第4話 領主さまの娘を、雑草のお茶で救いました
馬車に揺られること、半刻。
僕とハンナさんは、丘の上の大きな屋敷にたどり着いた。
「ケン、いいかい。お屋敷では、おまえさんは私の助手だ。余計なことは、言うんじゃないよ」
「はい、ばあちゃん」
「それから、月光草のことは、私の家に代々伝わる秘薬ということにしておく。いいね?」
僕は、こくりとうなずいた。
(ばあちゃん、僕を守ってくれてるんだ)
* * *
通された部屋は、広くて、ひんやりとしていた。
天蓋つきの大きなベッドに、小さな女の子が横たわっている。
金色の髪。真っ赤な顔。苦しそうな、浅い呼吸。
「娘のセシリアだ」
ベッドの横で、背の高い男の人が低い声で言った。領主のロルフ伯爵だという。目の下に、濃いくまができている。
「五日前から、熱が下がらない。王都の医者も、治癒魔法の使い手も、お手上げだった」
ハンナさんが、そっと少女の額に触れ、眉をひそめた。
「これは……魔力熱だね。体の中の魔力が暴れて、熱を出しているんだ。普通の解熱薬は効かない」
「では、どうすれば……」
「ひとつだけ、手がある」
ハンナさんが、僕を見て、小さくうなずいた。
* * *
屋敷の台所を借りて、僕は湯を沸かした。
鞄から、昨日摘んだ月光草を取り出す。
(……雑草鑑定)
【名称:月光草】
【使い方:魔力熱には、葉を五枚。ゆっくり煎じる】
(五枚……リナのときより多いんだ)
湯に葉を入れると、淡い光が鍋の中でふわりと広がった。甘くて爽やかな香りが、台所じゅうに満ちる。
「なんて、いい香り……」
通りかかったメイドさんが、うっとりと目を細めた。
* * *
「セシリア、これを飲んでごらん」
ハンナさんが、少女の体をそっと起こす。僕は木の杯を、小さな唇にあてた。
こくり。
一口飲んで、またひと口。
少女は、ゆっくりと、全部飲み干した。
……五分。十分。
部屋は、しんと静まり返っている。伯爵は、祈るように両手を組んでいた。
そして。
「……ん……」
少女の頬から、赤みが、すうっと引いていく。呼吸が、深く、穏やかになる。
ゆっくりと、青い瞳が開いた。
「……お父さま?」
「セシリア!」
伯爵は少女を抱きしめた。大きな肩が、小さく震えている。
「あのね、おいしいお茶を飲んだ夢を見たの。月みたいに、きらきら光ってた」
少女は、僕を見て、にっこりと笑った。
「あなたが、くれたの?」
「えっと……はい」
なんだか、照れくさい。
* * *
別室で、伯爵は深く頭を下げた。
「礼を言う。娘の命の恩人だ。褒美は明日、必ず用意しよう」
「と、とんでもないです」
「ところで、ハンナ」
伯爵の目が、すっと鋭くなった。
「あの薬草は、『月光草』ではないか? 百年前に絶えたと聞いていたが」
ハンナさんは、動じずに答えた。
「我が家に代々伝わる、秘薬でございます」
「……そうか」
伯爵は、それ以上、聞かなかった。ただ、静かに、僕を見つめていた。
その視線は、すべてを見透かしているようで、少しだけ怖かった。
帰りの馬車の中で、ハンナさんが小さくつぶやいた。
「あの伯爵は、きっと気づいているよ。……だが、悪い人じゃなさそうだ。しばらくは、様子を見よう」
僕は窓の外に目をやる。
夕焼けの空に、二つの青い月が、静かに浮かんでいた。
――第5話へ続く――




