第5話 初めてのご褒美と、世界地図 翌日。
僕は、ハンナさんと一緒に、再び伯爵の屋敷を訪れた。
「ケン、昨日はありがとう。約束の褒美だ」
執務室の机の上に、ずっしりと重そうな革袋が置かれていた。
「金貨、五十枚だ」
「ご、ごじゅう……!?」
声が裏返った。
(うちの家族の、五年分以上の稼ぎ……)
手が震える。ハンナさんが、そっと僕の肩に手を置いた。
「遠慮しなくていい。それだけのことを、おまえさんはしたんだ」
「……ありがとうございます、伯爵さま。大切に使います」
伯爵は、にっこりと笑った。
「もう一つ、見せたいものがある」
* * *
案内されたのは、壁一面に大きな地図が貼られた部屋だった。
「これが、この世界だ」
地図の中央に、僕たちが住む王国。その北には、「魔の森」と書かれた深い緑の地帯。西には海、東には高い山脈が描かれている。
「君の薬草は、百年前に絶えたと言われていた。だが、じつは古い言い伝えがあってね」
伯爵が、地図の北を指さす。
「『七つの伝説の薬草』。月光草は、そのうちの一つだとされている。残りの六つは、いまも魔の森のどこかに眠っているそうだ」
「七つの、薬草……」
「すべて集めた者は、あらゆる病をなくせるという」
胸が、どきりとした。
前世の僕は、仕事に追われて体を壊し、死んだ。だから、病気で苦しむ人の気持ちは、少しだけわかる。
(のんびり暮らしたいけど……でも)
「……ちょっと、気になります」
「ははは、そうか」
伯爵は、楽しそうに笑った。
「急ぐ必要はない。まずは、ハンナのもとでしっかり学びなさい。ただし、困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくれ」
* * *
帰り道。革袋を抱えて歩く僕に、ハンナさんが言った。
「ケン、そのお金は、一度に使うんじゃないよ。急に羽振りがよくなると、目立つからね」
「はい。まず家の屋根を直して、リナに新しい服を買って、あとは……母さんに、ゆっくり休んでもらいたいです」
「……いい子だね」
ハンナさんは、目を細めた。
その夜、家に帰ると、僕は革袋をそっと母さんの前に置いた。
「母さん、これ、領主さまからのご褒美」
母さんは、袋の中身を見て、固まった。
「き、き、金貨……!?」
母さんは、椅子から落ちそうになった。
「大丈夫。ばあちゃんも、いいって言ってた。これで屋根を直して、リナにおいしいものを食べさせてあげて」
母さんは、涙をぽろぽろこぼしながら、僕をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ケン。ありがとう……」
その温かさに、胸の奥が、きゅっとなる。
窓の外には、今夜も、二つの青い月。
(七つの伝説の薬草、か……)
のんびり暮らす日々は、まだ始まったばかりだ。
でも、僕の目の前には、思っていたよりずっと広い世界が、ゆっくりと開き始めていた。
――第6話へ続く――




