欠けているもの
6日経ち、東法との合同練習の日が来た。
昨日はできるだけ練習の疲れを残さないよう早めに寝たのだが、早すぎたためか朝4時という朝日が出ようとしている時間に起きてしまった。
二度寝をしようか考えていた時に、外からラケットでボールを打つ音が聞こえてきたのでカーテンを開ける。
予想通りテニスコートで紅玉が1人でサーブ練習をしていた。
まだみんな起きていないので静かにジャージに着替えてから俺もテニスコートに入る。
「お前よ、今日ぐらいは早起きせずにゆっくりしたらどうだ? 合同練習の時にバテるぞ」
重い瞼をなんとか開き手で擦る。
慣れない早寝早起きで早速体が重たくなった。
ベースラインに立って魔法無しでサーブ練習をする紅玉は全く眠そうじゃない。凛としている立ち姿が絶好調だと伝えている。
俺は隣で打たれるボールと紅玉を交互に見る。
「マジックテニスの練習をした方がいいんじゃないか? 時間がないぞ?」
「先に魔法無しでテニスをするのがルーティンなのよ。いつもの動きをした方がいいでしょ」
「まあ、そうだな」
ルーティンとはとても重要なもので、集中力を高めるために必要なことでもある。
ラファエル・ナダルというテニスプレイヤーは、集中力を高めるためにペットボトルを置く時はラベルの方向まで調整しているぐらいだ。
「あんま入ってないな」
魔法有りだと百発百中なのに、魔法無しだと10回中3回程度しかサービスエリアに入っていなかった。
スピードも全くない。
前に自分で魔法無しのテニスの才能はないと言っていたが、その通りらしい。
「ボサッと見てないであなたも練習したら? それかもう少し眠ったら?」
「フォームは合ってるんだよな。あとは打点じゃないか?」
「え?」
俺はボールを一球手に取り、紅玉の横に立つ。
トスをして、いつもの感覚でサーブを打った。
「ほら、お前は打点が体に寄りすぎなんだよ」
紅玉よりも速く、サービスエリアの中心に入ったボールは、フェンスへコロコロと転がっていく。
紅玉はサービスエリアにできたボールの跡をジッと見ていた。
「誘導魔法ならどんな打ち方をしてもいいんだろうけど、ソフトテニスではフォームだけ合ってればいいわけじゃないんだぜ」
最初に覚えるべきはフォームなのだろうが、それだけじゃ相手コートに入れるのも難しい。
トスする位置、体の向き、力の入れ方、ボールとラケットが当たる場所……。
サーブだけでもトスしてから打つまでに意識しなければいけないことがいくつもある。
1つずつ習得していき、全てを身に着け、やっと試合で使えるサーブになるのだ。
しかもそれは終わりではない、そこから磨いていかなければ試合では通じない。
「……奥が深いスポーツよね、テニスって」
紅玉の言う通りだ。
奥が深いからテニスは面白いのだ。
「……こうかしら?」
「もうちょっと擦る感じでラケットを振ってみた方がいいんじゃないか?」
珍しく俺が教える側になっていた。
30分ほど指導すると、4割ほど入る程度にはなった気がする。
あまり際立った成長は見れなかったが、紅玉は満足そうな顔をしていた。
「なら、今度は私が教えてあげるわ」
「なんだ、弾丸サーブの打ち方でも教えてくれるのか?」
「今のあなたがあれをやったら腕ごと飛ぶからやめておきなさい」
怖え。サーブで腕が飛ぶってどんな力で打ってるんだよ。
「まだ時期は早いけど誘導魔法を試してみましょう」
この合宿期間中、俺は誘導魔法の練習はしていない。
単純に魔力量が足りないのと今の俺が習得できても付け焼刃にしかならないと紅玉や信介から言われたからだ。
俺がやると口にする前に紅玉はネットを超えて反対のコートに行ってしまった。
センターマーク(ベースラインの中央に引かれた垂直線)の位置につくと足で砂を払い丸い印をつけた。
「ここを狙いなさい。誘導魔法のコツはボールを生き物だと思うことよ。そして狙いたい場所に行くようラケットからボールへ命令を伝達させるの」
前に信介から聞いた誘導魔法の仕組みは単純だった。
打ちたいところをロックオン⇨ロックオンしたところへ行けとラケットからボールへ伝達。
それが誘導魔法。
しかし何度か試したが、何も起こらなかった。ただ、ボールが飛んでいくだけ。
けど何故だろう……。
今ならできる、という予感があった。
ラケットに魔力を流すのは信介との練習でもやった。でもそこからさらにボールへ流すのはできたことがない。ましてや、そこへさらに狙った場所へ行くよう誘導させるなんて、不可能に近い。
躊躇いもなく、俺はボールを真上に投げた。ボールは俺の右横でバウンドし胸まで上がった。
「ボールは生き物……」
口ずさみながら俺はラケットに魔力を流す。そしていつものフォームではなく、ソフトテニスのフォームで力一杯に打った。
今までにない速さで飛んだボールはセンターマークへ近づくにつれ地面へ向かった。
しかしセンターマークへは当たらず、紅玉の左横を通り過ぎフェンスへ激突した。
「クソッ、ダメだったか」
できそうな気がしていたから、余計に悔しい。
「いいえ、ボールの軌道は変わった。成功よ」
「でもセンターマークには当たらなかっただろ」
「それはあなたが力一杯打ったからよ。誘導魔法にも練度がある。ボールの威力が強ければ強いほど、それに比例して誘導魔法も強くしないといけないのよ」
つまり今のは誘導はできていたが、誘導よりもボールの威力が強すぎて曲がり切れなかったということらしい。
「じゃあみんな、誘導できる強さでボールを打ってるってことなのか? 本当はもっと速く打てるってこと?」
「そういうことね」
「ちなみに、誘導無しだったら紅玉のサーブはどんだけ速いんだ?」
「私は誘導があってもなくても同じ速さよ。むしろもっと速くても誘導できる自信があるわ」
しかし紅玉はそのことに胸を張るようなことはせず、薄く眉間にしわを寄せながら自分のラケットを見た。
「ただ、どうしてもそれ以上の速さが出ないのよ。単純に強化の魔法がまだ成長途中なのもあるけれど、今の私の実力を100%引き出せている気がしない」
足りないピースがある、という意味が含まれた言い方に聞こえた。
今でも十分に強いのに、まだ足りない部分があるようには見えない。
初心者の俺にはわからない悩みなのだろう。
「もう一回試してみたら? 次は弱く打てばちゃんと狙ったところへ行くはずよ」
俺は考える。今誘導魔法の技術を手にするためにこれ以上の時間と魔力を掛けるべきなのか。
たった1回だが、それでも4%くらいの魔力が減っている。
「……やっぱり誘導魔法はまだいいや。このあとの試合で魔力切れを起こしたら元も子もないし。俺はお前のフォームでやることにする」
使わないことに労力を割くより、絶対に使うことを今は考えるべきだ。
それに、初めて誘導魔法を使ってみてマジックテニスはつくづくテニスではないと感じさせられた。
ホーミング機能のあるFPSを遊んでいる気分だ。
”狙ったところに打つ”、そのための努力や楽しみがマジックテニスには欠けている。
そのあとは信介たちが起きて朝食を作る午前7時まで基礎的な練習をした。
朝食を食べ終えると、移動用の絨毯を持って校門前へ出た。
信介が一歩前へ出る。
「やることはやった。傍で見てた俺が言うんだから間違いない。それじゃあ行くぞ、決戦の場へ!」
「おおーっ!」
自分を鼓舞するように叫ぶと、横から部長が言った。
「あの、これ一応合同練習なんだけど……」
……そういえばそうだな。
周りがシーンとなり、さっきまでの勢いがどこかへ行った状態で絨毯に乗って目的地へと向かった。




