第10話「朝の光が、綺麗だった」
ここに来てから、けっこうな時間が経った。
数えていないけど、何回も朝が来て、何回も夜が来た。食堂で朝食を食べて、廊下を歩いて、フィオナと話して、ライナスが後ろにいて。たまに遠くでアルヴァンの銀灰色の髪が見える。
その繰り返し。
今日の朝食はパンとスープと、ゆで卵だった。フィオナが「今日のパン、いつもよりおいしくないですか」と言って、ライナスが無言で自分のパンを一口かじった。反応なし。フィオナが「ライナスさんは味覚あるんですか」と真顔で聞いて、ライナスが一瞬だけこっちを見た。
……今のは怒ったのか呆れたのか、よくわからなかった。
「あると思いますよ。たぶん」
フィオナが私にだけ聞こえる声で言った。「だってスープの日はちょっとだけ表情が違うんです」
観察力がすごい。この子は。
ベッドから起き上がるとき、体がもうアリエスの部屋を覚えていた。足の裏が石の床に触れる感覚にも慣れた。着替えで侍女に腕を上げるタイミングも、自然に体が動く。
最初の頃はアリエスの体に「乗っかっている」感じだった。口が勝手に動いて、足が勝手に歩いて、私はただ中から見ているだけ。
でも最近、少しずつ境目がわからなくなっている。
フィオナに「おはよう」と返すとき、それがアリエスの返事なのか私の返事なのか、考えなくなった。ライナスが一皿足してくれたとき、「余計なことを」と返す口と、嬉しいと思う胸が、同時にある。
どこまでがアリエスで、どこからが私なのか。
夜、ベッドの中で天井を見ることがある。ここの天井にはシミがない。白くて、高くて、きれいだ。
あの部屋を思い出す。14個のシミ。薄い布団。通知だけが来るスマホ。お母さんが帰ってこない夜。
帰りたくない。
でもそれは、ここが好きだからなのか、あっちが嫌だからなのか、自分でもわからない。
朝になった。
窓の外が明るい。カーテンの隙間から光が差し込んで、ベッドの上に四角い光の形が落ちている。
私はそれを、少しだけ綺麗だと思った。
ここに来て初めて、朝が来ることが嫌じゃなかった。
次話:「まだ前を向く」




