第10話 行商人ガルドと、滑り草の罠
町までは、馬車で一日かかった。
ラベルの町は、村とは比べものにならないほど大きい。石畳の通りに、ずらりと並ぶ露店。香辛料の匂いと、人の声と、荷馬車の車輪の音。
「うわあ……」
「ちょっと、ケン。口、開いてるわよ」
ミレイが肘でつつく。でも、そのミレイ自身も、目をきらきらさせていた。
「ガルドが店を出すのは、いつも市場の東の端よ。ここ三年、夏の市に来てるの」
「じゃあ、まずは様子を見よう」
ダリオさんが、緊張した顔でうなずく。
「自分は、離れた場所から見守ります。伯爵さまの紋章入りの書状もありますので、いざとなれば……!」
「ダリオさん、いざとなっても、剣は抜かないでくださいね」
「は、はい!」
僕の胸元では、ギンがフードの中に隠れて、小さく震えていた。
『……あのにおい。ちかいよ、ケン』
「大丈夫。ここにいるからね」
* * *
市場の東の端。
古びた荷馬車の前に、薬草を山のように積んだ露店があった。日に焼けた顔の、愛想のいい中年の男が、通りがかる客に声をかけている。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 新鮮な薬草が、お安いよ!」
あれが、行商人のガルドだ。
「じゃあ、打ち合わせどおりにね」
ミレイが、胸を張って露店に近づいた。
「おじさん、こんにちは。前に、薬草の束を買ったミレイです」
「ああ、ハンナ婆さんのお孫さんか! 今日も、何か入り用かい?」
「ええ。珍しい薬草がないか、見に来たの」
ミレイが、さりげなく視線を向ける。
その後ろから、僕は静かに、心の中で唱えた。
(……雑草鑑定)
露店に並ぶ薬草の上に、次々と文字が浮かぶ。
【名称:熱さまし草】【産地:近郊の野原】
【名称:毒消し草】【産地:近郊の野原】
【名称:魔力草】【産地:近郊の野原】
(ここの草は、全部ふつうだ)
でも、露店の奥、荷馬車の荷台には、厚い布がかけられた木箱がいくつも積んであった。
(あの中は……?)
目をこらして、もう一度、唱える。
(……雑草鑑定)
【名称:星影草の根(切り取り品)】
【状態:衰弱。魔力が漏れ出している】
【産地:魔の森・星の母の根元】
「…………!」
心臓が、どくんと鳴った。
間違いない。あの木箱の中身が、星の母の根だ。
僕は、後ろ手で、ミレイにそっと合図を送った。
ミレイの肩が、ぴくりと動いた。
* * *
「おじさん。あの荷台の箱、中を見せてもらえない?」
「ん? ああ、あれは売り物じゃないんだよ。仕入れ先のお客さんの、預かり物でね」
ガルドの声が、ほんの少し、こわばった。
「でも、いい匂いがするわ。薬草の、とても珍しい匂い」
「いやいや、お嬢ちゃん、勘弁してくれ」
そのとき。
ガルドの足もとから、小さな、ちゃりん、という金属音が聞こえた。
ギンが、フードの中で、ぴくりと耳を立てる。
『……ケン。にだいの、うしろ。ちいさな、なきごえ』
僕は、荷台の裏側に目をやった。
布の下から、鉄の檻が、のぞいていた。
その中には、小さな、ふるえる影が三つ。
銀色の毛並みの子ぎつねが、二匹。
それと、翼のはえた、手のひらサイズのトカゲが、一匹。
みんな、ひどく痩せていて、ぐったりしていた。
「……ミレイ」
僕の声は、自分でも驚くほど、低かった。
「わかってる」
ミレイも、同じ光景を見ていた。唇を、ぎゅっと結んでいる。
その瞬間、ガルドが、僕たちの視線に気づいた。
「……チッ」
男の顔から、愛想のよさが、すっと消える。
「見ちまったか、小僧ども」
ガルドは、懐から、小さな笛を取り出した。
「おい、野郎ども! ずらかるぞ!」
露店の裏から、三人の荒くれ者が、ぞろぞろと現れた。
ダリオさんが、慌てて駆け寄ってくる。
「け、ケン殿! 下がって! ここは自分が……!」
「ダリオさん、剣は抜かないで! 人が、たくさんいます!」
「で、ですが!」
荒くれ者のひとりが、僕に向かって、手を伸ばした。
ちょうど、そのとき。
僕の目に、荷馬車の足もとの草が、飛び込んできた。
(……あれ?)
ガルドの荷馬車が、のっている石畳のすき間に、小さな緑色の草が生えている。
(雑草鑑定!)
【名称:滑り草】
【効能:踏むと、ぬるぬるした汁が出る。足もとを滑らせる。乾かすと、石けんの原料になる】
僕は、ひらめいた。
「ミレイ! その水桶、貸して!」
「え? これ?」
「うん!」
僕は、露店の脇に置かれていた大きな水桶を、荷馬車のまわりの石畳に、ばしゃっとぶちまけた。
水が、滑り草を、ぐしゃりと濡らす。
じわり、と緑色のぬめりが、石畳に広がった。
「おい、何しやがる、小僧!」
荒くれ者たちが、僕に飛びかかろうとした。
その足が、ぬるり。
「うおっ!?」
ずるっ、つるっ、どすん!
三人の荒くれ者が、そろって、見事にひっくり返った。
「な、なんだ、これは!?」
「足が、立たねえ!」
ガルドも、慌てて逃げようとしたが、荷馬車の足もとで、つるんと滑って、尻もちをついた。
「ぎゃあっ!」
そこへ、ダリオさんが、すかさず駆け寄った。
「伯爵さまの命により、おまえを拘束する!」
紋章入りの書状を、びしっと突きつける。
「な、なんだと!? 貴族の騎士だと!?」
「剣は抜かん! だが、おとなしくしてもらおう!」
ダリオさんが、すばやく縄をかける。
市場の人たちから、わあっと、歓声があがった。
「やったな、ケン!」
ミレイが、拳を握りしめて叫ぶ。
「あんた、雑草で、盗賊を倒したわよ!」
「……雑草って、本当にすごいんだね」
僕は、思わず、苦笑いしてしまった。
* * *
檻のなかの三匹は、僕がそっと開けてあげると、おそるおそる、よろよろと出てきた。
月光草のお茶を、小皿にそそいで、ゆっくり飲ませる。
「ギン、この子たちと、お話できる?」
『うん。……みんな、もりの、こどもたち。たすけて、くれて、ありがとうって』
ギンの尻尾が、ふわりと揺れた。
『それと、ケン。……もうひとつ、いってる』
「何?」
『ガルドは、くろい、ろーぶの、ひとに、たのまれたって。ほしの、くさを、ぜんぶ、あつめるように、いわれたって』
僕は、息をのんだ。
「黒い、ローブの人……?」
ガルドは、縄で縛られながら、うなだれたまま、ぼそりとつぶやいた。
「……おれは、ただの運び屋だ。依頼主の顔は、一度も見ちゃいねえ。声だけだ。いつも、フードをかぶって、夜にしか、現れなかった」
「名前は?」
「知らねえよ。ただ……」
ガルドは、少しだけ、顔を上げた。
「その人は、こう言ってた。『七つの草がそろえば、王国は、変わる』ってな」
ダリオさんと、ミレイと、僕は、思わず顔を見合わせた。
荷馬車の荷台からは、切り取られた星影草の根が、無事に、見つかった。まだ、弱々しいけれど、月光草のお茶を少しずつ与えれば、きっと、森に戻して、植え直せる。
(これで、ひとまず、森の主との約束は、果たせそうだ)
でも、胸の奥には、ずっと、小さなひっかかりが残っていた。
七つの草を、集めている誰か。
その誰かは、まだ、どこかにいる。
ギンが、僕の腕に、ぎゅっと顔をうずめた。
僕は、その小さな背中を、そっと撫でた。
(ここから先は、のんびりだけじゃ、いられないかもしれないな)
空には、二つの青い月が、ぼんやりと、昼間の空に浮かんでいた。
――第11話へ続く――




