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私が書き終えた、大好きな悪役令嬢の話  作者: 夜凪 蒼


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第6話「アリエスはまだ、ここにいる」

真白は机の前に座っていた。


ワンルームの部屋は暗い。カーテンを閉めたまま電気もつけず、ノートパソコンの画面だけが顔を照らしている。コーヒーが冷めている。いつ淹れたか覚えていない。


ファイルの名前は「アリエス_原稿.txt」。何ヶ月ぶりかに開いた。


最後に書いた行が、画面に出る。


『アリエスは窓の外を見た。空は晴れていた。』


そこで止まっている。


この先を、書かなければならなかった。アリエスが理不尽な扱いを受けている子を庇って、そのせいで告発されて、それでも「自分は悪くない」と言う場面。アリエスに言わせたかった。悪いのは私じゃない、と。


書こうとした夜のことを覚えている。キーボードに指を置いて、最初の一文字を打とうとして、手が震えた。


悪いのは私じゃない。


その言葉が、自分の声で頭の中に響いた。アリエスの台詞として書こうとしたのに、出てきたのは自分の声だった。


お母さんに成績表を見せたときの声。100点じゃなかったとき、「なんでできないの」と言われて、何も返せなかったときの声。テストで一番を取っても「当たり前でしょう」と言われて、それでも笑おうとしたときの顔。


悪いのは私じゃない。


一度も言えなかった。


パソコンを閉じた。それ以来、開けなかった。


——今夜は開いた。理由はわからない。


ブラウザを開いて、なろうの作品ページを見る。更新が止まってから何ヶ月も経っている。


アクセス数を見た。ほぼゼロ。当然だ。更新が止まっている小説を読みに来る人なんていない。


でも、昨日のアクセスが1になっていた。


更新もしていないのに、誰かが来ている。


このアカウントをずっと見ているらしき誰かが、前からいた。毎日ではないけど、定期的に。名前はわからない。コメントも一度もない。


でも、いる。


真白は画面を見つめていた。


原稿は書けなかった。今夜も。


でも、パソコンを閉じる前に、あの一行をもう一度読んだ。


『アリエスは窓の外を見た。空は晴れていた。』


アリエスはまだ、ここにいる。


次話:「ここにいてほしい、なんて」

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