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真剣勝負

 試合の日。

 いつもは放課後の練習に(はげ)む部員が集まるテニスコートには3人しかいない。

 コートの外ではマジックテニスの部員以外にも、佐藤さんや他の部活の人たちも集まって俺と紅玉を見ている。

 気づかなかったけど、初心者と紅玉天河が真剣勝負をするという噂が校内で広まってたらしい。情報の伝達って恐ろしいな。



「部長、主審(しゅしん)お願いします」

「鈴木君、そんな(かしこ)まらなくていいんだよ。公式の試合では負けた選手が次の試合の審判をするのは当たり前のことなんだから。これも勉強さ」



 どんな状況でもポジティブにとらえられる部長の価値観が羨ましい。俺だったらこんな試合の主審なんて絶対にやりたくない。



「じゃあサーブ権を決めてくだ——」

「サーブは私よ」



 部長の言葉を(さえぎ)って勝手に決める紅玉。サーブという先制攻撃を奪う行為。



「おいおい、それはダメだろ紅玉」



一番近くで見てる信介が大声で反対する。普通なら許されないが、俺は当然だと納得している。



「テニスは相手より1球でも多く打ち返した方の勝ちよ。サーブすら打ち返せないのに、才能があるって言える?」

「その通りだ。サーブは紅玉がやれ。その代わり、コートは俺が選ぶ」

「どうぞ。どうせ私に日の光が当たる方でしょ」



 さすが全国に行ってるだけはある。サーブという先制攻撃を(もら)っても、トスしたあと上を見る以上太陽の光で目がくらむ。それはボールを打つタイミングを逃す障害であり、レシーブ側はこうして対策することが多々ある。中学では地区大会レベルではあまり使われていなかったけど、紅玉はさすがに知ってるか。



「でも無駄よ。コートを(おお)ってるバリアは太陽の光を試合に支障が出ないレベルまで断遮(しゃだん)するもの」



 ……。



「え、そうなの?」



 確認のために信介に聞くと、(あき)れた顔で言った。



「当たり前だろ和成。外的要因(がいてきよういん)で結果の変わる試合なんて誰も望まないだろうが。お前今までサーブ練習してて気づかなかったのか?」



 恥ずかしい。作戦のつもりだったのに全く効果がなかったとは。

 紅玉のバカにする笑みに拳をギュッと握って(こら)える。顔真っ赤になってないよな。



 冷静さを保つために鼻で大きく呼吸する。

 落ち着け。試合で結果を残せば笑われても良い思い出に変わる。

 昔大会で緊張をほぐすためにやっていた未来を思い込むルーティン。それが魔法の世界でも使うことになるとは。



「1ゲームマッチプレイボール」



 ベースラインよりもさらに後ろ、壁ギリギリで構える。

 紅玉の弾丸サーブは速い。だからできるだけ後ろで待ち構えて、少しでも取れる確率を上げる。



 紅玉がボールを上に上げる。ラケットが動いた。ボールにラケットが当てられる。来る!



「イン!」



 主審の判定のあと、後ろを見る。フェンスに食い込んだボールがゆっくりと地面に落ちた。



 速い! 煙が出たところまではわかった。だけどそれ以降が全く見えなかった。



 サービスエリアを見ると、右下のラインギリギリのところにへこみがある。ソフトテニスでもここに入れられれば返すのは難しい。

 誘導魔法っていうのは本当に便利だな。力任せに打っても好きなところを狙えるんだから。



「ほらほらどうしたの? やっぱりコート、入れ替える?」

「うるさい」



 ストロークは見えるようになっても、やっぱりまだ弾丸サーブは見えないか。



「1―0」



 逆サイドに移動し同じように後ろで立ち、構える。



 ボールが上がった。来る!



 ラケットを振る。だがボールはもう通り過ぎていた。



 今度は左下のライン。左右のサービスエリアで対照的にほとんど同じ位置に打たれた。



 クソッ! もう少し早くラケットを触れてたら——!



「落ち着け和成。とにかく返すことだけ考えればいい」



 相手がミスするまでロブで返し続けるネバネバ作戦。でもこのままじゃそんな作戦も意味がない。



「2―0」

「ほら、あと2回で終わっちゃうわよ。才能さん」



 毒舌姫(どくぜつひめ)が冷笑してくる。



 ……()けるか。



 紅玉がトスする前からラケットを横に構える。野球でいうバントの態勢(たいせい)



 紅玉はニヤッと笑いながらボールを上げる。来た!



 俺のラケットにボールの当たる感触が伝わる。思った通り、1ポイント目と同じで右下に打ってきた。このまま返せば……。



「うわっ⁉」



 だが、俺の体は後ろに吹き飛ばされ、フェンスに背中を強打した。



 サーブの威力が強すぎて()()りが効かない! どんだけ強いサーブなんだよ!



「強化の魔法ができてたった1週間。そんな短期間で私のサーブに()え切れる強化ができるわけないでしょ。私がサーブ権を取った瞬間、お前の負けは確定してたのよ」



 背中が痛い。強化の魔法を使ってなかったら、俺死んでたんじゃないか?



 ラケットを見ると、ボールが当たった部分が()げた色をしていた。

 これが初心者の力。あれが全国1位の力。この状況が、俺と紅玉の力の差。



「和成、大丈夫か!」



 フェンスに背中を預ける俺のすぐ後ろで、信介が声をかけてきた。



「これ以上は怪我(けが)しちまう。次同じようなことがあったら骨だって折れるかもしれない。ここはリタイヤした方が」



 ……リタイヤ?

 

 これはお前が始めたことだろ。巻き込まれた俺がどうしてリタイヤしなくちゃいけない。どうして逃げなくちゃいけない。どうして恥をかかなくちゃいけない。



「……信介、あの作戦だけどさ、なかったことにしてくれ」

「は、お前何言って——」



 俺は信介の言葉を最後まで聞かず立ち上がり、前に出る。



「3―0」



 今度もバントの態勢で構える。



「おい、和成お前——!」



 だけど、前と違ってサービスエリアの中。紅玉が狙うであろう左下のラインギリギリの位置で立つ。



「やけになったの? 万に一つもないけど、もし私がミスして直接体に当たったら、お前の命がどうなるかわからないわよ?」

「ちゃんと穴ができるって言えよ。怖くて口にできなかったか? それともミスするのが怖くて俺に移動してほしいのか?」



 紅玉のラケットを持つ手に力が込められるのが見える。血管が浮かび、どれだけの握力が出ているのか。



 怒ったな。そうだ、冷静さを失え。



「はあ……。お前はもうちょっと頭が良いと思ってたんだけど。所詮(しょせん)はその程度ってことね」



 ボールがトスされる。そして空中のボールがラケットに当たる。



 弾丸が来る! 2ポイント目と同じ左下ギリギリ!

 そう思った瞬間、俺は自分のラケットを思い切り握りしめて固定した。

 ガットに当たったボールの衝撃が右腕を(つた)って全身に響く。



 力と力のぶつかり合いは、必ず弱い方が負ける。でも人には力でぶつける以外にも(むか)()つ手段はある。

 ラケットを上向きにし、全力で振り上げる。わざと尻餅(しりもち)を着き、後ろへ吹き飛ばされるのを防ぐ。



 尻が地面に着いたあとすぐ、空を見上げた。

 ボールが縦長の楕円状(だえんじょう)の、ロブの軌道で紅玉のコートへと飛んでいく。



 返せた! あの弾丸サーブを返せた!



「おお、鈴木があのサーブを返したぞ!」

「すげえ、力の流れを変えたのか!」



 ギャラリーから歓声(かんせい)が上がる。

 喜ぶのは早い。サーブを返すのは当たり前。まだラリーがスタートしただけだ。



 立ち上がり、次に紅玉が打つボールを返すために走る。

 紅玉は軽く感心するが、すぐに打ち返すために左サイドへ小走りする。



 『あら、打ち返せたんだ。どうせ次で終わりだけど』



 ……そう考えてるんだろう。



 紅玉の目線はボールにしかない。俺の動きなんか眼中にない。



 俺は知ってる。紅玉は格下相手には2球目までにほとんどポイントを取っている。たとえまぐれでサーブを返したとしても、紅玉にとっては大した問題じゃない。俺がそうだったように。



 強者はみんな同じ。初撃(サーブ)なんか成功するのが当たり前で、どんなに速く鋭いボールを打っても打ち返されるのが当然だと自覚している。だから2球目からが勝負。



 俺はネットの中心へ走る。体がネットに当たるギリギリまで近づく。

 紅玉のラケットがボールに当たる瞬間、やっと目がこちらを向いた。そして紅玉は自分のミスを自覚する。



 やっぱりそうだ。紅玉は格下相手に対しては常にオープンコートにしか打ち返さない。走る間も、疲れる間もなく終わらせる。



 だから、レシーブは真っ直ぐ、ストレートに返したんだ。そしたらお前は俺の正面の位置に来る。相手が正面にいて、相手の逆側にボールを打つってことは、必ずボールの軌道はクロス(コートの右側から対角線の軌道で打つこと)になる。



 つまり、ネットの中心にいればボール自ら俺の方に来てくれる。



 紅玉の低い剛速球(ごうそっきゅう)が俺の胸に迫る。だが普通のテニス同様、サーブよりもスピードは落ちているから強化した目でちゃんとボールが見える。俺はそれを紅玉とは逆の方向へボレーで打ち返した。



 俺が打ち返す前から、紅玉は逆サイドに本気で走っていた。魔法で体を強化していても、俺が相手な以上そこまで強力な強化はしていない。だから打たれる前に本気で走らなければ間に合わないと、長い経験から予測したのだろう。



 紅玉が崩れたフォームでラケットを振る。ギリギリ間に合った。ロブで返してきた。

 ボールの軌道は間違いなく俺の頭上を通り、ベースラインを越えない程度のところで落ちる。



 だが、そんなことはさせない。

 俺は地面を思いっきり蹴り、ジャンプする。地面との距離はおよそ7メートル。

 紅玉が俺を見上げる。



 わかるだろ、上級者ならこのフォームで打たれる球の威力を。



 1週間ずっと見てたよ、お前のことを。傲慢(ごうまん)で弱者のことは眼中にない。だから適当な対応しかしない。



 だがな、それで負けた奴が、今お前の目の前にいる。そしてその失敗から学んだから――








「俺は追いつけたんだ————っっ‼」










 オープンコートに打たれたスマッシュが、土煙(つちけむり)を上げながらバウンドし、そのままフェンスに食い込む。



 俺は無様(ぶざま)に背中から落ちて、痛みで視界が一瞬ぼやけた。それでも紅玉の方を見る。



 紅玉がありえないという顔で地面を見つめている。目線の先は、ベースライン上についたボールのへこみ跡。



 入った! 渾身(こんしん)の1球が入った!



「い、イン! 入ってます! 鈴木選手のポイントです!」



 1ポイント。

 たった1ポイントだけど取ったんだ、あの紅玉天河から!



「うおおおおおおおおお取ったああああああ‼」

「すげえ、素人があの紅玉天河から1ポイント取った‼」

「まだ魔法を覚えたばかりなのよ‼ ありえないことだわ‼」

「とんでもないルーキーがウチの部に来たぞ‼」



 ギャラリーから歓声が上がる。



 でもこれは終わりじゃない。

 1ゲーム取るまでは勝ちじゃない。あと3ポイント。残りの魔力とデュース(ポイントが3―3になった場合、連続で2ポイント取らなければ勝ちにならない状態)も考えたら、連続であと4ポイント取る気でいなきゃ絶対に勝てない。



 立ち上がろうと足に力を入れるが、上がらない。というか、腕も動かない。

 気づかなかったけど、いつの間にかラケットも握れないほど力が残っていなかった。連続で出した全力でもう魔力も体力も何もかも使い果たしていたんだ。



 クソ、クソッ! せっかく取れたのに!



「……負けよ」



 紅玉の声にハッとする。


 

 負け?



「素人のボールが取れなかった時点で、私の負けみたいなものよ。この試合はお前の勝ちで構わないわ」

「ふ、ふざけんな! 手加減してたくせに。ずっと同じところにサーブ打ってただろ」



 だからこそレシーブではバントの形で待ってるだけで打ち返せた。通常の試合ではそんなことはありえない。



「なら、まだその程度じゃないと勝てないことに()(ほど)を知りなさい」



 そう言って紅玉はコートを出て行った。代わりに信介が着て思い切り抱き上げてきた。



「やったな和成! お前すげえよ! あの紅玉からポイント取るなんて!」

「いや、あれは完全に舐めプ——」

「それでもすごいことなんだよ! お前は、お前は魔法を練習してまだ1週間なんだ! それなのに、それなのによお……かっこいいじゃねえか!」



 自分のことでもないのにそこまで泣くのかよ。

 ギャラリーたちも俺の周りに集まった。



「凄かったぞ!」

「大したもんだ!」

「部長だって1ポイントも取れなかったのにな」

「言わないで恥ずかしいから!」



 みんなが俺の1ポイントで喜んでいる、拍手(はくしゅ)している。

 記憶が(よみがえ)る。中学でも、先輩との試合で勝った時は同級生のみんなが我が事のようにはしゃいでくれてたっけ。

 バクバクと鳴る心臓とは別に、胸の奥が暖かくなっていく。

 あんまり気が乗らなかったけど、もう少しこのスポーツ続けてみようかな。


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