再会
翌日、意外な人物と会った。
部活が休みで菓子でも買おうと近所のスーパーに向かおうとしてた時だ。
「和成か?」
後ろから声をかけられた。懐かしくも、聞きたくなかった声。
引っ越したからもう二度と会うことはない。そう思ってたのに……。
「悟……」
中学の時、一緒に全国まで行った俺にとって最高のペア。最後に会ったのは卒業式の時だから、まだ2カ月ぶりぐらいだろうか。それなのに胸が締め付けられるほど懐かしく思える。
「ぐ、偶然だな」
久しぶりに会った親友だというのに、気まずい口調をしてしまう。
「偶然だな、じゃないよ。お前今までどこにいたんだよ。連絡しても繋がらないし、入学するって言ってた高校に行ってもいないし」
魔法学校に行く時、ほとんどの人間関係を遮断した。連絡が繋がらないのは当然だ。
「いろいろあって……お前こそ、なんでここに?」
「親戚の葬式。終わっても親が長話してたからそこらへんをぶらぶらしてたんだ」
「そうんなんだ」と口にしたものの、そのあとの言葉が出てこなかった。
「お前、テニスはどうしたんだよ。今もやってるのか?」
聞かれると思っていた。だけど、聞いてほしくないことが来た。
怖い、本当のことを言うのが怖い。
「……やってない」
息を呑んでしまう。一度でもこんな感情を悟に抱いたことはない。いや、そもそも同年代にだって今までなかった。
悟は両手を力強く握りしめた。
「なんでだよ。高校に行ったらリベンジするって言ってたじゃん」
「それは……」
一番言われたくなかったことを言われた。
俺だってやめたくてやめたわけじゃない。周りが俺からテニスを奪ったんだ。
「……お前が自分からやめるわけないよな」
何かを察したのか、悟は肩で息を吸った。そして笑顔で言ってきた。
「何か事情があるんだろ。困ったことがあったら相談してくれ」
……ああ、やめてくれ。
お前の、俺の一番のペアであるお前の口から、そんな気遣いの言葉を出さないでくれ。
なんだよこれ。俺たちずっと対等なペアだったじゃん。それなのに、どうしてこんな差がついた状況になってるんだよ。
息が苦しくなる。このままだと倒れてしまいそうだ。
「このあと暇か? なら一緒にどこかで話さないか?」
「……ごめん」
何を強がってるんだろう。なんでこんなに腹が立ってるんだろう。
「今日は忙しいから」
そんなつまらない嘘をついて、俺は悟と別れた。
何かしないと、何かしていないと、潰れてしまいそう。
すがるように魔法学校へ行く。職員室に行って先生からテニスコートの鍵を貰って、倉庫からラケットを出すと、感情任せにサーブを打ちこむ。
サービスエリアに入れるような球じゃない。何かに、誰かに、当てるためのサーブ。
カゴ一杯に打つ。想像の中では、靄の掛かった誰かが相手コートで倒れている。手足を抑えて、涙目でこちらを恨むように見ている。
俺は、いい気味だと思っている。その姿を、直接見たいと思っている。
カゴの中が空っぽになると、俺は立ち尽くす。
「何やってるんだろ……」
虚しい、醜い。
俺って、こんなに嫌な奴だったのか。
10秒くらい立っていたら、コートのフェンスを軽く叩く音が聞こえた。
『和成君』
音のする方を見ると、静さんが笑顔でこちらを見ていた。
いつから見てたんだろう、というかなんでいるのだろう。
『部活終わったから帰ろうと思ったら和成君がいたから声をかけたんだ。信介君は今日はマジックテニス部は休みって聞いてたから』
そっか、俺たちが休みでも他の部が休みとは限らないよな。
『凄く真面目にサーブ打ってたね。気迫が凄くて止まるまで声かけられなかった』
傍から見ると、あれが真面目に練習してる姿に見えるのか。
あんなの練習じゃない、ただの暴力だ。人に当てようとするスポーツマンとして絶対にやってはいけない行為。
俺はコートを出て、いつも信介たちと練習してる原っぱに座る。
『はい、これ差し入れ』
隣に座る静さんが渡してきたのは、学校の自販機で売ってるスポーツドリンクだった。
「ありがとう」
ちょうど汗をかいていたし、何も持っていなかったので助かった。
半分ほど一気に飲んだ後、原っぱに置いてコートを眺める。
生ぬるい風が汗でぬれた体に当たり涼しい。
もうそろそろ夏だ。これからもっともっと汗をかくのだろう、中学の時のように。
周りの部活もそうだ。これから大会に向けてみんな精一杯前に進む。俺だけを残して。
「ねえ、どうして静さんは信介と付き合ったの?」
勢いだった。なんだかもう全部どうでもよくなって、適当に聞いてしまった。
静さんは頬を赤くして下を向きながら言った。
『本当は、別れるつもりだったの。和成君と初めて会ったあの日』
静さんは、最初は別れようと思っていたらしい。高校の入学式の日に初対面で告白され、信介の勢いに押されて仕方なくOKしてしまった。だから別れようと言うタイミングを待っていたらしい。
『私も和成君と一緒だったから、魔法を知ってからは自分の存在価値がわからなかった』
静さんも俺と同じで途中から魔法を知ったんだよな。その気持ちはよくわかる。
『周りが普通にやっていることが、自分はできてない。そのせいで自信が持てなくて、私なんか誰の目にも入らないんだなって、ずっと考えてた。告白された時だって、罰ゲームか何かなんじゃないかって疑ってた』
辛い記憶を思い出す悲しい目、それなのに表情は幸せそう。
『でも和成君の練習を見てる信介君を見てたら、こう思ったんだ。この人は好きなことにだけ一直線になろうとしてる人なんだって。私も絵には嘘をつきたくないから、それで親近感が湧いてきちゃって』
好きになってしまった、と。
『和成君がいなかったら、多分私はあの日別れてたと思う』
知らないうちに俺は恋のキューピットとして動いてしまっていたのか。
「そう、なんだ」
……入学式の日まで時間を戻したい。
信介への嫉妬の念が次から次に出てくる。
俺から奪わないでくれ、先に動かせろ。何もないんだから、1つぐらい俺にくれよ。
呼吸が荒くなりそうなのを必死で抑えこむ。
嫉妬心で憎しみが生まれそうだ。なんで俺だけ取られてばかりなんだよ。
大好きなソフトテニス、大事な友達、初恋。
1つぐらい残してくれてもいいだろうが。何も難しいことじゃない。誰だって持ってるんだから。
どうしてだよ! 俺は世界から嫌われているのか! そんなに死んでほしいのか!
太ももをこれでもかと強く握りしめる。痛みで心を落ち着かせる。
わかってた。サーブでぶつけた相手は誰なのか。靄の掛かった人間の正体は誰なのか。
俺は、信介に心の底から嫉妬している。アイツの持っているものを奪いたいと思っている。
同時に、静さんへの妬みも出てきた。
静さんはいいよね、新しい世界でも自分の好きなものを持てたのだから。
俺にはない。マジックテニスも最初は少し上手くいったから続けてるだけ。今は辞めようかと思うくらい上手くいかない。
好きなものを奪われた気持ちなんか、誰もわかってはくれないんだ。
そのあとは特に大したことも話さず、帰った。
無言で家に入る。
「どうしたの和くん」
階段を上がるところで母さんに声をかけられた。
……きっと静さんなら、何も言わなくても俺の気持ちをわかって話しかけないんだろうな。
なんで? なんで家族である親はわからなくて、静さんにはわかるんだよ。
なんでわかってくれる静さんは俺の隣にいないのに、わからない家族は隣にいるんだよ。
「うるさい……」
恨むような声で心配する母を遠ざける。
そうだ。両親だって悪い。初めから魔法のことを教えてくれたら、俺はこんな辛い思いをしなくてよかったんだ。
何も言い返してはこなかったから、俺は階段を上がって自分の部屋に閉じ籠った。
ベッドの横で座り込む。
何やってんだろ俺。親にまで当たって。
「最低だ」
何もせず、そのまま夜になった。
母さんは階段下から食事の準備ができたことを知らせてきたが、部屋から出たくなかったから何も言い返さなかった。
1時間ほど経ち姉さんの足音が部屋の前で止まると、乱暴にノックされた。
「和成、いるなら返事しなさいよね」
許可してないのに入ってくる。姉さんは昔からそうだ。俺のプライバシーなどお構いなしに絡んでくる。
「これ、ポストに入ってた。多分アンタのでしょ」
俺の頭にポンと投げてきたのは、雑誌だった。
雑誌とはいえ紙で顔が切れたらどうするんだよバカ。
表紙を見ると、テニスの雑誌だった。
結構有名で、中学の友達も買ってて一度見せてもらったことがある。選手ごとのインタビューが俺は好きだった。
「ボロボロだ」
かなり何度も読まれていたようで、1ページ余さず折れ目や破れた跡がある。
ここまで読むのは、よほどのテニスバカしかいない。それこそ信介のような——。
「信介?」
もしかして、これを送ってきたのは信介か?
窓から外の道路を見るが、誰もいない。
なんで信介が? なんの目的で?
「俺を、励ますため?」
すぐに出てきた答えがこれだった。
アイツは落ち込んでいる人を放っておくタイプではない。少なくとも、マジックテニスで悩んでる奴には等しく手を伸ばしてた。
俺が悩んでること、信介にはお見通しだったのだろうか。
雑誌の表紙を見る。書いてあるのは誰の言葉か、『死ぬまで喰らい付け』。
……中学の俺もそうだったな。周りがクラブ通いの強い人ばかりで、初めは全く敵わなかった。それでも考えて考えて、自分の強み弱みを分析しては試してを死ぬほど繰り返して、いつの間にかみんなと並んでた。
スポーツとはそうなのだ。結局最後まで粘ったものが勝つ。
意外と気づかないもので、一番の敵は相手ではなく自分自身だったりするのだ。弱い自分に勝ってこそ、成長し勝利を掴むことができるのだ。
「……わかったよ信介」
明日、信介に試合を申し込もう。その結果で俺の今後の身の振り方を決める。
雑誌を手に取り、一夜で全部のページを読んでやった。




