醜い初恋
時間はあっという間に過ぎ、入部してから1カ月が経った。
魔法がある生活にも慣れ始め、部員のみんな(紅玉以外)とも馴染んできている。
それゆえなのか、最近生活に慣れる以外のことにも意識が向き始めた。
「よし、今日も魔法の練習すっか」
『頑張ろうね、和成君』
「ああ」
部活終わりの魔法の練習。紅玉との試合以降も続けている。
もう関係がないのに、静さんも嫌な顔せず夜遅くまで付き合ってくれる。
『なんだか今日は元気がないね?』
「……いや、そんなことない」
気づいてしまった。気づかざるを得なかった。
俺は静さんを異性として好きになっている。
もともと子供のようにころころ変わる表情や動作に好感が持てると思っていた。俺が男だろうと触れてくるし、触られることにも気にしない。魔法を教えるのがとても上手で、なにより優しい。失敗しても見捨てず成功するまで傍にいてくれる。
恋人である信介に良いところを見せたいからなのかもしれない。それでも俺は恋をした。生まれて初めて恋をしてしまったんだ。
中学ではソフトテニス一筋だったのも影響しているのかもしれない。一度自覚したらその想いは止まらずどんどん強くなっていき、こうして一緒にいられるだけで鼓動が高鳴ってしまう。
「風邪か? 体調管理も基本の1つだぞ和成」
「だから違うってば」
もちろん、信介から静さんを奪おうとは思わない。2人が両想いなのはわかっているし、俺がそんな人間じゃないと信頼してくれてることもわかってる。
ただ、怖いのだ。このままズルズルとこの恋心を持ちながら2人と接してたら、いつか自分がとんでもないことをしてしまうのではないかと。
まだ1カ月だけど、この関係は壊したくない。できるなら卒業までずっと……。
「じゃあ和成。今日はラケットに魔法を掛けてみようぜ」
「ラケットに?」
「ああ。紅玉のカットサーブを思い出してみろ。あれみたいなのをやる」
紅玉のカットサーブ……あのガットだけを回転させて打つ高回転のカットサーブのことか。
「もう魔力を対象物に流す授業はしただろ。それで何かするのも」
1週間前のこと。授業で魔法を使って紙の鶴を折った。方法は簡単で、自分の魔力を紙に流して念じればいい。初めは全く動かなかったけど、先生が鶴を折る手順を見せてくれて、それを鮮明にイメージしたらすんなりできた。
テレビに出てくる超能力者になった気分だった。本当に超能力者になってるんだけど。
「それをラケットでやるんだ」
「ちょっと待てよ。俺まだ紙しかやったことない。いきなりラケットみたいな硬いやつは無理だよ」
先生が言うには、物によって流す魔力の量が変わるらしい。小さくて柔らかいものは大して必要ないけど、大きかったり硬かったりするとどんどん増えていく。
俺の魔力量も1カ月で結構増えたと思うけど、それでもできるかどうか。
「いいんだよ。無理かどうかじゃない。全力でやることが肝心なんだ」
熱血教師みたいなこと言い出した。いや、コイツはもともと熱血系か。
「わかったよ」
仕方なくラケットを持ち準備をする。
『無茶はしないでね。多すぎる魔力が暴発すると私の時みたいに何が起こるかわからないから』
珍しく心配そうな顔をする静さん。これ、そんなに危険なことなのかよ。
ラケットに俺の持つ大半の魔力を流す。イメージ……変化するけど、それほど危険なことにならないようなやつ。
紫色の靄に包まれたラケットが粘土のように柔らかく変化していく。
「『「こ、これは——!」』」
靄が消える。
『薄くなっちゃった』
できたのは、お好み焼きで使うヘラぐらい薄くなったラケット。グリップ(手で握る部分)はいつも通りだけど、それ以外が1ミリもない薄さになっている。
「お前、なにイメージしたんだよ」
「別に、ただ危なくないやつにしようと思っただけだよ」
側面に触れると包丁のように切れるだろうけど、それ以外は何も危なくない。まさしく、俺のイメージ通りのやつ。
「叩いたら割れそうだな。やってみるか」
「やめろよ。これ借り物なんだから」
学校の備品を壊したら、俺が弁償する羽目になるかもしれない。
「叩かないからちょっと貸せ」と言われたので渡すと、信介は素振りを始めた。
「振るのは別に問題ないな。でもこんなの強いボールに当たっただけで壊れるぞ。実戦向きじゃないな」
当たり前だ。こんなの使えるわけがない。
というか、かなり疲れた。立っていられなくなったのでその場に座る。
最近は魔力の回復速度も上がって倒れるようなことはなかったし、久しぶりのことで気づくのが遅れた。
「これ、どうやって戻すんだ?」
「そんなの膨らむように魔法を掛けるしかないだろ」
「じゃあ元に戻せなかったら実質壊したようなものじゃん!」
「だから早く回復させてもう一度やるんだよ」
「無茶言うなよ。1回でこれだぞ」
どれぐらい待てばいいのかわからないぞ。半端な魔力じゃ元に戻せないだろうし。
先生や先輩方に怒られる想像をしてしまう。
「そういえば和成、新しいラケットは買わなくていいのか?」
入部してもう1カ月。自分のラケットを持っていないのは俺くらいだった。
「……いいんだ。俺、これ結構気に入ってるから」
本当は買うお金がないだけ。うちは別に貧乏じゃないけど、それは非魔法使いの世界での話。
1回だけ買おうと専門のショップに行ったけど、一番安くても200万だったので目を丸くして諦めた。魔法使いの平均年収は1億以上って聞いたけど、物価もそれに比例して高いのだ。
信介は目を細くしたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「ま、いっか。じゃあ気に入ってるなら絶対に元に戻さないとな、これ」
そう言って薄いラケットを高く上げる。不安になるようなこと言わないでほしい。
そのあと、死ぬ気でラケットを直したあと帰った。今日は早めに終わったので紅玉と帰るタイミングが同じだった。玄関を出て分かれ道までは一緒だったけど、一言も話さなかった。




