↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/65

第12話 王都からの使者と、やさしい「お願い」

王都からの使者は、三日後の朝に到着した。

領主さまの屋敷の門前に、白と金の飾りをつけた立派な馬車が止まる。村の人たちは、道の両脇に並んで、ひそひそと囁き合っていた。

「王都の馬車だぞ……」

「ケンのやつ、何をやらかしたんだ?」

「いや、領主さまの娘さんを助けたんだって」

僕は、ハンナさんとミレイに付き添われて、屋敷の応接間に呼ばれた。足が、ずっとふるえている。

「ケン、落ち着きなさい。おまえさんは、何も悪いことはしていないんだ」

「はい、ばあちゃん」

「それと、今日は、余計なことは喋らないこと。いいね?」

「はい……」

後ろから、ミレイが、小声でささやいた。

「大丈夫よ。何かあったら、私が、ガツンと言ってあげるから」

「ミレイ、それはやめて」

* * *

応接間の扉が開くと、そこには、三人の男が待っていた。

ひとりは、伯爵さま。

もうひとりは、銀縁の眼鏡をかけた、細身の男の人。年は、三十歳くらいだろうか。灰色の礼服を、きっちりと着こなしている。

そして、そのうしろに、黒い外套をまとった無口な従者が、影のように立っていた。

「お初にお目にかかります。王宮薬師院の副院長、セドリック・ヴァイスと申します」

眼鏡の男は、にっこりと微笑んで、深々と頭を下げた。

「あなたが、ケン殿ですね。お噂は、かねがね」

「は、はい。ケンです」

僕は、ぎこちなく、お辞儀を返した。

悪い人には、見えなかった。物腰はやわらかいし、声も、穏やかだ。

でも、不思議と、その笑顔が、どこか張りついているように見えた。

「まずは、お礼を申し上げます。領主さまのお嬢さまを救い、さらに、薬草泥棒の一味を捕らえられたとか。たった十二歳で、素晴らしい」

「いえ、僕ひとりの力では……」

「ご謙遜を」

セドリックさんは、手を組んで、ゆっくりと言った。

「今日は、お願いがあって参りました」

「お願い、ですか?」

「はい。あなたに、王宮の薬師院へ、来ていただきたいのです」

* * *

僕は、一瞬、言葉の意味が、わからなかった。

「王宮……の、薬師院?」

「ええ。もちろん、見習いとしてですが、最高の待遇でお迎えします。衣食住は、すべて王宮が負担。給金は、いまの十倍。ご家族にも、王都近郊に、立派な屋敷をご用意いたします」

「じゅ、十倍……?」

ミレイが、小さく息をのんだ。

セドリックさんは、にこやかに続けた。

「それに、あなたのご家族にも、手厚い補償を。お母さまにも、妹さんにも、もう苦労はさせません」

(うちの、家族に……)

それは、確かに、魅力的な話だった。母さんが、もう、朝から晩まで働かなくてもいい。リナが、毎日、おなかいっぱい、ごはんを食べられる。

けれど。

僕の頭の中には、前世の、あの夜のオフィスが、ちらりと浮かんだ。

「……ありがたいお話ですが」

僕は、ゆっくりと口を開いた。

「少し、考えさせてもらえませんか」

セドリックさんの眉が、ほんの少しだけ、動いた。

「もちろんです。ですが、ひとつ、お伝えしなければならないことがありまして」

セドリックさんは、声を、さらに低くした。

「陛下が、病に伏せられているのです」

* * *

応接間が、しんと静まり返った。

「国王陛下が……?」

伯爵さまが、驚いたように声をあげる。

「半年前から、原因不明の高熱が続いております。王宮の医師たちも、手を尽くしましたが、どの薬も、効かない」

セドリックさんは、静かに、僕を見つめた。

「領主さまのお嬢さまを救ったのは、『あらゆる病を癒す、幻の薬草』だと聞きました。……ケン殿。陛下を、救っていただけないでしょうか」

僕は、言葉を失った。

(国王陛下の、病気……)

もし、本当に病気なら、助けたい。それは、嘘じゃない。

でも、同時に、胸の奥で、小さな警鐘が鳴っていた。

(これは、「お願い」の形をした、命令だ)

断れば、きっと、こう言われる。

「陛下の命より、おまえの自由が大事なのか」と。

ハンナさんが、口を開こうとした。けれど、その前に、伯爵さまが、静かに手をあげた。

「セドリック殿。ケンは、まだ十二歳の子どもだ。いきなり、王都へ連れて行くのは、酷だろう」

「もちろん、無理強いは致しません。ですが、陛下の容体は、猶予がないのです」

「では、こうしよう」

伯爵さまは、僕のほうを向いた。

「ケン。まずは、薬だけを、王都へ届けるというのは、どうだ? おまえさんが行かずとも、薬があれば、陛下を診てもらえる」

「それは……」

セドリックさんの目が、すっと細くなった。

「恐れながら、伯爵さま。薬だけでは、不十分です。あの薬草を扱えるのは、ケン殿ただ一人。それは、ご存知のはずでは?」

「……」

「使い方を誤れば、かえって毒になる。ケン殿ご本人にいらしていただくのが、最も安全かと」

(……やっぱり、僕を連れて行きたいんだ)

そのとき、部屋の隅から、小さな足音が聞こえた。

「だめーっ!」

扉が、ばたんと開いた。

金色の髪をなびかせて、セシリア様が、部屋に飛び込んできたのだ。

「おにいちゃんは、いっちゃだめ!」

「セシリア!?」

伯爵さまが、慌てて駆け寄る。

セシリア様は、僕の腕にぎゅっとしがみついた。

「おにいちゃんは、わたしを、たすけてくれたの! どこにも、いかないで!」

セドリックさんは、一瞬、目を丸くした。そして、ふっと、困ったように笑った。

「……これは、参りましたね」

* * *

結局、その日は、結論が出なかった。

「では、こういたしましょう」

セドリックさんは、席を立った。

「十日間、猶予を差し上げます。私は、近くの宿に滞在いたしますので、ご返事は、それまでに」

「十日……」

「それまでの間、村を見学させていただいても、よろしいでしょうか。ケン殿のお人柄を、もう少し、知りたいのです」

伯爵さまが、ちらりと僕を見た。僕は、ためらいがちに、うなずいた。

「……わかりました」

「感謝いたします」

セドリックさんは、深く頭を下げた。

その、去りぎわ。

後ろに控えていた黒い外套の従者が、ほんの一瞬だけ、僕の鞄のほうを見た。

そこには、星の母からもらった、あの小さな種が、布にくるんで、しまってあった。

(……?)

気のせい、だろうか。

従者のフードの奥の目が、かすかに、金色に光った気がした。

「ケン?」

ミレイが、心配そうに、僕の袖を引く。

「……何でもない」

そう答えたけれど、胸のざわつきは、消えなかった。

屋敷を出ると、夕暮れの空に、二つの青い月が、静かに浮かんでいた。

十日間。

僕の「のんびり」は、いったい、どうなってしまうんだろう。

――第13話へ続く――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。