008⚫️意外な悲鳴
夜半にショーンの部屋のドアがノックされた。
「どうぞ。」
その声にわずかに扉が開き、しなやかな影が忍び込んだ。
「おう、もういいのか。悪かったな。」
ショーンの言葉に、シャルロットは伏せた顔をあげた。
「あなたこそ、よく回復してるよね。わたしが蹴ったとこ、なんともないの?」
ショーンは笑って答えた。
「いやあ、自分でも意外だったな。死んでてもおかしくなかったんだけどな。」
あの時、
シャルロットがゆっくりとリングに沈んだ。
後頭部を打ち付けないようにショーンが素早く抱きかかえる。
肢体を丁寧に横たえると、ショーンは明るいライトの下、痛みに耐えて立ち上がった。それと同時に1ラウンド終了のゴングが鳴り響いたのだった。
「客はあなたに’勝者の権利’の行使を叫んだのね。」
「あいにく、オレの体はそれに応えられる状態じゃなかったからな。あんたの蹴りをまともに受けたんだ。誰も文句は言えんだろ。」
シャルロットは、バトラーになって以来、初めてため息をついた。
「あなたの記録、見たわよ。これまでも一度だって’勝者の権利’使ったことないじゃないの。男同士のマッチだって、万雷の拍手と期待の声の嵐があれば、とどめを刺して賞金の増額ができるのに。あれだけいろんな口実、よく思いつくよね。」
ショーンは頭を掻いて言い訳をする。
「いや、本当に急に腹が痛くなったんだよな。えっ、その時じゃないのか?じゃあ、あれだ、疲れがどっと出てふらふらになっちまったんだ!これもちがう?ええっと、焼肉のいい匂いがして食欲に逆らえなかったんだよな・・・。」
次々とショーンが並べる理由に、シャルロットはふきだした。お腹を抱え、涙を浮かべて笑い続ける。自分の中に、まだこれほど豊かな感情が残っていたのかと、彼女自身が驚くほどだった。
息を整えてショーンに向き合った時、シャルロットは真剣な眼差しで言った。
「ねえ、’シキタリ’どおりわたしはもう、あなたの’所有物’なのよ。何かリクエストはないの?」
「なあい!好きにすればいいさ。どこへでも行けばいいし、もしバトラーを続けるっていうんなら、それもいいんじゃないか。」
シャルロットは、もう一度短く笑うと、さらにもう一度軽くため息をついて言った。
「わたし、闘う理由はなくなっちゃった。じゃあ、好きにする。ねえ、お互いの傷を舐め合わない?」
「ごめんだね。オレは自分の傷は自分で治す。ま、勝手に治ってくれるんだけどね。」
「ふ〜ん。じゃあ、わたし、好き勝手に、あなたの傷を舐めさせてもらうわね。」
ショーンが甲高い声をあげる。それを人はこう呼ぶ。’悲鳴’であると。




