第9話「一度も、聞かれたことがなかった」
アルヴァンと、初めてちゃんと話した。
廊下の角で鉢合わせた。避けようとしたけど、通路が狭くてどちらかが止まるしかなかった。
銀灰色の髪。表情のない顔。中庭で感じたあの視線と同じ目が、すぐ近くにある。
心臓が速くなる。この人は王太子の異母弟だと読んだ気がするけど、それ以上のことはほとんど覚えていない。作者さんが書けなかった人だから。
「……」
何も言えずに立っていたら、アルヴァンが先に口を開いた。
「食事は取れているか」
「……は?」
思わず素の声が出た。アリエスの声じゃなく、私の声。
「食事だ。ちゃんと取れているか」
見ている。この人、やっぱり見ている。でも前に中庭で感じたような、見透かされる怖さとは少し違った。なんだろう。もっと単純な、ストレートな——
「食えている」
口が返した。アリエスの声に戻っていた。
「そうか」
それだけ言って、アルヴァンは廊下を歩いていった。振り返らなかった。
私はしばらくそこに立っていた。石の壁に手をつく。心臓がまだ速い。
「ご飯食べた?」
そう聞いてくれる人が、今までいなかった。
お母さんは聞かなかった。学校の先生も。夏休みに入って誰にも会わなくなってからは、聞いてくれる人自体がいなくなった。コンビニのお兄さんは聞かずにパンをくれた。あれはあれで、ありがたかった。
でも聞かれたのは、初めてだ。
「食事は取れているか」。たった一言。政治とか立場とか関係ない、ただの質問。それが喉の奥につかえて、取れない。
ライナスの足音が後ろから聞こえた。何も言わずに半歩後ろにいる。いつも通りだ。
歩き出した。廊下の窓から夕焼けが差し込んでいて、石の壁がオレンジ色に染まっていた。
きれいだな、と思った。たったそれくらいのことなのに、目の奥がじんとした。
次話:「朝の光が、綺麗だった」




