第14話 金色の目の従者と、夏祭りのお知らせ
翌朝、僕は目の下にうっすらくまをつくったまま、薬屋の台所に降りた。
「ケン、顔色が悪いよ。眠れなかったのかい?」
ハンナさんが、お茶を淹れながら、僕の顔をのぞき込む。
ミレイも、パンをかじりながら、じろりと僕を見た。
「……まさか、あの眼鏡に、何かされたの?」
「ううん、違うんだ」
僕は、迷った。
昨夜の従者は、僕に向かって、「しー」と唇を動かした。黙っていろ、という意味かもしれない。
でも、隠しごとをするのは、もっと怖い気がした。
「あの……話しても、いいですか。昨日の夜のこと」
僕は、見たままを、ゆっくりと話した。
月光草の畑に立っていた従者のこと。スキルが読めなかったこと。金色の瞳。そして、唇に当てた指。
話し終えると、ハンナさんは、しばらく黙って、湯のみを見つめていた。
「……金色の瞳、かい」
「ばあちゃん、何か、心当たりがあるんですか?」
「昔、聞いたことがあるんだよ」
ハンナさんは、ゆっくりと顔を上げた。
「魔の森には、人の姿をとって、人の世を見て回る者たちがいる、とね。『森の使い』と呼ばれていた。瞳が金色なのが、目印だそうだ」
「森の、使い……」
ミレイが、パンを握りしめたまま、固まった。
「じゃあ、あの従者は、人間じゃないの?」
「確かなことは、わからないよ。でも、あの白鹿さまが、ケンに『この森の者は、おまえを襲わぬ』と言ったね? もし、森の使いなら、おまえさんを見張っているのかもしれない。あるいは……」
「あるいは?」
「守っているのかもしれない」
僕は、はっとした。
そういえば、あの従者は、僕に何もしなかった。ただ、「静かに」と合図しただけだ。
「でも、なんで、あの眼鏡の従者をやってるのよ?」
「それが、いちばん厄介な謎だね」
ハンナさんは、苦笑した。
「セドリック殿が、そのことを知っているのか、いないのか。知っていて連れているのか、知らずに雇っているのか。それがわかるまでは、軽々しく動けない」
「……じゃあ、どうしますか?」
「普段どおりにすること。そして、よく見ること。急ぐと、見えなくなるものも、あるからね」
僕は、こくりとうなずいた。
* * *
その日の午後、村は、にぎやかな空気に包まれていた。
「ケン坊! 聞いたか? 十日後に、夏祭りだぞ!」
ゴードンじいさんが、元気いっぱいの足取りで、薬屋に駆け込んできた。腰は、すっかり治ったらしい。
「夏祭り、ですか?」
「そうさ! 毎年、収穫の前に、村じゅうで集まって、料理や踊りで盛り上がるんだ。今年は、ちょうど、あんたの妹さんも、領主さまの娘さんも治って、めでてえことが続いたからな。ひときわ盛大にやるそうだ」
「すごい……」
「おまえさんにも、何か出してもらうぞ。薬屋の弟子だろ? なんか、こう、みんなが元気になるやつを!」
「え、ええっ!?」
ミレイが、横から、にやりと笑った。
「いいじゃない。ケンの『初めてのオリジナル』を、作ってみなさいよ」
「オリジナルって……」
「あんた、いつまでも、おばあちゃんの調合を真似してるだけじゃ、つまらないでしょ。自分で考えて、自分で作るの」
「でも、僕、そんな……」
「あんたなら、できるわよ」
ミレイは、そっぽを向いたまま、小さな声で言った。
「……私が、教えるんだから」
僕は、思わず、笑ってしまった。
「うん。お願いします、ミレイ先生」
「だ、だから、先生はやめなさいって!」
* * *
その夜から、僕とミレイの「オリジナル作り」が始まった。
テーマは、「夏の暑さで疲れた体を、そっと元気にする飲み物」。
「月光草は、強すぎるから、お祭りには出せないわ。万能薬を、みんなに配るわけにはいかないし」
「そうだね。目立ちすぎるし」
「だから、普通の薬草で、工夫するの。たとえば……」
ミレイが、棚から、いくつかの草を並べた。
「爽やか草。ほんのり甘い、お茶に向いた葉。それに、元気草の実。疲れをとる、定番の材料。そこに、これ」
ミレイが、小さな青い花を、つまみ上げる。
「夏空の花。香りがいいの。ただ、単体だと、すぐに苦くなるのよね」
「……雑草鑑定」
僕は、花を鑑定した。
【名称:夏空の花】
【効能:清涼感を与える。熱に弱く、煮出すと苦くなる】
【おすすめ:水出しで、冷たいまま使うと、本来の甘い香りが出る】
「ミレイ、これ、水出しにしてみよう。煮ないで、冷たい水にひと晩つけておくんだって」
「水出し……! その発想は、なかったわ」
ミレイが、目を丸くした。
「学院では、煮出すのが基本だったの。でも、確かに、熱に弱いなら……」
「やってみよう」
僕たちは、爽やか草と元気草の実と夏空の花を、冷たい水に漬けて、井戸の脇の涼しい場所に置いた。
あとは、ひと晩、待つだけだ。
「うまく、いくかな」
「いくわよ。あんたの鑑定と、私の知識が、合わさるんだから」
ミレイは、胸を張った。
そして、ふと、小さな声で付け足した。
「……あんたが来てくれて、よかったわ」
「え?」
「な、何でもないっ! 寝るわよ!」
ミレイは、ぷいっと二階へ駆け上がっていった。
僕は、ぽかんとしたまま、しばらく、その背中を見送った。
* * *
翌朝。
井戸の脇に置いた壺のふたを、そっと開けた。
ふわり、と、甘くて爽やかな香りが、立ちのぼる。
小さな匙で、ひとくち、すくって飲んでみる。
「……っ!」
冷たくて、ほんのり甘くて、あとから、すうっと、清々しい風が、胸の中を通り抜けていくようだった。
「ミレイ! ミレイ、起きて! 成功したよ!」
「うるさいわね、朝から……って、ええっ!?」
ミレイも、ひとくち飲んで、目を見開いた。
「……おいしい。すごく、おいしい」
「名前、どうしようか」
「そうね……『夏風茶』は、どう?」
「いいね。夏風茶」
ふたりで、にっこりと笑い合った、そのとき。
ミレイが、ふと、壺のふたを見て、声をあげた。
「ケン。これ、何?」
壺のふたの上に、一枚の、小さな金色の葉っぱが、のっていた。
昨夜は、なかったはずだ。
僕は、そっと、その葉を手にとった。
葉の表面に、細い文字が、浮かび上がっている。
『星の母の種を、守れ。夏祭りの夜に、気をつけよ』
ミレイが、息をのんだ。
「これって……」
「……森の使いからの、知らせだと思う」
僕は、葉をぎゅっと握りしめた。
金色の目の従者は、敵か、味方か。
まだ、わからない。
けれど、ひとつだけ、はっきりしたことがあった。
(夏祭りの夜に、何かが起こる)
井戸の水面に、朝日が、きらきらと反射していた。
僕たちの、にぎやかで、少しだけ不穏な十日間は、まだ、始まったばかりだった。
――第15話へ続く――




