神試合(1)
「さあ、いくぜえ」
蒼葛がボールを頭上に上げる。
この前は紅玉がサーブだったから見れなかった。現高校全国1位のサーブはどれほどのものなのか。
ラケットにボールが当たる。その瞬間、凄まじい衝撃波とともにボールがサービスエリアへ打たれた。
はやっ⁉ でも、見える!
紅玉のサーブで目が慣れてたのか? 俺でも打ち返せる気がする。
合宿での練習は意味があったんだ。良かった。
俺が見えるということは当然紅玉だって見えている。紅玉は蒼葛に向かって打ち返した。
申し分ない速さだが、取られるに決まってる。前衛として、俺があのゴリラへプレッシャーをかけないと。
「お手並み拝見だ!」
蒼葛の鋭いトップスピン。狙いは俺!
落ち着け。足に力を入れてしっかりラケットを握れば返せない球はない。
「ぐッ‼」
手に伝わる衝撃とともにボールは上へ飛んで行った。
返せた……打ち返せた! でも威力が強すぎてラケットが後ろへ飛びそうだ!
逆クロスへ打ち返すつもりだったのにストレートでほぼ真上に飛んでいる。
ストロークでこれ……ならサーブの時は紅玉はどれほどの……。
「もらいっ!」
驚愕する時間は与えられない。体勢を立て直せていないのに、いつの間にかネット前に来た蒼葛からの容赦ないもう1球が襲ってきた。
「はあッ!」
俺の前に現れた紅玉が逆クロスのボレーで返す。
紅玉が前に来たなら俺は逆サイドへ行かなきゃ。ダブル前衛によるネットプレーで攻める。
ポジションについた時、同時に蒼葛もボールに追いついて紅玉へ返す。
紅玉はボレーで返すと、蒼葛はそれをまたボレーで返した。
紅玉と蒼葛のネット際の高速ラリー。
「どっちも化け物かよ。なんだあのラリー」
ギャラリーがそう呟くのも無理はない。10発のやり取りがわずか1秒の間でおこなわれている。もはや人の動きじゃない。
「そこだ!」
紅玉の一瞬の隙を突いた蒼葛は、左サイドのベースライン上に打ち返した。俺たちは追いつくことができず、相手側の1ポイント先取。
悔しくはあるけど、俺には希望にも見えた。1週間前は勝つ見込みなんか全くなかったのに。
勝てる。それが頭の中で何度もこだまする。
「……正直、驚いている。この前とは別人のようだ。この短期間で格段に技術が上がっている」
蒼葛からの惜しみない賞賛。
「なあ幸。お前もそう思うだろ?」
「……手を抜いたら負ける」
「わかってる」
次は俺のレシーブか。
「1―0」
大丈夫。さっきので蒼葛の球の速度はわかった。俺でも取れる。
蒼葛がボールを上げた。よく見ろ。集中するんだ。
「無駄だ」
蒼葛のその言葉とともに、頭上にあったボールはいつの間にか俺の真横を通過していた。
「……は?」
見えなかった……見えなかった見えなかった! 軌道すら追えなかった! 明らかに紅玉に打っていた時より速い!
「やられたわね」
紅玉の言葉で自分がはめられたことを理解する。
あのゴリラ、最初のサーブは手を抜いてやがった。
「何をそんなに驚いてる? 最初から全力を出さないのは基本中の基本だろ」
「アイツ……」
鼻の下を伸ばして本当にゴリラみたいになりやがって。
「落ち着いて。大丈夫よ。次取れば問題ないんだから」
「ああ、わかってる」
深呼吸をして心を落ち着かせる。
そうだ。取れればいいんだ。あとは打ち返し続ければ勝てる。
「2―0」
今度は高橋幸のサーブか。俺と同じ1年、そしてマジックテニスを始めたのも同じで高校に入学してから。
それで全国1位とペアになっているのだからスピード出世だ。でも俺だって今だけは同じ。紅玉という2年連続1位の猛者とペアになっている。恐れることはない。
「……いく」
高橋幸がサーブを打った。
速いけど、予想通り蒼葛ほどの速度はない。
紅玉は軽々とクロスで打ち返すと、高橋幸は前に出ながら俺へ打って来る。
ここでまた高橋幸に返せば痛い反撃をもらう可能性がある。俺は逆クロスで蒼葛へ。
「ほらよっ! もう1回喰らいな!」
また俺を狙ってきた。明らかにこっちの弱点をついてきてるな。
大丈夫。今度はちゃんと返せる。もう威力はわかってるんだ。
グリップを両手で握りしめ、また逆クロスでボレー。今度はネットすれすれのほぼ真横の軌道。
反動も相まってとんでもない速度。蒼葛は取ろうと前に出る。
でも無駄だ。どれだけ体を強化していようと、これは追いつけない。どうしても届かない。
「……『甘の誘引』」
蒼葛が何かを呟いた。すると、俺の打ち返したボールがバウンドした途端ベースラインへ、つまり蒼葛の方へ軌道を変えた。
俺は回転をかけていない。だから軌道が変わるはずがない。
「おらよッ!」
ボールに追いついた蒼葛は俺と紅玉の間のセンターへ返してきた。俺も紅玉も動けず、またポイントを取られた。
「……出たわね」
「ボールの軌道があり得ない方向へ変わった。あれがお前の言ってた蒼葛の魔法か」
『甘の誘引』……コート内でバウンドしたボールを自らに引き寄せることができる魔法。かつて紅玉を敗北へ導いた。
「あれが出た以上、こっちのボールはほとんどあの男の方にしか跳ねなくなるわ」
「高橋幸の方へ打ってもダメか? さすがに引き寄せるにも限界はあるだろ?」
「確かにあるわ。でもその場合、前衛とサイドラインの小さな隙間を狙わないといけなくなる。当然相手もそれはわかっているから、そこだけ守りも硬くしてるはずよ。それに、あの魔法は私のと違って他人にも掛けられるから、浅く打てば絶対に返されるわ」
死角は無し。どこに打っても返されてしまうのか。
なら相手のミスを狙った粘り強く返す戦い方しかないけど、相手が相手ゆえにミスなんて何度も続かない。それにそういう戦い方は長期戦になり体力と魔力がいる。俺は体力には自信があるけど、魔力はまだ全然だ。
抜け穴がない。この状況、打開する方法があるのだろうか。
「……ちょっと耳を貸しなさい」
人差し指で手招きしてきたので、顔を近づける。
「次のポイント、取られてもいいからアイツを——」
俺は紅玉から次の作戦を聞かされた。
「3―0」
「……ゴー、トゥー、ヘル」」
高橋幸がサーブを打つ。俺はレシーブで逆クロスで返すと、また前に出ながら高橋幸は俺に返した。
さっきと全く同じ展開。だが、今度は反撃を承知で高橋幸へまた返す。
「ホイッ」
ストレートに鋭いボレーで高橋幸が返してくる。それに紅玉は追いつき、また高橋幸へ。
しつこく同じ相手に返すが、相手も当然それを察知する。裏をつかれ、左サイドギリギリに打たれたボールを、俺は返せなかった。
相手の1ゲーム先取。しかもこちらは1ポイントも取れていない。
「ああ、やっぱりダメかあ」
俺たち側のギャラリーは、信介以外がもう負けたような雰囲気だった。
「お疲れ。ひとまずこれ飲め」
信介が冷えたスポーツドリンクをくれたのでそれを3分の1ほど喉に通す。
「あなた、次わかってるわね?」
「ああ」
「え? なにが?」
わかっていない信介を置いておいて、紅玉と次の作戦に移る。




