同じ穴・どんぐり
翌日。練習試合が始まろうとしている時。
俺は最初の対戦相手が決められる前に信介のもとへ歩いた。
信介も人柄と実力から人気なため、紅玉よりも試合に誘われる。お互い体力が万全の状態でやるためには、すぐに申し込まないと。
「お前、最近弛んでるでしょ? 私が直々に————ちょっと!」
紅玉が何か言ってるが、無視して通り過ぎる。
というか、邪魔しないでほしいことをこの目を見て察してほしい。俺、多分この学校に来てから一番マジの状態だから。
「信介、お前に試合を申し込む」
「お、いいぜ。じゃあまだ誰もやってないしコート取られる前に急いで——」
信介も俺の目を見て重大さを察したらしい。ヘラヘラしてた顔が一気に引きつる。
「何があったのかは知らないけど、いいぜ。本気で来い」
2人並んでコートに入る。信介はラケットを肩に置いてワクワクしている顔をした。面白いことがあるといつもこうだ。コイツは真面目な場面では、緊張よりも楽しもうとする。
「でもよ、普通のゲームじゃ面白くないよな。1ゲームのファイナルゲ―ム形式にしようぜ」
ファイナルゲーム……最後のゲームの時に適用される特殊なルール。ゲームカウントが5ゲームなら2―2、7ゲームなら3―3の時、先に7ポイント先取した方の勝ちになる。特徴的なのは、2ポイントごとにサーブ権が入れ替わること。
「本当は3ゲームにしたいが、お前はまだそれができる魔力量じゃないし、長引くとみんなが練習できなくて迷惑になるからな。1ゲームかつ4ポイント先取した方の勝ちにしよう」
「ああ」
俺としても、早くこの気持ちに決着をつけたい。
他の部員も、俺たちの異様な雰囲気を察知しざわざわし始めた。
「誰か、主審お願いできませんか?」
「あ、うん、わかったよ!」
部長が走って審判台に登った。喧嘩の前触れのようで焦ったのだろう。この前の紅玉とのことといい、迷惑かけて申し訳ない。
「最初のサーブはお前に譲る。どんだけ強くなったか確かめてやるよ」
「余裕をこいてられるのも今のうちだ信介」
ベースラインの前に立つ。これから始まるんだ。信介とのマジの試合。
「1ゲームマッチプレイボール」
「「ハイッ‼」」
信介はサービスエリア近くで構えた。非魔法使いのテニスでは、基本1球目のサーブではレシーブ側はベースラインの近くか、さらに後ろで構える。サーブ側は2球打てる以上、1球目は強いボールを打つのが定石だからだ。
しかしマジックテニスはボールの速度が桁違いかつ誘導魔法でフォルト(サーブを失敗すること)などしないのでみんなベースラインよりももっと後ろ、壁の近くで構える。
つまり、信介は完全に俺を舐めている。俺のサーブなんか簡単に取れると言っているのだ。
その油断、すぐに吹き飛ばしてやる。
ボールを上に投げ、そしてラケットを地面に打ち付けるつもりで振り下げる。
ボールは凄まじい速度で信介側のサービスエリアに入り、そのまま信介の横を通り過ぎて後ろのフェンスへと当たった。信介は、ラケットを振りはしたものの、追いつけていなかった。
紅玉ほどの速度は俺には出せない。だけど、そんな前に出てたら取れるボールも取れなくなるに決まってる。
「……へえ」
信介は転がるボールを見た後振り返り、感心したような顔で俺を見た。
「言っただろ。余裕こいてられるのも今のうちだって」
これは真剣勝負。少しでも油断した方が負ける。
「凄いな。和成が先にポイント取ったぞ」
「サーブの速度が練習の時より上がってない?」
「なんか雰囲気違うよな。喧嘩でもしたのか?」
誰も、今の俺の気持ちなどわからない。
それでいい。誰かに聞かせても得はない。
「1―0」
「「ハイッ‼」」
信介はさっきよりも後ろ、ベースラインギリギリのところに位置を変えた。俺が1球目で入れるのを確信している。
ボールを上に投げた。そしてさっきと同じ速度で打ち込む。
同時に、信介は前に走った。そしてストレートの見事なトップスピンで打ち返す。
セイバーだ! レシーブ前からネットへ走ることで、即ネットプレーにつなげる戦術。俺が世界で一番尊敬しているテニスプレイヤー、ロジャー・フェデラーが使っていた戦術だ。非魔法使いのテニスから生まれたのに、信介は知ってたのか⁉
俺はすぐに強化した体で走り、ギリギリ追いついたボールをロブで返す。
だが罠だった。信介は俺のボールが届く高さまで跳躍し、今度は逆クロス(コートの左側から対角線の軌道で打つこと)でスマッシュを放った。
右サイドにいた俺は追いつけず、1ポイント失点。さらにサーブ権が信介へ移った。
「やっぱり勉強は大事だよな。非魔法使いの戦術も侮れない」
クソッ! 「初めて使いました」、みたいな感を出しやがって。セイバーがどれだけ高等なテクニックなのかわかっているのかよ。
「1―1」
「「ハイッ‼」」
信介のサーブ。俺の見た限りでは、紅玉のような速度特化のもので、カットのような搦め手はない。信介らしいともいえるし、速度さえ何とかすれば対処はできる。そして過去に何度か打ち返したこともある。
落ち着け。集中すれば取れる。紅玉ほどではないのだから。
「和成、お前に登竜門を見せてやるよ」
登竜門?
信介はいつものようにボールを高くトスするのではなく、下に構えた。そして逆にラケットを上に構える。
あれは、カットサーブの体勢! 信介の奴、カット打てたのかよ!
ガット自体が高速回転し始める。紅玉の時と一緒。
「そらよっ!」
切るように打たれたボールは、高速回転してこちらのサービスエリアに向かってくる。
ベースラインより後ろに構えてた俺はすぐに前へ走った。
ボールは遅いが、バウンドしたあと凄まじい速度で左真横に軌道を変えるのはわかってる。
すぐにバッグハンドの体勢を作り、ボールが着地するであろう場所のすぐ左で待機。
ボールが地面に当たる。大丈夫、返せるはずだ。
しかし、俺のラケットがボールに当たることはなかった。
「……は?」
間に合わなかったわけじゃない。ボールが見えなかったわけじゃない。
跳ねなかったのだ。ボールが地面に当たった瞬間、まるで坂の上を転がるように左へ転がっていった。
「なんだよそれ……」
アリなのか、そんなバカげたカットサーブ。
いや、確かに跳ねないカットサーブというのはソフトテニスでもあった。だけど、それはほとんど誇張していて、実際はほんの少し跳ねている。だからレシーブもできるんだ。
これは、テニスの世界でできればいいなと誰もが想像した理想のサーブの1つ。幻の技。
「どうした和成。汗が凄いぞ」
……こんなのもうゲームになんねえだろ!
ふざけてる。俺がレシーブするのはもう不可能じゃねえか。
「2―1」
「どんどんいくぞ!」
またカットの構え! 俺はまた着地するボールのすぐ近くまで行くが、やはりボールは跳ねない。
連続3失点。もう後がない。
「さあ、どうやって打ち返す?」
ニヤニヤしやがって。まるで俺が今から言うことをわかってるみたいだ。
「部長、サーブは信介のままでいいです。これ返せてないまま負けるのも勝つのも嫌なので」
「あ、うん。わかったよ」
一旦落ち着け。そもそも跳ねないカットサーブなんて可能なのか? ルールでは、打ったあとのボールに魔法を掛けるのは禁止だし、相手コートに魔法を掛けるのも禁止だ。地形を変えるのもダメ。そして信介は、それらの魔法は掛けていなかった。
つまり、回転量だけで今のサーブを放ったのだ。
深呼吸する。俺は1つ疑問が浮かんできた。そんなサーブがあるなら、なぜ紅玉天河は部長との試合でわざわざ跳ねるカットサーブを使ったんだ?
信介はこのカットサーブを打つ前、登竜門と言った。登竜門とは、突破すれば出世できる関門のこと。
このことから、1つの仮説が出てくる。
このカットサーブは、俺が思っているほど有効な手段じゃない。なにか、マジックテニスをやっている人全員が知っているくらいの明確な弱点があるんだ。そしてそれを看破すれば、俺はマジックテニスプレイヤーとして大きく成長することができる、のだと思う。
ギャラリーの視線が俺に集まっている。みんな、信介が俺に何を求めているか察して口を閉じてしまっている。
なんだ? 何をすればこのサーブを打ち返せるんだ?
考えろ。今までの練習を思い出せ。試合とはそうやって自分の全てを相手にぶつける場なんだ。
俺が考え付くこと、できること、そのすべてを、次のレシーブでラケットに込めるんだ。
「3―1」
「「ハイッ‼」」
カットサーブが放たれる。
出すんだ、俺が考え付くこと、できることを全て!
俺は目とラケットに思い切り魔力を流した。上がる視力、変形するラケット。
見えた! 1ミリもないほんのわずかな隙間。
「ここだーッ‼」
俺は上がった視力でボールが着地した瞬間にできた1ミリもないほんのわずかな隙間に、紙のように薄くしたラケットを滑り入れ、打ち上げた。
審判は何も言わない、つまり今のは2バウンドの判定じゃない!
「マジか、そんなふうに返すやつ初めてだ!」
信介は喜び、上にあるボールを見る。
「だがな、そんな高く上げちゃ、さっきみたいにスマッシュを打ってくださいって言ってるようなもんだ、ぜっ!」
大きく跳躍した信介がスマッシュを放つ。だが俺は、すぐに信介の真ん前までジャンプし、至近距離からボレーで返す。
「なっ⁉」
空中にいれば、ボールの方が早く落ちてしまう場合絶対に取れない。
俺たちが着地した時には、ボールは2バウンドしていた。俺のポイントだ。
信介は呆気にとられた顔でこちらを見る。
「信介、いつまでも兄貴みたいな態度はやめろ! 俺たちはもうライバルだ! 互いに譲らない関係なんだよ!」
「……実力が上の奴が言うからかっこいいんだぞ、そういうセリフは」
なんとでも言え。もう決めたことだ。
俺はもうお前の流れには乗らない。自分の足で未来を歩むと、昨日あの雑誌に載ってたテニスプレーヤーたちに誓ったんだ。
「本当はあんなやり方で返すんじゃないんだよな、このカットサーブ」
「そんなことは知らない。これが今の俺にできる全部だ」
そうだ。正しいやり方が1つだけなんて、スポーツの世界にはない。常に変化し続ける。
変化しなければならないのだ、俺も。
「全部か。なら、俺もそれに答えないとな。次のサーブは和成が打て。全てを出し切るつもりでな」
わかってる。俺は信介に勝つ。勝ってみせる。
「2―3」
「「ハイッ‼」
俺は高くボールを投げ、ラケットで打つ。
今までにない最高速度の俺のサーブ。それを信介は俺の正面にそれ以上の速度で打ち返した。
「オラァッ!」
それをさらに速度を上げるつもりで返す。実際に上がってるかどうかは気にしない。ただ全力で返す。
ラリーの応酬。気にしたことなかったけど、いつの間にか強化した体で打ってもアウトしなくなってたな。まだ誘導魔法は使えないから、トップスピンでボールの軌道をタマゴ型の楕円形にすることでアウトせずに済み、かつ相手に打ち返しづらくする紅玉と同じフォームでの打ち方。信介にアドバイスされて、結局この形になった。
信介は、今ラリーしている俺をどう見ているんだろう。先に立ってる紅玉の予習相手? しつこく返して来るやつ? 負けたくないライバル? テニスをやるのが楽しい友達?
俺は今、お前を全部で見てるよ。紅玉に勝つためであり、ムカつくくらいしつこく打ち返してくるやつであり、ライバルであり、この学校に来て初めてできた友達。嫉妬と憎悪の対象。
そして、恋敵でもある。
本当に羨ましいよ、お前が。俺が持ちたいもの、持ってたかったもの全部を持ってる。
真っ直ぐな志、自分のラケット、好きなこと、愛する人。
ああ、本当にムカつくくらい羨ましい。
「オラァ‼」
もう何度打ち返したかわからない。そろそろ手に力が入らなくなってきた。
頼む。もう返さないでくれ。これで終わってくれ。
「くらえッ‼」
だけど信介は余裕で返して来る。
凄い。凄いよ信介。俺はこんな赤い手になったのに、まだそんな速度のボールを打てるなんて。
返せてもあと1球。つまり、これで返されたらもう後がない。かといって今オープンコートに打つなんて逃げるようなことはできない。
もう手が壊れてもいい。だから今体にある全部の力、それをこの手に込めろ。
「これで最後だあああああ―ッ‼」
最後の一撃を叩き込む。
ボールは、前に飛ぶことはなかった。飛んだのは、何か色のついた硬い破片。
急にラケットが軽くなり、ついに手から離れるぐらい握力が無くなったかと思ったら、違った。
壊れたのだ。あまりのラリーに耐えきれずラケット自体が壊れた。
ボールは俺の後ろを通り過ぎた。信介のポイントだ。
「げ、ゲームセット。不死信介の勝利です」
主審のコールを聞いた途端、体の力が一気に無くなった。その場で倒れてしまった。
クソックソックソックソッ!
負けた。全力だったのに負けた。あとちょっとだったのに負けた。
「……」
いや、違うのか。俺の敗北はもともと確定だった。
1ゲームだけ、手加減、3連続で同じサーブ。これだけ相手から譲歩されてもこの結果、この疲労。たとえ勝っても、両手を挙げて喜べるだけの価値はない。
ああ、悔しい。弱いことが悔しい、誰かに先を歩かれるのが悔しい。
俺は、なんでこんな運命なんだろう……。
「あはは……」
俺は倒れた。だけど、笑った。
「あはは、負けちまった。あははは!」
負けたのに笑いが止まらない。
勝つつもりだった。勝って信介より上だと思うつもりだった。なのに今は勝った時と同じくらい清々しい。
「なんで笑ってるんだよ」
「いいんだ。気にすんな」
これで、踏ん切りがついた。俺の初恋は終わったんだ。
「和成、お前本当に強くなったな。見ろよ、手にこんな大きなマメができちまった」
「俺なんか潰れて血だらけだよ」
でも痛くない。不思議と気持ちが良い。
テニスじゃないのに、それと同じくらいの歓喜に浸れてる。
部長が審判台から下りてきた。
「良い試合だったよ。まさにぶつけ合い。こんな試合は滅多に見られない」
拍手が送られる。ギャラリーからもだ。
「2人とも保健室に行きなさい。その手、ちゃんと治療しないとあとで大変なことになるよ」
「はーい。和成、行くぞ」
「ちょっと待って。俺まだ立てない」
「仕方ねえな」
そう言って信介は俺の肩を持ってくれた。
「すみません部長。ラケット壊してしまって」
部の備品な以上、弁償しなければならない。
バイトでもなんでもして200万稼ぐか。
「もともと古かったから気にしなくてもいいよ。先生も良い試合が見れて嬉しそうだし。弁償もしなくていいよ」
こちらの考えを見透かしているように部長は言った。
フェンスの外で顧問の伊勢も「気にするな」と声をかけてきた。
「すみません」
もう一度謝ったあと、信介とともにテニスコートを出た。
保健室に着くまでの間、ちょっと聞いてみた。
「あの跳ねないカットサーブってホントはどうやって返すんだ?」
「正式名称はインヴェインカットっていうんだ。返し方は簡単。自分のサービスエリア全体に弾性力を上げる魔法をかける。するとどんなボールでも跳ねちまうんだ」
「ルール違反じゃないのか、それ」
「いや、セーフだ。地面を変形させてるわけじゃないし、ボールに魔法が掛かるのもバウンドした直後だからな。本当はこれに気づいてほしかったんだよ。あんな力業の高等技術じゃなくて」
「いや、お前の言ってる方が高等技術だろ」
サービスエリア全体に魔法を掛けるなんて、俺にはできない。ましてや弾性力を上げる魔法なんてどうやってやるのやら。
「お前マジで言ってんの? あんな1ミリもない隙間にラケットをいれるって普通じゃできないぞ。それこそ針に糸を投げて通すようなもんだ。誰でもできることじゃない」
そうかあ? 信介が言うなら信憑性は低い。
「お前、前から思ってたけど目の強化が上手いんだよ。だから隙間も見えたし、ラケットを滑り入れるタイミングも逃さなかった。俺には無理だ。やっぱ凄いよお前」
「俺にはわかんないな、お前の方がずっと凄く見える。今日だって結局勝てなかった」
「それは経験値によるものだ。誰だって年上のやることは凄く見えるだろ。だけど自分が同じ年齢になって同じことをしても大したことない。それと同じだ」
「また兄貴ぶりやがって」
「俺から見れば、お前はまだまだひよっこだからな」
ったく。怒る気もなくなる笑顔で言いやがって。
僅かな静寂のあと、信介はえらく小さな声で言った。
「和成、お前が羨ましいよ」
「え?」
珍しく謙虚な発言に、俺はイラっとした。俺をバカにしてるのか?
殴ってやりたくて信介の顔を見る。するとえらく沈んだ表情になっていた。
「自慢に聞こえるかもしれないけどさ、俺ってオールラウンダーなんだよ。得意なことがない。全部それなりにできるだけ。だからお前や紅玉みたいに突出した部分があるのが心底羨ましい」
……信介には悪いと思ったけど、俺は内心ホッとした。
そして同時に驚いた。思いもしなかった。信介が他人にそういう感情を抱くなんて。
「だから多分、俺は紅玉みたいに全国のレベルには行けない……」
信介の顔を見ていたら、静さんの絵を思い出した。
反対色……色鉛筆を何十にも重ねることで白色さえ作り出す。
お前もそうだったのか……俺と同じようにいろんな気持ちが混ざっていたのか。
「だけどマジックテニスが好きってことだけは誰にも負けない。和成、お前にもな」
「俺は別にそこまで——」
最後まで言おうとしたけど、そこから出てこなかった。その先は安易に口にするべきじゃないと思ったから。
そっか、俺マジックテニスのことが嫌いじゃなくなってたんだな。
少なくとも卒業までは続けたい、頑張りたい、そして勝ちたい。それぐらいの気持ちを込めるぐらいに、このスポーツに夢中になっていたんだ。
ソフトテニスの時と同じだ。そうだ、俺はこうやって好きなことを見出したんだ。
「……はは」
「おい、また突然笑って。気持ち悪いぞ」
「なんでもない」
うん、なんでもない。これは俺だけのものだ。俺だけの、最高の気持ち。絶対に誰にも邪魔させない。
それから軽く治療を受けた後、コートに戻った。部長や先生に2人で呼ばれて何かあったのかと聞かれたが、「なにも」と答えた。部活終わりに静さんからも俺たちの距離感が変わったことを聞かれた。
『何かあったの?』
「…………いや、割り切りがついただけ」
静さんを見ても、心臓の高鳴りは消えない。でも前のように、抑えきれないような気持ちは湧いてこなかった。
家に帰ったら、母さんに謝った。本人は特に気にしていなかったようで、「なにが?」と返されてしまった。
その日の夜は、久しぶりに気持ちよく眠れた。




