第25話「白紙に文字」
真白は、深夜にパソコンを開いた。
部屋の窓の外に街の灯りがぼんやりと見える。机の上でノートパソコンの画面が青白く光っている。テキストファイルを開いた。「アリエス_原稿.txt」。前に開いたとき、やっと3行だけ書けたファイル。
理由はある。アリエスが断罪される場面を書こうとして、手が止まった。
好きなキャラクターだった。嫌な令嬢を書くつもりで書き始めて、気づいたら好きになっていた。この子が傷つくところを書けなかった。だから止まった。更新が止まって、読者が減り、コメントが消えた。
それでも、アクセスがある。ページを確認するたびに、誰かが来ている。
でも今夜は——何かに引っ張られるような感覚があった。胸の奥がざわついて、眠れなかった。
スクロールした。前に書いた3行の続き。カーソルが点滅している白い画面。
——白いはずだった。
息が止まる。
文字があった。
自分が打った覚えのない文章が、画面に並んでいる。フォントは同じだ。でも自分が書いた文章じゃない。もっと不安定で、でも必死な——確かに、文字があった。
「朝が来た。断罪の朝だった」
椅子が軋んだ。体が前のめりになっていた。スクロールする。また文字がある。また。
アリエスが笑っている。大広間に向かって歩いている。護衛騎士が後ろにいる。ある女性が証言を覆している。王弟が声を上げている。
私が書けなかった断罪の場面が、ここにあった。
「——何、これ」
声が出た。自分の声が、遠く聞こえた。
スクロールを続けた。翌朝、食堂でスープを飲んでいる。隣にフィオナがいる。護衛騎士が黙って一皿増やしている。
アリエスが、まだ生きていた。
まだ——誰かのそばにいた。
画面の光が顔に当たっている。部屋は暗くて静かで、キーボードに触れていない指が震えていた。
次話:「窓辺の花」




