第53話 聴聞会と、砂になるお茶
「では、聴聞会を、始めましょう」
オルセン卿の声は、澄んでいて、よく通った。
大広間の壁際には、貴族たちが、ずらりと並んでいる。壇の上の陛下は、玉座に座ったまま、膝の上で、静かに両手を組んでいた。口は、固く閉ざされている。
僕は、大広間の中央に、ひとりで立たされていた。
胸元の青い石と、氷の結晶と、巻き貝が、かすかに、あたたかい。
(落ち着いて。いつもどおり、見て、聞いて、お茶を淹れる)
僕は、心の中で、そっと、唱えた。
「ケン殿。あなたには、三つの嫌疑が、かけられています」
オルセン卿は、穏やかな笑顔のまま、指を、一本立てた。
「ひとつ。陛下に、毒を盛った疑い」
ざわり、と、貴族たちが、揺れた。
「ふたつ。王国が、指名手配している、犯罪者、ヴォルフ・グレイ、ガルヴィン・ノーラン、ゼノ・ヴァルガの、三名を、かくまった疑い」
「……!」
「みっつ。国の宝である、伝説の薬草を、不法に、私有している疑い」
三本目の指が、立った瞬間、七人の取締役たちの、目が、いっせいに、僕の胸元と、鞄に、集まった。
(やっぱり、そこが、狙いなんだ)
僕は、深く、息を吸った。
「ひとつずつ、お答えしても、いいですか」
「どうぞ」
「陛下に、毒を、盛ったのは、僕では、ありません。陛下ご自身が、三日前から、目を覚ましていて、僕のお茶を、ご自分の手で、飲まれました。ここにいる、多くの方が、その場に、いらっしゃったはずです」
壁際の貴族たちの中から、小さな、うなずきが、いくつか、返ってきた。
「ふたつ目。ヴォルフさんと、ガルヴィンさんは、陛下の、裁きを、受け入れています。ガルヴィンさんは、すでに、陛下から、刑を、言い渡されました。ゼノさんは、自分から、真珠を、僕に、託して、いまは、病の治療中です。逃げも隠れも、していません」
「ほう。それは、あなたの、主張ですね」
「事実です」
「では、みっつ目は?」
オルセン卿の目が、僕の鞄に、向いた。
「その鞄には、月光草、星影草、朝露草、氷涙草、そして、潮泡草の、五つが、入っていますね」
「…………」
「国王陛下の、命を、救うほどの、力を、持つ薬草を、一介の、薬師見習いが、持ち歩くのは、危険です。国が、責任をもって、保管いたしましょう」
「それは、お断りします」
僕は、はっきり、言った。
「この草は、誰か一人のものでは、ありません。ルナリア家の誓いと、同じです。七つが、そろうまで、特定の誰かが、独占してはいけない」
「ルナリア家の、誓い、ですか」
オルセン卿は、くすりと、笑った。
「ずいぶん、古い、おとぎ話を、お信じなのですね」
「おとぎ話じゃ、ありません。エレナさんが、命をかけて、守った約束です」
大広間が、しんと、静まった。
オルセン卿の笑顔が、ほんの少しだけ、揺らいだ。
けれど、すぐに、元の、穏やかな顔に、戻った。
「……なるほど。では、お茶を、いただきましょうか」
「え?」
「噂の、『月光の薬師』の、お茶です。ぜひ、私も、味わってみたい」
オルセン卿は、手を、軽く叩いた。
トマスさんが、盆を、持って、緊張した顔で、進み出た。盆の上には、白い、陶器の杯が、ひとつ。
「ケン殿、お湯です」
「ありがとうございます、トマスさん」
小声で、そう言うと、トマスさんの肩が、ほんの少し、緩んだ。
僕は、鞄から、月光草の葉と、黄花草を、取り出した。お湯を、杯に注ぎ、葉を、浮かべる。
淡い金色の光が、ふわりと、広がった。
大広間に、あまくて、さわやかな、香りが、満ちていく。
壁際の貴族たちから、ため息が、漏れた。
「どうぞ」
僕は、杯を、オルセン卿に、差し出した。
オルセン卿は、微笑んだまま、杯を、受け取った。
ゆっくりと、口に、運ぶ。
こくり。
こくり。
飲み干して、杯を、静かに、置いた。
「……」
「どうですか?」
「……何の、味も、しませんね」
「え」
オルセン卿は、穏やかに、続けた。
「私は、味覚が、ないのです。生まれつき」
「…………」
「ですから、ケン殿の、お茶が、どれほど、素晴らしいものか、私には、わかりません」
そう言って、オルセン卿は、右手の、金の指輪を、ゆっくりと、撫でた。
その瞬間、置かれた杯の中で、わずかに残っていた、お茶が、さらさらと、乾いた音を、立てた。
お茶が、細かい、砂に、変わっていた。
「…………!」
「失礼。癖のようなもので」
オルセン卿の声が、一瞬だけ、二重に、聞こえた。
穏やかな、青年の声と、その奥に重なる、もっと、低くて、古い、乾いた声。
背筋が、ぞくり、とした。
(この人の中に、誰か、いる)
「さて、ケン殿」
オルセン卿は、にっこりと、笑った。
「お茶の、お礼に、ひとつ、取引を、しましょう」
「取引……?」
「五つの草を、私に、渡してください。そうすれば、あなたの、嫌疑は、すべて、取り下げます。ご家族も、お仲間も、お咎めなし」
「…………」
「さらに、陛下の、病も、完全に、治して、差し上げます」
陛下の肩が、びくりと、動いた。
「それは、どういう」
「簡単です。私の、持つ、『砂星草』の、力を、使えば、あらゆる病が、治ります。星蝕病でさえも」
貴族たちが、ざわめいた。
星蝕病。ゼノさんと、ガルヴィンさんが、抱えている、あの病。
(……ほんとうに、治せるの?)
一瞬、心が、揺らいだ。
けれど、僕は、ゆっくりと、首を、振った。
「お断りします」
「……ほう」
「あなたの、笑顔は、何も、隠していないと、聞きました。でも、僕には、わかります」
僕は、まっすぐ、オルセン卿の、目を、見た。
「あなたは、味が、わからないんじゃない。何も、感じないように、されているんです」
オルセン卿の、微笑みが、ぴしり、と、止まった。
「僕は、ずっと、人の、悲しみを、お茶で、ほどいてきました。悲しい人は、泣きます。怒る人は、叫びます。……でも、あなたは、何も、出さない」
「…………」
「それは、とても、苦しいことだと、思います」
大広間に、息をのむ、音が、いくつも、響いた。
オルセン卿は、しばらく、無表情のまま、僕を、見つめていた。
やがて、くっくっと、低く、笑い出した。
「……面白い。実に、面白い、子どもだ」
声が、完全に、二重になっていた。
「やはり、おまえが、そうか。月光の、継承者」
「えっ」
オルセン卿の足もとの、床の、大理石が、じわじわと、砂に、変わり始めた。
「ならば、力ずくで、いただくまでだ」
七人の取締役が、いっせいに、立ち上がった。
近衛兵たちが、剣の柄に、手をかける。
トマスさんが、僕の前に、飛び出した。
「ケン殿、下がってください!」
「トマスさん!」
「自分、見張りですから!」
震える声で、トマスさんは、剣を、抜いた。
そのときだった。
どおん!
大広間の、巨大な扉が、外から、押し開けられた。
朝日が、まっすぐ、差し込んでくる。
その光の中に、いくつもの、人影が、立っていた。
先頭には、白髪の、老人。ヴォルフさん。
その隣に、灰色の上着の、背の高い、男の人。ガルヴィンさん。
そのうしろに、赤茶色の髪を、きりりと結んだ、制服姿の、少女。
「そこまでよ!」
ミレイの声が、大広間に、響きわたった。
金髪の、少年。短剣を握った、船長。鎧の、ずれた、騎士。
みんなが、そこに、立っていた。
そして、その、いちばん後ろから、杖を突いた、ひとりの老人が、ゆっくりと、歩み出た。
痩せ細った体。けれど、まっすぐな、背筋。
胸には、黒い、渦巻きの紋章。
ゼノさんだった。
「待たせたな、少年」
ゼノさんは、疲れた顔で、にやりと笑った。
「どうやら、俺にも、まだ、役目が、残っていたらしい」
オルセン卿の目が、すっと、細くなった。
ケンの言葉は、オルセンに届いたと思いますか? ご感想を、教えてもらえるとうれしいです。
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――第54話へ続く――




