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神試合(2)

 コートをチェンジしてサーブ権は俺たちへ。

 後衛の紅玉からサーブをするが、レシーブ側は蒼葛(あおいかずら)



「ゲーム・カウント0―1」



 紅玉のサーブの衝撃波がネット際にいる俺の背中にも襲い掛かる。ボールがバウンドした途端、蒼葛の鋭いレシーブが来た。



『見たことあるわよね? できるでしょ?』



 背中から紅玉がそう問いかけているように感じた。



 わかってるよ。何度も見たんだからな。



 俺は高橋幸(たかはしさち)の少しセンターライン側に向けてボレーする。打つ瞬間にラケットへ魔力を込めてガットをちょこっとだけ回転させながら。相手は気づいていない。



「来た来たあ!」



 蒼葛は予想通りとでも言うように笑みを浮かべながらボールへ走る。さっきの集中狙いで高橋幸のサポートへ回ったか。



 打ち返す体勢に入った。

 ボールがバウンドする。そして蒼葛の方へ跳ねる。

 蒼葛がラケットを振った。なのにボールは、まだ相手のコートだ。



「……マジか」



 空振(からぶ)り。ボールは2バウンドで俺たちのポイントだ。

 蒼葛の顔が赤くなっていく。空振りなんて久しぶりのことだったのだろう。気持ちはよくわかる。



「やったな」

「ええ。作戦勝ちね」



 紅玉はわかっていた。蒼葛が俺たちが高橋幸を狙うのを予知してサポートに回ることを。

 そして俺に指示をした。返すボール全てに蒼葛の方へ跳ねるように回転をかけろと。



 『(あま)誘引(ゆういん)』はボールを自身へ引き寄せる。しかし回転をかけたりするわけではなく、引力のような原理。掃除機でただ吸うようなもの。なら、こっちが蒼葛の方へ跳ねるよう回転をかければ、相乗効果でバウンド後のボールのスピードは上がる。だからタイミングを見誤り、空振りしてしまうのだ。



「でももう同じ手は通用しないわ。不意打ちでしかあの男から点は取れない。それでもプレッシャーはかけられた。これであの男は迂闊(うかつ)に前衛のサポートに回れない」

「だからこっちは前衛を狙う」



 ここからは逆転だ。これまでの流れからして、高橋幸の実力は紅玉よりも劣る。このまま紅玉が高橋幸を狙い続ければポイントを取れる。



「1―0」



 紅玉が構える。



「悪いけど……」



 そう口に出し、得意の弾丸サーブが高橋幸へ放たれた。



「……しまった」



 高橋幸は何とかロブで返したが、ボールはベースラインを越えた。こっちのポイントだ。



「こっからは、全力で行くわよ」



 紅玉の宣言に東法の生徒たちが驚愕する。



「嘘だろ」

「あのサーブ、葛より速い!」



 いや、東法だけではない。北風側も紅玉のサーブの速さに息を吞んだ。


 紅玉のサーブはもはや弾丸ではない。音よりも速く、弾丸よりも速い。

 ロケット、地球を出るロケットサーブだ。

 昨日まであんなサーブは打ってこなかった。一体いつの間に?



「俺の時は手を抜いてたってことか、紅玉?」



 蒼葛が紅玉を睨む。



「何をそんなに驚いてるの? 最初から全力を出さないのは基本中の基本、なんでしょ?」



 返した! 俺がやられたことをさらに上から。ざまあみろ。



「このサーブは、お前が無駄と言った魔法無しのサーブ練習と、そこにいる素人のアドバイスのおかげよ。あー良かった、無駄って決めつけなくて。もうお前より速いサーブになっちゃった」



 朝に俺が言ったアドバイスか。まさかこんな形で役に立つとは。

 勝ち誇ったように目を細める仕草が頼もしい。



「2―0」



 今度は俺のサーブだ。俺は紅玉ほど速くない。それに信介のように跳ねないカットサーブみたいな技もない。



 だけど、こざかしくはできる。



 ガットを回転させながらの上からの高速サーブ。

 通常なら簡単に取れる速度。回転をかけてもそれほど曲がらない程度のもの。なのに蒼葛は少しだけ弱腰に俺へ返した。

 さっきの空振りでこっちの回転を完全に警戒している。だから強く返せないんだ。



 俺は前に出ながら高橋幸に打つ。高橋幸はそれを紅玉へ向けてボレーするが、紅玉も高橋幸に打ち返す。

 完全に集中砲火。蒼葛がサポートへ回ろうとするが、俺がガットを回転させると躊躇(ためら)う。



「幸、下がれ!」



 どうやらポジションを入れ替えるつもりらしい。だが、ウチの紅玉がそんな暇与えない。

 入れ替えのための時間稼ぎのためにボレーをしてきたが、紅玉は後衛に回ろうとする高橋幸へ向けてジャンプスマッシュする。



「うげッ⁉」



 上手く返すことができずネット。俺たちのポイントだ。



「よーし! ハイタッチ!」



 紅玉と軽いハイタッチをする。



「あなた大丈夫? 息が荒いわよ?」

「大丈夫大丈夫。次だ」



 相手は全国1位。動きが激しすぎてさすがに魔力も体力も無くなってきたが、まだいける。こうなりゃ体が壊れてでも最後までやってやる。



「3―0」



 さっきと同じように回転させながらの高速サーブ。

 高橋幸はレシーブしてきた。俺はそれをさらに高橋幸へ返す。

 また高橋幸は俺にボレーで返してきた。俺もボレーで高橋幸へ。



「ん、しつこい」



 そう言うと、高橋幸はラケットを変形させた。グリップが伸び、まるでムチのよう。それを体を覆うように回しながら打ち返してきた。

 ヌンチャクだ。ラケットであんなことができるのかよ。



「これも魔法警察になったら必要なこと。覚えておいて」



 もう勝ったあとのこと言ってるし。どんだけ俺を魔法警察にしたいんだよ。

 息もできないようなボレー合戦を10球ほどやり取りをしたあと、紅玉が横からサポートに入り強烈なボレーで返してこちらのポイント。



「しつこい女は嫌われるわよ」



 それって今のお前にも当てはまると思うけど、これで1ゲーム取った。次が最後のファイナルゲームだ。

 ギャラリーも歓声が上がる。



「やったな2人とも!」



 信介が喜びながらスポーツドリンクを渡してきたから、全て飲み干した。

 横を見ると、紅玉は難しそうな顔をしている。



「どうした?」

「……多分だけど、アイツらあなたを標的にしたわ」

「そりゃあそうだろ。俺が一番弱いんだから」

「そうじゃない。多分、あなたの息切れを狙っている。さっきのラリーでわかったわ」



 確かにさっきのボレー合戦は今までと違った。蒼葛は全くサポートに回らなかったし、高橋幸も俺が打ち返せるくらいのボレーのみ。



「次のゲーム、長期戦に持ち込まれるわ。気を付けて」



 紅玉からの注意に俺は身構える。



「ゲームカウント1―1、ファイナルゲ―ム」



 ファイナルゲーム、信介とやった時は特殊ルールだったけど、今回はちゃんとした公式ルールだ。7ポイントを先に取った方の勝ち。サーブ権は2ポイントごとに相手に移る。



 まずは蒼葛からのサーブだ。

 剛速球のサーブを紅玉がクロスで打ち返す。狙われている俺は集中砲火を受ける前提でボレーを構える。



「おらよ!」



 やっぱり俺を狙ってきた。しかも前のゲームから対策してきたようで蒼葛は『(あま)誘引(ゆういん)』を出していない。だから回転をかけたボールによるタイミングのずらしも通用しない。



 蒼葛のいない右サイドへ返す。しかし読まれ、後ろへ下がっていた高橋幸にまた打たれた。

 全てのボールが俺に向かってくる。ヤバい、だんだん手首が痛くなってきた、力も入らなくなってきた。



「打たなくていいわ。スルーして」



 紅玉の声が真後ろから聞こえる。

 だけど紅玉が打ち返しても今度は手薄になった右サイドへ打たれてしまい、紅玉が左右へ走し回ることになってしまう。



 ダメだ。それじゃあ紅玉の体力が削られる。俺だけになったらそれこそ勝機はない。紅玉にしか勝つチャンスはない。



「俺が打つ! 心配はない!」



 強がってわざわざ紅玉の前に来てボールを拾う。

 しかし無謀(むぼう)だった。そこから体力が切れ初め、ボールにキレがなくなる。いくら打ち返しても、ヘナヘナのボールでは簡単に返される。

 結果、3ポイントも取られてしまった。



「はあ、はあ、はあ……」



 マズい。このままだと俺のせいで負ける。もうマジックテニスができなくなってしまう。



「良いところまでいったけど、ダメかあ」

「やっぱりあの1年が足手まといだったな」

「アイツ魔法知って3カ月なんだろ。ここまでやれたらすげえ方だって」



 東法からの無神経な会話が聞こえる。チェンジコートで東法側にいるから余計耳に入ってしまう。

 でも事実だから言い返すことはできない。ここは甘んじて受け入れるしかない。



「フ、やっぱりお前は紅玉のペアにはふさわしくなかったな」



 蒼葛が侮辱(ぶじょく)の笑みを浮かべる。

 それに口を開いたのは高橋幸だった。



「小物……」

「うるせえ! 弱点を突くのはスポーツでは常識だろうが!」



 ……なんのコントをしてるんだ、あの2人?



「0―3」

「……」



 あれ? サーブが来ないな?

 声の主の方を見る。

 その瞬間、相手のコートで大きな土煙が飛んだ。



「……はや」



 何があったのかはすぐにわかった。マジックテニスを初めて見た時を思い出す。

 天河のロケットサーブが放たれたのだ。今までにない速度で。

 レシーブするはずだった高橋幸も反応できずに棒立ちし目を大きく開いてしまっている。



「ねえ……」



 重い圧が背中にかかる。

 紅玉、間違いなく怒ってる。額に血管を浮かばせて、今にも暴れそうなくらいに。



「私怒ってるわよ。何が足手まといよ。どいつもこいつもあなたより弱いくせに」

「紅玉……」



 そんなことはない、とはとても言い返せなかった。紅玉の顔があまりにも真剣だったから。



「あなたは足手まといなんかじゃない。あなたは誰よりも強い。それをここで思い知らせてやりましょう」



 ……わかってるような顔しやがって。ついこの前まで気遣いの一つもできなかったくせに。



「ああ、そうだな。やってやろう」



 スポーツは実力主義。勝った奴が正義だ。紅玉の言う通り、勝ってみんなに思い知らせてやろう。



「ス、3―1」



「こっからは私も全開よ。体力なんて考えずに最速でポイントを取ることに全ての神経を使う」



 俺たち側のコートが赤く光りだした。紅玉が『火蛇(かじゃ)石茲(せきじ)』を出した。



「行くわよ」

「ああ」



 サーブ権は相手に移った。でも高橋幸のサーブなら返せる。ここから逆転してやる。

 流れが完全に変わり、紅玉のペースになった。



「はあッ!」



 レシーブのあとは、紅玉と蒼葛の凄まじいラリーの応酬(おうしゅう)

 速い! さっきの倍は速い! もうラケットに当たるボールの音がするだけで、ボール本体は白い線になってほとんど見えない。



 でも俺の方には来ない。俺の方に打てば決められるだろうに、蒼葛は打ってこない。

 多分、相手も速すぎて俺を狙う暇がないんだ。完全に紅玉との一騎打ち。

 しばらくするとボールは相手コートの壁に当たっていて、いつの間にか俺たちのポイントになっていた。



「やったわ! この調子でいくわよ!」

「あ、ああ!」



 3―2。



「おらあ!」



 3―3。

 2ポイント連続で取った。勢いは俺のサーブの時でも止まらない。



「はあッ!」



 4―3。

 5―3。



 凄い。紅玉だけでもう勝ててしまうんじゃないか、それぐらいの強さだ。

 でも体力は永遠には続かない。紅玉にも疲労が見え始める。息が切れ、あと何秒走り続けられるかのレベルだ。



 俺がサポートしなくちゃいけない。あと2ポイントを取るために。

 ラリーの中、一瞬だが紅玉が苦悶(くもん)の表情を浮かべる。



 腕の方に限界が来てる。このまま連続で打たせたらダメだ。

 2人の間に入り込み、ボールを思い切り真上に高く打ち上げる。相手がジャンプで追いつけないように、紅玉に少しでも休める時間を与えるために。



「紅玉、今のうちに少しでも——」



 言い終わる前に自分の判断が間違っていたことを思い知らされる。

 目の前にいるはずの蒼葛がいなくなっていた。まさかと思い見上げると、すでにボールの前にアイツはいた。



 俺が間に入った瞬間に紅玉を休ませるためにロブで返すことを読んだんだ。

 まだ上がりきっていない。ボールとの距離は5メートルあるかないか。



 蒼葛のスマッシュ⁉ しかも至近距離! これじゃあ一度バウンドさせてから打つことはできない。かといってあのスピードをかわすこともできない。紅玉も俺の真後ろ、俺が避けないとサポートに入ることはできないだろう。

 マズい、渾身(こんしん)の力で堪えないと——。



「無駄だッ‼」



 ラケットにボールが触れた瞬間、俺の体は後ろへまっすぐに飛んだ。



「がはッ⁉」



 壁に背中から強打したことで意識が遠のいていく。

 ぼやけた視界では、まだ紅玉がラリーを続けていた。

 返すことはできていたのか……でも、俺はもう……。

 (まぶた)が閉じていく。ちくしょう、ここまで来たのに……。


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