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絵の中

 翌日の部活の練習試合。俺は紅玉以外の部員全員とやって全員に負けた。



「この間の勢いはどうしたのかしら? やっぱり私からポイントを取ったのはまぐれだったのかしら?」



 すれ違いざまに言う紅玉の嫌味(いやみ)に何も言い返せない。

 1カ月前の勢いはどこに行ったんだか。全然返せないし、良い球も打てない。

 最近はずっとそうだったけど、今日は一段とダメだ。



 肩を落とす俺の背中を信介が優しく叩いてくる。



「気にするな。誰がどう言おうと、あの時のはまぐれじゃない。でもなんだろうな。今のお前はなんだか動きにぎこちなさがある気がする。心当たりはあるか?」



 あるにはある。紅玉との試合の時は、どうしてかマジックテニスよりもソフトテニスをしている感覚に近かった。中学の、あの毎日朝も昼も夜もソフトテニスのことしか考えてない、脳みそ全てが侵食された状態になって、気持ち良かった。



 だけど、信介や他の部員と試合をしても、全然その感覚に(ひた)れない。マジックテニスという慣れないスポーツをしている感覚に(おちい)ってしまう。



「お前、もしかして紅玉のことが好きなのか?」

「はあ? マジで言ってる?」

「言ってない。もし天文学的確率が起きてたら当ててやりたいって思ったから言っただけ」

「なら言うな。(うわさ)憶測(おくそく)でも馬鹿みたいに広がるからな」



 紅玉の性格の悪さはよくわかってる。あれで好きになる奴はマゾか顔や体しか見てないバカだけだ。

 そのあとも全く良いところを残せずに部活が終わる。



 部活終わりにまた3人で集まったが。



「わりぃ。今日は用事があるから先に帰るわ」



 と忙しなく帰る信介の珍しい姿を、俺と静さんは並んで校舎の角を曲がるまで見つめた。



『信介君、結構歴史ある医者の魔法使いの家系らしいんです。今日はどうしても外せない家の事情があるとか』



 でも彼氏なんだから、彼女を俺と一緒にさせるなよ。静さん、『私のこと好きじゃなくなったのかな?』とか思いかねないぞ。



 そういえば、中学の時も似たようなことがあったな。彼女よりもサッカー部の友達としょっちゅう帰ってた奴が、「あなたは私よりサッカーを見てる方が生き生きしてるね」って言われて別れた話。



 俺は静さんを異性として好きだけど、信介と別れてほしいとは思えない。だって、そうなったら俺は悪い人になってしまうかもしれないから。別れて悲しみに()れてる人に付け入ろうとする、そんな悪い人に。



 そう思いつつも何もしないのは時間の無駄なため、いつも通りの魔法の練習を2人だけでした。

 2人っきりのせいか、昨日よりも上手くいかない。静さんも俺のブレ具合を見て、不思議そうに首を(かし)げている。

 最近不調が続いてるな。嫌になる。



 いつもより早く練習が終わり、帰ろうとバッグを背負ったら、静さんから思わぬ提案がされた。



『私の絵、見てくれないかな?』



 静さんは絵を描くのが好きで、美術部に所属している。どんな絵を描くんだろうと思ってたけど、まさか2人の時に見せられるとは思わなかった。見ないか、それとも信介と並んでうるさく見るんだろうなって想像してた。



『ちょうど完成間近の絵があるの』



 見せてくれるのは嬉しいが、俺は絵が素人(しろうと)だ。それを静さんに言うと、(わず)かに口角を上げながら言った。



『いいよ。わからない人を感動させてこそ絵、って私は考えてるから』



 そこまで言われて断る理由はない。

 校舎に入り、3階の美術室に入る。中には木製の美術用机が並べられている。人の気配はなく、窓の外は真っ暗なこともあり、教室特有の怖さを感じる。



『これが制作中の私の絵』



 教室の後ろに並べられた芸術家が使ってるのをよく見るイーゼル。その1つに立てかけられた静さんの絵を見る。



 絵って言うから絵の具かと思っていたら、色鉛筆だった。色鉛筆で描くには大きい紙だと思ったけど、魔法使いなんだからそんなこと関係ないか、とすぐに絵の内容へ意識を向ける。



「これ、もしかして俺と信介?」

『……うん。どうかな?』



 (はら)っぱの上、大きく開いた目で光る両手を真剣に見てるのが俺で、それを横から笑顔で見つめてるのが信介らしい。



「上手いね」



 素人だけど、自分とよく似てることだけはわかる。

 きっとこの絵は部活終わりの魔法の練習をしてる時の静さんの目線だ。



「俺と信介の服、ジャージじゃないんだね」



 絵の中の俺たちが着ている服は、上が白色で下が(こん)色の昔の体操服のような単調なデザイン。

 部活ではいつも白と空色が混ざった学校のジャージを着てるから、こんな光景になったことはない。

 ちゃちを入れるつもりはなかったけど、なんでこのデザインにしたのか気になってつい口から出てしまった。

 濃い白色と紺色。気のせいかもだけど、周りの原っぱもなんだか暗い。



『これ全部、色鉛筆を重ねて作ったんだ』



 難しくてよくわからなかったけど、反対色(はんたいしょく)というのを利用すれば、色鉛筆でも違う色同士を何度も重ねることで別の色を作れるらしい。重ね方によっては白もできるようで、この絵では赤、紫、青、緑、黄、橙の6色使ってるそうだ。

 目を()らしてみると、薄く赤や青の線が見えた。これが製作途中ということらしい。



『凄いよね。全く似てない色なのに、混ぜ合わせるだけで白になるなんて』



 優しい笑顔でこちらを見てきた。



『人もこの白色と同じ。どれだけ真っ直ぐでも、心の中には無数の気持ちが混在(こんざい)してる』

「静さんには、俺や信介がこの絵みたいに見えるの?」



 静さんは泡を出さず、(うなず)きだけで答えた。



 俺はこの絵と逆だと思っている。信介は超がつくほどマジックテニスバカで、悩みなんかサーブを打てばすぐに無くなる、中学の俺みたいな奴。

 羨ましくて、好きな人を自分のものにしてて、ずっと俺の前を走っているのが気に食わない奴。

 この気持ちは、客観的に見れば(あわ)れで(みにく)いと言われるだろう。俺が自分に指さしてそう(ののし)るように。



『お節介(せっかい)かもしれないけど』



 静さんは俺の方に体を向けて言った。



『魔法は特別じゃないよ。当たり前にあるもの。だから、和成君はきっと上手くなるよ』



 ……ああ、本当に(くや)しい。



 心の底から思う。なんで俺はもっと早く魔法に出会わなかったんだ。もし1年早く知ってれば、静さんと同じ中学で同じ特別学級に入ってたかもしれない。たった1年、それだけで俺はこの人と信介よりも早く出会えたかもしれないのに。



 諦めようとしている恋心が大きくなる。



 この学校に来てから、俺の中はマッシュポテトのように容赦(ようしゃ)なくグチャグチャに潰されている。性格、好み、才能、俺の15年で積み上げてきたものが全て、容赦なく。



 もう一度静さんの絵を見る。

 感想は変わらない。そこにいる俺はちゃんと形を成しているけど、見ている俺は違う。

 信介もそうだ。(ねた)ましいとさえ思うほど好きなものに真っ直ぐな目。



 今の俺は、マジックテニスというソフトテニスに似ているものにすがるだけの、軽い男。

 一刻(いっこく)も早く逃げたくなった。絵の信介にも、俺にも。負けてるようで、(つら)かった。



『帰ろうか』



 俺の気持ちを見透(みす)かすように、静さんは美術室の出口へと歩く。



『ごめんね』



 (はげ)ますつもりで見せたけど、逆効果だったからだろう。

 いいや、静さんに落ち度はないんだ。悪いのは俺だ。俺が静さんを好きなせいだ。

 もし好きじゃなかったら、もし静さんの彼氏が俺だったら、嫉妬心(しっとしん)ではなく良き理解者だと感謝していたはず。



 だけど、何も言えなかった。自分の気持ちを抑えることに精一杯(せいいっぱい)で。



 俺は静さんを先に帰らせ、1人でコートに戻った。

 サーブの練習をしている紅玉とは別のコートに立ち、俺もサーブ練習をした。

 カゴ一杯に入ったボールを全て乱暴に、魔法も使わず。何かしていないと泣きたくなったから。



 紅玉は突然サーブ練習を始めたことが気になるのか、俺に時たま視線を向けてくるが無視した。



「なに感情任せになってるのよ。そんなんじゃ入るわけないでしょ」

「うるっせえな」



 近づくな、話しかけるな、そんな気持ちを察したのか、紅玉は何も言い返さずすぐサーブ練習に戻った。

 魔法も使っていない普通のサーブがサービスラインに入るまで、カゴの中のボールを半分以上使ってしまった。これが本番なら、地区予選1回戦で敗退だ。

 一度全国2位まで上ったことがあるとは思えない無様(ぶざま)な結果に、俺はさらに悲しくなった。


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