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私が書き終えた、大好きな悪役令嬢の話  作者: 夜凪 蒼


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第26話「窓辺の花」

審議の再開まで、あと1日。


午後の廊下を歩いていたら、ライナスが窓際にいた。


珍しかった。半歩後ろではなく、窓に近い側に一人で立っている。鎧を着けず、騎士服のまま、窓の外を見ていた。午後の光が廊下の奥まで届いて、ライナスの横顔を照らしている。


「ライナス」


振り返った。眉がほんの僅かに動く。驚いた顔だった——と思う。この人の表情は小さいから、たぶん、としか言えない。


「……何を見ていた」


「……庭だ」


「庭」


「花が咲いていました」


窓の外を見た。中庭に白い花が咲いている。低い木の足元に、丸く広がるように。風で花びらが一枚落ちた。


「好きなんですか。花」


ライナスはしばらく黙っていた。答えるかどうか考えているのか、言葉を選んでいるのか、わからない。


「……嫌いではない」


「そうですか」


沈黙が続いた。二人で窓の外を見た。ライナスの呼吸が、かすかに聞こえる。


(この人は、明日のことを考えているんだろうか)


審議の再開。エルナが身分を明かすと言った。王家がどう出るか。ヴァネッサが何を仕掛けてくるか。


ライナスは護衛騎士だ。アリエスに何かあれば、この人も無関係ではいられない。それでも今、花を見ている。


「ライナス」


「はい」


「……あなたは、なぜ騎士になったんですか」


出てしまってから、しまったと思った。アリエスなら聞かない。でも口が動いていた——ひかりの好奇心か、アリエスの体の記憶か、もうわからない。


ライナスは窓の外を見たまま、少し間を置いた。


「……守りたいものが、あったからです」


過去形だった。「あった」。今ではなく、かつての話。


聞き返そうとしたけれど、ライナスの横顔がそれ以上を閉じていた。


花が揺れた。今度は風が来たらしく、白い花びらがまとめて飛んだ。中庭の地面に散らばった。


「……綺麗ですね」


気づいたら言っていた。ライナスが「はい」とだけ答える。


隣に立っていた。廊下の光の中に、二つの影が落ちている。


現実で、誰かと並んで同じものを見たことがあったかな。


なかった。たぶん。


でも今は、ここにいる。明日のことは怖い。でも今、花が咲いている。隣に人がいる。


しばらく、二人で花を見ていた。



西棟の客間で、ヴァネッサは手紙を読み終えた。


父の字は、いつも通り整っていた。挨拶はない。指示だけがある。明日、必ず仕留めよ。家の命運と心得よ。


折り目に沿って畳み直して、燭台の火に近づけた。紙の端が橙色に丸まって、灰が銀の皿に落ちていく。読み終えた手紙は残さない。子どもの頃からの決まりだった。


鏡台の前に座った。


明日の審議で浮かべる顔を、確認する。口角は上げすぎない。目元は緩めない。練習はいらないはずだった。この顔は、もう何年も作ってきた。


最初に練習させられたのは、いくつのときだったか。社交の場に出る前、父の前で笑ってみせて、「違う」の一言で却下された。何度も。正解の顔ができるまで、部屋を出ることは許されなかった。


鏡の中の令嬢は、完璧に微笑んでいる。


——ふいに、別の顔が浮かんだ。


あの侍女。廊下で髪を掴まれていたときの、あの娘の顔。それから、誰よりも先に駆け寄って、その手を引き剥がしたアリエスの顔。


考えてどうなるものでもない。手は、もう動いている。証人は揃えた。あとは明日、仕留めるだけ。


ヴァネッサは鏡から目を離した。燭台の火が揺れて、灰の匂いが薄く残っていた。


家のために。それ以外の理由を、考えたことはなかった。


考えていいと、言われたことがなかった。


次話:「呼ばれてもいいの」

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