スキルのずるよ、ずる!」
……図星だった。
ずるい、というのは、その通りだ。僕は何の努力もせずに、この力をもらったのだから。
僕は、ゆっくりと口を開いた。
「うん。ずるいと思う。だから、教えてほしいんだ」
「……え?」
「僕のスキルは、草の名前と効能はわかる。でも、どうやって乾かすか、どう調合するか、何も知らない。ミレイは、それを知ってるでしょ?」
ミレイは、きょとんと目を丸くした。
「僕には知識がない。ミレイには、ある。……だから、先生になってくれないかな」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、ミレイは、耳まで真っ赤にして、そっぽを向いたまま言った。
「……し、仕方ないわね。おばあちゃんの頼みでもあるし。ビシビシいくから、覚悟しなさいよ!」
ハンナさんが、後ろで小さく笑った。
* * *
その日の夕方。
乾燥棚の整理をしていたミレイが、ふと声をあげた。
「ケン、この草、見て。籠の底に混ざってたの」
ミレイが持ってきたのは、見たことのない、黒みがかった紫色の草だった。細い葉の先に、うっすらと金色の粉がついている。
「あんたのスキルなら、わかる?」
「やってみる」
(……雑草鑑定)
文字が、浮かび上がった。
【名称:???】
【品質:???】
【効能:???】
「……え?」
何度やっても、同じだった。
初めてだ。スキルが、何も教えてくれない。
「どうしたの?」
「……わからない。この草だけ、何も見えないんだ」
ハンナさんが、顔色を変えて、その草を手に取った。
「これは……」
声が、かすかに震えていた。
「この草は、どこで見つけたんだい、ミレイ」
「えっと、昨日、町の行商人から買った薬草の束に、混ざってたの」
ハンナさんは、長い間、黙っていた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……魔の森の、匂いだ」
僕の背中を、ぞくりと冷たいものが走った。
――第7話へ続く――




