表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が書き終えた、大好きな悪役令嬢の話  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/57

第7話「ここにいてほしい、なんて」

「アリエス様は、故郷のことを思い出したりしますか」


唐突な質問だった。


中庭のベンチに並んで座っていた。風が吹くと花壇のほうから甘い匂いがする。午後の日差しが暖かくて、フィオナが空を見ながら言った。


「私はたまに思い出すんです。お母さんの作るスープの匂いとか。冬になるとかぼちゃのスープを作ってくれて、それがすっごくおいしくて」


フィオナが目を細めて笑う。本当に好きなんだろう、お母さんのスープが。


「うちは田舎の小さい男爵家で、お城とは全然違うんですけど。私がここに来たのは、お父さんが『せめて都で教養を身につけてこい』って。それでアリエス様のところに付き人として預けられたんです」


フィオナが少し照れたように笑う。


「お父さん、不器用な人なので手紙も全然くれないんですけどね」


笑いながら言っている。寂しそうじゃない。お父さんのことが好きなんだ、と思った。不器用でも手紙をくれなくても、好きでいられるんだ。


「アリエス様のお家にも、そういうのあります?」


(故郷)


あの部屋のことを思い出す。シミのある天井。空っぽの冷蔵庫。通知だけが来るスマホ。


……戻りたくない。それはわかる。


でも、お母さんに会いたくないかって聞かれたら、よくわからない。会いたくないのに、通知が来ると見てしまう自分がいた。


「……思い出さない」


「そうなんですか?」


「帰りたい場所がない」


言ってから、しまったと思った。これはアリエスの言葉じゃない。私の言葉だ。


フィオナがこっちを見ている。驚いた顔をするかと思った。でもしなかった。


「そういう人もいますよね」


静かにそう言った。否定しない。慰めもしない。ただ受け取った。


しばらく黙っていた。風が吹いて、花壇の花びらが何枚か飛んだ。フィオナの巻き毛が揺れている。


「……いいのか」


口が動いた。アリエスの声。でも聞きたかったのは私かもしれない。


「なにがですか?」


「私のそばにいて」


告発の話が広まっている。廊下で目を逸らす人が増えた。フィオナだって聞いているはずだ。


フィオナは首を傾げた。何を当たり前のことを、という顔。


「好きでいるんですから、いいに決まってます」


「……好き」


「はい。アリエス様のこと、好きですよ。だから一緒にいるんです」


あっさり言う。重くない。構えていない。お母さんのスープの話をするのと同じ調子で、好きだと言う。


私は横を向いた。フィオナの顔が見れなかった。


「変なことを言うな」


「変じゃないですよ。本当のことですもん」


フィオナがまた空を見上げた。雲がゆっくり動いている。


「私はアリエス様のこと、ここにいてほしいなと思ってます」


「……」


「故郷じゃなくても、ここが好きになってくれたらいいなって」


口が動かなかった。アリエスの体も、私も、何も返せない。


「ここにいてほしい」なんて、言われたことがない。


お父さんがいた頃は、もしかしたら思ってくれていたのかもしれない。でも言葉で聞いたことはなかった。お母さんには一度もない。学校でも、コンビニでも、どこでも。


「……考えておく」


やっとそれだけ出てきた。アリエスの声だったのか、私の声だったのか、わからなかった。


フィオナが笑った。


ベンチを立って歩き出したとき、背中にまだフィオナの声が残っている気がした。「ここにいてほしい」。あの言葉が、胸のどこかに引っかかって、取れない。


取りたいのか取りたくないのかも、わからなかった。


次話:「速度だけ、合わせていた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ