第12話 王都からの使者と、やさしい「お願い」
王都からの使者は、三日後の朝に到着した。
領主さまの屋敷の門前に、白と金の飾りをつけた立派な馬車が止まる。村の人たちは、道の両脇に並んで、ひそひそと囁き合っていた。
「王都の馬車だぞ……」
「ケンのやつ、何をやらかしたんだ?」
「いや、領主さまの娘さんを助けたんだって」
僕は、ハンナさんとミレイに付き添われて、屋敷の応接間に呼ばれた。足が、ずっとふるえている。
「ケン、落ち着きなさい。おまえさんは、何も悪いことはしていないんだ」
「はい、ばあちゃん」
「それと、今日は、余計なことは喋らないこと。いいね?」
「はい……」
後ろから、ミレイが、小声でささやいた。
「大丈夫よ。何かあったら、私が、ガツンと言ってあげるから」
「ミレイ、それはやめて」
* * *
応接間の扉が開くと、そこには、三人の男が待っていた。
ひとりは、伯爵さま。
もうひとりは、銀縁の眼鏡をかけた、細身の男の人。年は、三十歳くらいだろうか。灰色の礼服を、きっちりと着こなしている。
そして、そのうしろに、黒い外套をまとった無口な従者が、影のように立っていた。
「お初にお目にかかります。王宮薬師院の副院長、セドリック・ヴァイスと申します」
眼鏡の男は、にっこりと微笑んで、深々と頭を下げた。
「あなたが、ケン殿ですね。お噂は、かねがね」
「は、はい。ケンです」
僕は、ぎこちなく、お辞儀を返した。
悪い人には、見えなかった。物腰はやわらかいし、声も、穏やかだ。
でも、不思議と、その笑顔が、どこか張りついているように見えた。
「まずは、お礼を申し上げます。領主さまのお嬢さまを救い、さらに、薬草泥棒の一味を捕らえられたとか。たった十二歳で、素晴らしい」
「いえ、僕ひとりの力では……」
「ご謙遜を」
セドリックさんは、手を組んで、ゆっくりと言った。
「今日は、お願いがあって参りました」
「お願い、ですか?」
「はい。あなたに、王宮の薬師院へ、来ていただきたいのです」
* * *
僕は、一瞬、言葉の意味が、わからなかった。
「王宮……の、薬師院?」
「ええ。もちろん、見習いとしてですが、最高の待遇でお迎えします。衣食住は、すべて王宮が負担。給金は、いまの十倍。ご家族にも、王都近郊に、立派な屋敷をご用意いたします」
「じゅ、十倍……?」
ミレイが、小さく息をのんだ。
セドリックさんは、にこやかに続けた。
「それに、あなたのご家族にも、手厚い補償を。お母さまにも、妹さんにも、もう苦労はさせません」
(うちの、家族に……)
それは、確かに、魅力的な話だった。母さんが、もう、朝から晩まで働かなくてもいい。リナが、毎日、おなかいっぱい、ごはんを食べられる。
けれど。
僕の頭の中には、前世の、あの夜のオフィスが、ちらりと浮かんだ。
「……ありがたいお話ですが」
僕は、ゆっくりと口を開いた。
「少し、考えさせてもらえませんか」
セドリックさんの眉が、ほんの少しだけ、動いた。
「もちろんです。ですが、ひとつ、お伝えしなければならないことがありまして」
セドリックさんは、声を、さらに低くした。
「陛下が、病に伏せられているのです」
* * *
応接間が、しんと静まり返った。
「国王陛下が……?」
伯爵さまが、驚いたように声をあげる。
「半年前から、原因不明の高熱が続いております。王宮の医師たちも、手を尽くしましたが、どの薬も、効かない」
セドリックさんは、静かに、僕を見つめた。
「領主さまのお嬢さまを救ったのは、『あらゆる病を癒す、幻の薬草』だと聞きました。……ケン殿。陛下を、救っていただけないでしょうか」
僕は、言葉を失った。
(国王陛下の、病気……)
もし、本当に病気なら、助けたい。それは、嘘じゃない。
でも、同時に、胸の奥で、小さな警鐘が鳴っていた。
(これは、「お願い」の形をした、命令だ)
断れば、きっと、こう言われる。
「陛下の命より、おまえの自由が大事なのか」と。
ハンナさんが、口を開こうとした。けれど、その前に、伯爵さまが、静かに手をあげた。
「セドリック殿。ケンは、まだ十二歳の子どもだ。いきなり、王都へ連れて行くのは、酷だろう」
「もちろん、無理強いは致しません。ですが、陛下の容体は、猶予がないのです」
「では、こうしよう」
伯爵さまは、僕のほうを向いた。
「ケン。まずは、薬だけを、王都へ届けるというのは、どうだ? おまえさんが行かずとも、薬があれば、陛下を診てもらえる」
「それは……」
セドリックさんの目が、すっと細くなった。
「恐れながら、伯爵さま。薬だけでは、不十分です。あの薬草を扱えるのは、ケン殿ただ一人。それは、ご存知のはずでは?」
「……」
「使い方を誤れば、かえって毒になる。ケン殿ご本人にいらしていただくのが、最も安全かと」
(……やっぱり、僕を連れて行きたいんだ)
そのとき、部屋の隅から、小さな足音が聞こえた。
「だめーっ!」
扉が、ばたんと開いた。
金色の髪をなびかせて、セシリア様が、部屋に飛び込んできたのだ。
「おにいちゃんは、いっちゃだめ!」
「セシリア!?」
伯爵さまが、慌てて駆け寄る。
セシリア様は、僕の腕にぎゅっとしがみついた。
「おにいちゃんは、わたしを、たすけてくれたの! どこにも、いかないで!」
セドリックさんは、一瞬、目を丸くした。そして、ふっと、困ったように笑った。
「……これは、参りましたね」
* * *
結局、その日は、結論が出なかった。
「では、こういたしましょう」
セドリックさんは、席を立った。
「十日間、猶予を差し上げます。私は、近くの宿に滞在いたしますので、ご返事は、それまでに」
「十日……」
「それまでの間、村を見学させていただいても、よろしいでしょうか。ケン殿のお人柄を、もう少し、知りたいのです」
伯爵さまが、ちらりと僕を見た。僕は、ためらいがちに、うなずいた。
「……わかりました」
「感謝いたします」
セドリックさんは、深く頭を下げた。
その、去りぎわ。
後ろに控えていた黒い外套の従者が、ほんの一瞬だけ、僕の鞄のほうを見た。
そこには、星の母からもらった、あの小さな種が、布にくるんで、しまってあった。
(……?)
気のせい、だろうか。
従者のフードの奥の目が、かすかに、金色に光った気がした。
「ケン?」
ミレイが、心配そうに、僕の袖を引く。
「……何でもない」
そう答えたけれど、胸のざわつきは、消えなかった。
屋敷を出ると、夕暮れの空に、二つの青い月が、静かに浮かんでいた。
十日間。
僕の「のんびり」は、いったい、どうなってしまうんだろう。
――第13話へ続く――




