第33話「朝ごとの一皿」
夜、ベッドに入ってから、泣いていた。
気づいたのは頬が冷たくなってからだった。枕が濡れている。なぜなのかわからない。悲しいわけじゃない。
庭で花を見たこと。フィオナが隣で笑っていたこと。水を持ってきてくれたこと。
ライナスが今日も一皿増やしたこと。
——ずっとだった。
初めて食堂に来た朝から、ずっと。ライナスは何も言わずに、毎朝、席を立って厨房に行って、一皿持ってくる。最初の日は温野菜だった。次の日は果物。その次はチーズ。
毎日、違うものを。毎日、何も言わずに。
(なんで)
わからない。護衛だから? 仕事だから? でも食事の皿を増やすのは護衛の仕事じゃない。
アルヴァンが「食事は取れているか」と聞いてくるのも、最初から——
(あの人たちは)
見ていた。ひかりとして来たばかりの私が、食べ方を知らなかったことを。どれくらい食べていいかわからなくて、少しずつ食べていたことを。
ライナスは気づいていた。だから一皿増やした。
「食え」とも「もっと食べろ」とも言わない。ただ皿を置く。
(お父さんが)
お父さんが家にいた頃、食卓にお皿を並べてくれていた。私の分の、お皿。「いただきます」って言って、一緒に食べた。
お父さんがいなくなって、お皿が減った。お母さんは自分の分だけ。やがてそれもなくなった。
食卓にお皿がないことに慣れた。空腹に慣れた。一人に慣れた。
ここでは——毎朝、一皿ある。誰かが持ってくる。黙って。
涙が止まらなかった。
天蓋の布が、暗い中でぼんやり揺れている。細い月明かりが、天蓋の端に落ちていた。
(怖い)
これだけのものが、ある。失いたくないものが、こんなにある。
でも——ある。
今は、ある。フィオナの笑顔がある。ライナスの一皿がある。アルヴァンの声がある。窓から月が見える。
(真白さんが)
この世界を作ってくれた。アリエスを書いて、フィオナを書いて、ライナスを書いた。私が泣けるくらいのものを、全部。
泣いていた。声を出さないように、枕に顔を押しつけて。
泣き止んだとき、窓の外が白みかけていた。目を拭いた。起き上がった。
今日も、朝食がある。
食堂に行けば、フィオナがいて、ライナスが黙って何かを増やして、遠くでアルヴァンが茶を飲んでいる。
(ここが、好きだ)
泣いたあとの目で、そう思った。壊したくないから守ってきた場所を、初めて、好きだからいたい場所として。
(消えてもいい場所じゃ、ないのかもしれない)
その予感が、胸の奥にじんわりと座っていた。
次話:「次のページが、ない」




