表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が書き終えた、大好きな悪役令嬢の話  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/57

第31話「ひとり」

フィオナが帰省した。


最初の朝、食堂の隣の椅子が空いていた。椅子だけがある。朝の光が、その背もたれに落ちている。


(一人だ)


そう思って——少し驚いた。


一人でいることは得意だったはずだった。現実ではずっと一人だった。部屋に一人。食卓に一人。教室の端に一人。慣れていたはずだった。


なのに今、隣の椅子が空いているだけで、何か足りない気がする。


ライナスが半歩後ろにいた。厨房から戻ってきて、黙って一皿置く。今日は根菜の煮物だった。


食べた。温かい。味はわかる。でも横に誰もいない。


夕方、アルヴァンに廊下で会った。「食事は取れているか」と聞かれた。


「……食えている」


「……隣のやつがいないと静かだな」


アルヴァンがそう言って、行ってしまった。


(静かだ)


確かに、静かだった。フィオナがいないと、食堂で声を出す人が減る。廊下で「アリエス様!」と呼ぶ声がない。ライナスは黙っているし、アルヴァンは通り過ぎるだけだ。


2日目の夜。廊下を歩いていて、誰かに話しかけたくなった。何を話すわけでもない。ただ、声が聞きたかった。


ライナスが半歩後ろにいた。


「……ライナス」


「はい」


「……いえ、なんでもないです」


ライナスが少し黙って、それから言った。


「……何か、ございましたか」


「いえ。本当に、なんでも——」


「フィオナはじき戻ります」


短い言葉だった。でも、見抜かれていた。


「……わかっている」


「はい」


それだけだった。でもライナスの声が、いつもより少し柔らかかった気がした。気のせいかもしれない。


数日後。フィオナが戻ってきた。


昼過ぎに、廊下の向こうから声がした。


「ただいまもどりました!」


その声が耳に入った瞬間、胸の奥がどくんと動いた。


弟は大事にならなかったそうだ。「アリエス様、ありがとうございました」と深く頭を下げた。


「……戻ったんですね」


「はい! 寂しかったですか?」


「……そんなことはありません」


「えー」


「そんなことはありません」


フィオナが笑った。いつもの顔だった。何日かいなかったのに、笑い方が変わっていない。


私は前を向いた。


(そんなことないって言った)


嘘だった。胸の中だけで、認めた。


少し寂しかった。椅子が空いているのを見るたびに、何かが足りなかった。


それが怖い。同時に、当たり前のことな気もした。いつもいる人がいなければ、寂しい。普通のことだ。


——普通のことが、怖い。慣れてしまうことが。


次話:「春」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ