第41話 ラベルの学院と、雑草鑑定の入学試験
ミドリ村を出て、馬車に揺られること、一日半。
町の入り口が見えてきたとき、僕は、窓から身を乗り出した。
「ここが、ラベルの町……」
石畳の大通り。ずらりと並んだ露店。そして、その奥の丘の上に、赤い屋根の、大きな建物が見える。
「あれが、ラベル薬師学院よ」
隣で、ミレイが、胸を張った。
「建物の裏に、薬草園があって、その下に、古い書庫があるの。……入ったことは、ないけど」
「ミレイでも、入れないんだ」
「当たり前でしょ。五十年間、誰も開けられないんだから」
馬車が、学院の門の前で止まった。
門の両側には、白い外套の生徒たちが、ぞろぞろと、行き交っている。
「あ、ミレイだ!」
「ミレイ、夏休みは、どうだった?」
「その子、誰? 新入生?」
生徒たちが、ミレイのまわりに集まってきた。ミレイは、少し照れて、そっぽを向いた。
「べ、別に、何でもないわよ。ただの、知り合い」
「ただの知り合いに、荷物を持たせてるの?」
「荷物くらい、自分で持つわよ! ケン、返しなさい!」
「はい、どうぞ」
僕が、ミレイの鞄を渡すと、まわりの生徒たちが、くすくすと笑った。
* * *
入学試験は、翌朝だった。
学院の大広間には、僕と同じくらいの歳の子どもたちが、二十人ほど、緊張した顔で並んでいた。
「受験番号十七番、ケン」
試験官の先生が、名前を読み上げた。
白髪をきれいに結った、背の高いおばあさんだ。眼鏡の奥の目が、鋭い。
「はい」
「あなたが、『月光の薬師』ですか」
ざわっと、広間が揺れた。
「陛下の推薦状は、拝見しました。ですが、学院の入学試験は、誰にでも、同じです。特別扱いは、いたしません」
「はい。お願いします」
「では、第一問」
先生が、机の上に、十種類の薬草を、ずらりと並べた。
「この中から、毒草を、見つけなさい。制限時間は、三分」
僕は、ごくりと唾をのんだ。
(……雑草鑑定)
僕は、心の中で、唱えかけて、ふと、手を止めた。
ミレイの言葉が、頭をよぎる。
(スキルだけに、頼らないこと)
僕は、スキルを使う前に、まず、自分の目で、草を見た。
葉の形。裏の産毛。茎の色。匂い。
ミレイのノートに書いてあった、特徴を、ひとつずつ、思い出していく。
「……この、三番と、七番が、怪しいです」
「理由は?」
「三番は、葉の裏に、赤い斑点があります。七番は、茎に、白い粉がついていて、匂いが、少し、甘すぎます」
「では、答えは?」
「三番と、七番です」
先生は、じっと、僕を見つめた。
「……正解です。ですが、あなたの『スキル』を使えば、もっと速く、答えられたのでは?」
「はい。でも、スキルが使えない場所で、誰かを助けなきゃいけないことも、あると思うので」
先生の眉が、ほんの少し、動いた。
「……なるほど」
その横で、ひとりの男の子が、露骨に、鼻で笑った。
「ふん。いい子ぶって」
振り向くと、金色の髪の、きれいな顔立ちの少年が、腕を組んでいた。上等な服。胸には、金の紋章。
「雑草鑑定なんて、ただの農家のスキルだろ。陛下の推薦なんて、どうせ、まぐれだ」
「リヒト・アルディス。静かに」
先生が、ぴしゃりと言った。
少年は、ふん、と顔をそむけた。
(……いかにも、っていう、ライバルだなあ)
僕は、苦笑いしそうになるのを、こらえた。
* * *
第二問は、実技だった。
「与えられた材料で、疲労回復の飲み物を、作りなさい。制限時間は、三十分」
僕の机の上には、爽やか草、元気草の実、夏空の花、はちみつ、そして、小さな鍋。
(これなら、得意だ)
僕は、夏風茶の、作り方を思い出した。夏空の花は、熱に弱い。煮ずに、水出しにする。
でも、三十分では、水出しが、間に合わない。
(どうしよう)
そのとき、ふと、思いついた。
僕は、氷の結晶のペンダントを、そっと握った。ユキがくれた、雪の民の、巫女見習いの証。
(ユキ、少しだけ、力を貸してね)
ペンダントに、そっと、魔力を流す。
すると、鍋の水が、ぴきぴきと、小さく凍りはじめた。
「えっ」
隣の席の子が、目を丸くした。
僕は、凍りかけた水に、夏空の花を、そっと沈めた。冷たい水のなかで、花が、ゆっくりと、香りを開いていく。
その間に、爽やか草と元気草の実を、別の小鍋で、さっと煮出して、はちみつを溶かす。
三十分が、過ぎる直前。
冷たい花の水と、あたたかい草の煮汁を、混ぜ合わせた。
淡い青色の、きらきら光る飲み物が、杯の中で、ゆらゆらと揺れる。
「できました」
先生が、杯を取って、ひとくち飲んだ。
しばらく、何も、言わなかった。
やがて、静かに、杯を置いた。
「……この飲み物の、名前は」
「夏風茶、です。今日は、少しだけ、氷を使いました」
「氷? どうやって」
「友達に、お守りを、もらって」
僕が、氷のペンダントを見せると、先生の目が、すっと細くなった。
「それは……雪の民の、巫女の証ですね」
「はい」
「……なるほど」
先生は、静かに、立ち上がった。
「合格です」
広間が、どよめいた。
「ご、合格!?」
「あんな変な、作り方で!?」
「静かに」
先生は、広間を見回した。
「発想が、柔軟で、技術が、確か。そして何より、飲む人のことを、考えて作っている。それが、薬師に、いちばん大切なものです」
リヒトが、悔しそうに、唇を噛んでいた。
「ケン殿。あなたの入学を、許可します。冬の学期から、第一学年に、編入です」
「ありがとうございます!」
僕は、深く、頭を下げた。
* * *
試験が終わったあと、僕は、広間の外で、ミレイに飛びつかれた。
「ケン! 合格、おめでとう! やったじゃない!」
「ありがとう。ミレイのノートのおかげだよ」
「そ、そんなの、当たり前でしょ!」
ミレイは、顔を真っ赤にして、ぷいっと横を向いた。それから、ちらちらと、僕を見て、小声で言った。
「……これで、また、一緒の学院ね」
「うん」
「よ、よかったわね」
「うん。ありがとう」
ミレイの耳が、さらに赤くなった。
そのとき、背後から、声が、かけられた。
「ケン殿」
振り向くと、試験官の先生が、静かに立っていた。
「少し、お時間を、いただけますか。……お話ししたいことが、あります」
「はい」
ミレイが、不安そうに、僕を見た。
「私も、行く」
「いえ、ミレイ嬢は、ここで、待っていてください」
先生は、やわらかく、でも、はっきりと言った。
「ケン殿、おひとりで。お願いします」
僕は、ミレイと、顔を見合わせた。
ミレイが、しぶしぶ、うなずく。
「……わかったわ。ここで、待ってる」
僕は、先生のあとについて、学院の廊下を歩いた。
長い廊下を抜けて、階段を降りて、さらに、降りて。
やがて、石造りの、薄暗い通路に、出た。
壁には、古い松明が、ぽつぽつと灯っている。空気が、ひんやりと冷たい。
「ここは……」
「学院の、地下です」
先生は、ゆっくりと、歩を進めた。
「申し遅れました。私は、マルグリット・ソーン。この学院の、学院長です」
「えっ、学院長先生が、試験官を?」
「あなたが、来るとわかっていたので」
先生は、足を止めた。
通路の突き当たりに、巨大な、黒い扉が、そびえていた。
高さは、僕の背の三倍ほど。表面には、波のような、青い文様が、彫り込まれている。
「これが、書庫の扉です。五十年前、最後に閉じてから、どんな鍵も、どんな魔法も、受けつけませんでした」
「五十年……」
「ところが」
学院長は、扉に、そっと手を当てた。
「昨日の夕方。あなたが、学院の門をくぐった、ちょうどその瞬間。この扉が、五十年ぶりに、鳴ったのです」
「鳴った?」
「ええ。まるで、波の音のように」
学院長が、扉から、手を離す。
すると、扉の青い文様が、ぼうっと、淡く光りはじめた。
そして、遠くから、聞こえてきた。
ざざあ……ざざあ……
波の音。
海のない町の、地下の底から。
僕の胸の奥で、何かが、共鳴するように、ふるえた。
首から下げた、青い石と、氷の結晶が、かすかに、光る。
学院長が、静かに、僕を見つめた。
「ケン殿。この扉は、あなたを、待っていたのかもしれません」
波の音が、さらに、近くなった。
僕は、ごくりと、唾をのんだ。
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――第42話へ続く――




