↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/75

第15話 月夜の訪問者と、毒の名前

夏祭りまで、あと七日。

村は、朝から晩まで慌ただしかった。広場には木の櫓が組まれ、家々の軒先には、色とりどりの提灯が吊るされていく。

「ケン坊! 夏風茶を、二百杯分だとよ!」

「に、二百杯!?」

ゴードンじいさんの声に、僕は思わず壺を落としそうになった。

「村じゅうの子どもたちが、楽しみにしてるんだ。頼んだぞ!」

「ミレイ、どうしよう……」

「どうしようじゃないでしょ! 作るのよ!」

ミレイは腕まくりをして、爽やか草の束を、どさっと僕の前に積み上げた。

* * *

そんな忙しい午後のこと。

薬屋の前に、見覚えのある馬車が止まった。

「おにいちゃん!」

扉が開くなり、金色の髪の女の子が、ぽーんと飛び降りて、僕に抱きついてきた。

「セシリア様!?」

「おにいちゃんの、おまつり、みたいの! おとうさまに、おねがいしたの!」

後ろから、伯爵さまが苦笑いしながら降りてくる。そのさらに後ろには、銀縁眼鏡のセドリックさんの姿もあった。

「すまないな、ケン。どうしても、聞かなくてね」

「いえ、大丈夫です。ようこそ」

セシリア様は、僕の手を引っぱって、きょろきょろと薬屋の中を見回した。

その横で、ミレイが腕を組んで、じーっとセシリア様を見ていた。

「……ふうん。あんたが、例のお嬢さまね」

「あなたは、だあれ?」

「ミレイ。ケンの先生よ」

セシリア様は、こてんと首をかしげて、それから、ぷくっと頬をふくらませた。

「おにいちゃんは、わたしの、おにいちゃんなの!」

「違うわ! ケンは私の弟子で……って、とにかく、私のものよ!」

「ちがうもん!」

「ちがわないわ!」

「ふ、二人とも、落ち着いて……」

僕が間に入ると、二人から同時に、ぎろりと睨まれた。

「ケンは、黙ってて!」

(なんで、こうなるんだ……)

伯爵さまとセドリックさんは、少し離れたところで、笑いをこらえているようだった。

* * *

その場を収めたのは、夏風茶だった。

氷を浮かべた小さな杯を、二人に手渡す。

セシリア様は、ひとくち飲んで、ぱあっと目を輝かせた。

「あまくて、つめたい! おいしい!」

ミレイも、むすっとした顔のまま、つぶやく。

「……まあ、私が水出しを一緒に考えたんだから、当然よ」

「ミレイおねえちゃんも、すごい!」

「お、おねえちゃんって……」

ミレイの顔が、一瞬で真っ赤になった。気がつけば、二人は並んで、おかわりを飲んでいた。

その様子を、セドリックさんが、少し離れたところから、静かに見つめていた。

彼は、夏風茶の杯を手に取り、ゆっくりと口に運んで、ふと、動きを止めた。

「セドリックさん?」

「……いえ。失礼。少し、昔のことを思い出しまして」

眼鏡の奥の目が、遠くを見ていた。

「陛下も、お小さい頃、夏になると、似たような冷たいお茶をお好みになっておられたとか。……もう、ずいぶん前のことですが」

その声は、寂しげだった。

* * *

その夜。

セシリア様は、領主さまと一緒に、近くの宿に泊まることになった。僕は、薬屋の裏庭で、ミレイと二人きりになった。

「ケン、あの種、植えるんでしょ?」

「うん。明日から忙しくなるし、今のうちに」

懐から、布にくるんだ種を取り出す。星の母からもらった、小さな、小さな種だ。

月光草の畑のすぐ隣の土を、そっと掘る。種を置いて、やさしく土をかぶせ、月光草のお茶を、少しだけ注いだ。

「……何も、起きないわね」

「うん」

そのときだった。

ぽう、と、土の中から、淡い金色の光が浮かび上がった。

「わっ!」

光はあっという間に強くなり、小さな緑の芽が、にょきりと顔を出した。みるみる伸びて、紫がかった二枚の葉を、ひらく。

「は、早すぎない!?」

(……雑草鑑定)

【名称:星影草(若芽)】

【状態:発芽。星の母の加護を受けている】

【備考:この若芽は「呼び声」を発する。同族と、森の使いを引き寄せる】

「呼び声……?」

その瞬間、裏庭の柵の向こうで、がさり、と音がした。

「……誰?」

ミレイが、僕の前に立つ。

闇の中から、ゆっくりと、黒い外套の従者が姿を現した。

従者は何も言わず、静かに、フードに手をかけた。

はらり、とフードが落ちる。

月明かりの下に現れたのは、銀色の長い髪。金色の瞳。そして、頭の上にぴんと立った、二つの三角の耳。

「き、つね……?」

ミレイが、息をのむ。

その青年は、僕の前で、ゆっくりと膝をついた。

「驚かせて、すまない。……我が名は、銀牙(ぎんが)。ギンの兄だ」

「ギンの、お兄さん……!?」

「弟を救ってくれたこと、礼を言う。そして、星の母の種を守ってくれたことも。我は、森の主の命で、おまえを見守っていた。あの眼鏡の男に、仕えるふりをして」

銀牙さんは、顔を上げた。その瞳は、ひどく真剣だった。

「そして、今夜、おまえに伝えなければならないことがある」

そのとき、柵の向こうから、もうひとつの足音が近づいてきた。

「……そこまで、でございます」

月明かりの下に、銀縁眼鏡の細身の男性が、姿を現した。

セドリックさんだった。

僕は体をこわばらせた。でも、セドリックさんは、いつもの笑顔を浮かべていなかった。眼鏡を外して、疲れ切った目で、僕を見つめている。

「ケン殿。……すべて、お話しします。私が、ここに来た本当の理由を」

セドリックさんは、静かに唇を開いた。

「陛下の病は、病ではありません」

風が、止まった。

「毒です。それも、この国にたった一人しか作れない、とある毒」

彼は、深く息を吸った。

「その毒を作った人物は、私の師であり、王宮薬師院の前の院長。……今は、『黒衣の収集家』と呼ばれている男です」

頭の中で、何かが、がちりと音を立ててはまった。

七つの草を集めている誰か。黒いローブの依頼主。

「そして、その毒の唯一の解毒薬を作るには」

セドリックさんは、まっすぐ、僕の足もとの若芽を指さした。

「星影草が、必要なのです」

月明かりの下で、星影草の若芽が、静かに、金色に輝いていた。

――第16話へ続く――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。