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第11話 星の母の目覚めと、三つ目の草の噂

ガルドを領主さまの兵に引き渡したあと、僕たちは、切り取られた星影草の根を抱えて、もう一度、魔の森へ向かった。

荷馬車には、ミレイ、ダリオさん、そして、助け出した三匹の小さな魔獣が乗っている。ギンは僕の膝の上で、仲間の子ぎつねたちと、鼻先をこすり合わせていた。

『かえれる。もりに、かえれる』

「うん。もうすぐだよ」

馬車の窓から、霧に包まれた森が見えてくる。

入り口には、あの白鹿が、静かに待っていた。

『……戻ったか、人の子よ』

「はい。約束どおり、星の母の根を取り返しました」

僕が木箱のふたを開けると、白鹿の目が、わずかに揺れた。

『……ありがたい。ついて来なさい』

* * *

森の奥は、ひどく静かだった。

白鹿の角が放つ淡い光を頼りに、僕たちは霧の中を進む。足もとには、見たこともない花が、ぽつぽつと光っていた。

「すごい……。ここの薬草、全部、学院の本にも載ってないわ」

ミレイが、きょろきょろと目を動かす。

「ミレイ、はぐれないでね」

「わ、わかってるわよ!」

そう言いながらも、ミレイは僕の袖を、こっそりつかんでいた。

やがて、霧が晴れた。

目の前に、開けた広場があった。

その中央に、ひとつの大きな「草」が立っていた。

いや、草というより、小さな木のようだった。黒みがかった紫色の葉。その先を、金色の粉が、星くずのように縁取っている。

でも、その姿は、ところどころ、しおれていた。根もとの土が、ぽっかりと掘り返されて、痛々しい穴になっている。

『これが、星の母だ』

白鹿が、静かに言った。

『人の盗人が、根を切り取っていった。母は、それから、ずっと眠れずにいる』

ギンが、僕の腕から飛び降りて、母の根もとへ駆けていった。

『おかあさん、ただいま。ケンが、たすけてくれたよ』

小さな葉が、ふるっと揺れた。

* * *

「植えなおしてもいいですか?」

『頼む』

僕は、ミレイと一緒に、土の穴に、そっと根をおさめた。切り口には、すりつぶした月光草の葉を、薄くぬる。ハンナさんに教わったとおりの、手当てのやり方だ。

「こうして、土を、やさしくかぶせて……」

「根を傷つけないように、ゆっくりよ」

ミレイが、小さな手で、丁寧に土をならしていく。この数日で、ミレイの手つきは、ずいぶん頼もしくなった気がする。

最後に、僕は、水筒の月光草のお茶を、根もとへ、少しずつ注いだ。

淡い光が、土の中へ、すうっとしみ込んでいく。

しばらく、何も起きなかった。

不安になりかけた、そのとき。

しおれていた紫の葉が、ゆっくりと、持ち上がった。

ひとつ、ふたつ。

金色の粉が、ふわりと舞い上がる。

それは、広場じゅうに、星空のようにきらめいた。

「……きれい」

ミレイが、息をのむ。

ダリオさんも、口を開けたまま、空を見上げていた。

森の木々が、ざわざわと、嬉しそうに揺れた。霧が、金色に染まっていく。乱れていた魔力が、少しずつ、おだやかになっていくのが、肌でわかった。

白鹿が、深く、ため息をついた。

『……母が、息をしている』

その声は、少しだけ、ふるえていた。

『人の子よ。我は、人間を、長く憎んでいた。だが、おまえたちのおかげで、その気持ちを、少しだけ、手放せそうだ』

「僕は、何もしていません。ただ、お茶を淹れただけです」

『それが、いちばん大切なことなのだよ』

白鹿は、優しく目を細めた。

* * *

別れぎわ、白鹿は、僕に告げた。

『ケン。星の母は、おまえに、礼をしたいと言っている』

星影草の葉の先から、ひとつぶの、小さな種が、ぽとりと落ちた。

僕は、両手で受けとめた。

『庭に植えなさい。いつか、おまえの助けになる』

「ありがとうございます」

『それから、もうひとつ、教えておこう』

白鹿は、声をひそめた。

『七つの草のうち、三つ目の場所を。「朝露草(あさつゆそう)」という。ここから東、霧の谷の底に、ひっそりと咲いている』

「霧の谷……」

『だが、気をつけなさい。おまえたちを探しているのは、盗人だけではない。人の世には、草の力を、欲する者が多い』

その言葉が、胸に、ちくりと刺さった。

ギンは、仲間の子ぎつねたちと、森に残ることになった。

『ケン、また、あそびに、くるよ』

「うん。いつでも、おいで」

ギンは、僕の頬に、ちいさな鼻先を、ちょこんとくっつけた。

それから、くるりと向きを変え、仲間たちと一緒に、霧の中へ、駆けていった。

少し、寂しかった。でも、不思議と、悲しくはなかった。

(きっと、また会える)

* * *

村に戻ったのは、三日後の夕方だった。

ハンナさんの薬屋の前で、ひとりの騎士が、僕たちを待っていた。伯爵さまの使いだという。

「ケン殿。伯爵さまから、至急のお手紙です」

封を切ると、見慣れた文字が、並んでいた。

『ケン。ガルドの件、礼を言う。だが、少し困ったことになった。盗人を捕らえた噂が、思いのほか広く伝わってしまったようだ。

王都から、使者が来る。

「領主の娘を癒した少年に、会いたい」と。

くわしいことは、会ってから話そう。心の準備だけは、しておきなさい。』

僕は、手紙を持ったまま、固まった。

「どうしたの、ケン?」

「……王都から、お客さんが来るんだって」

ミレイとハンナさんが、顔を見合わせた。

夕焼けの空に、二つの青い月が、ぼんやりと浮かんでいる。

のんびり暮らしたい、という僕の願いは、どうやら、まだ、遠いところにあるらしい。

――第12話へ続く――

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