ミラーリング
次の日。
墓参りから帰ってきた部員たちが俺と紅玉の練習風景を見て言葉を失っていた。
「前に出てストレートにボレー」
「はいよ!」
「後ろに下がってスマッシュ」
「アチョー!」
まだ3試合目だけど、紅玉の指示のおかげで連携の速度が増している。
いいぞ。あとは本番までに支持なしで動けるようになれば……。
「ちょっと休憩。声出しすぎてのどが渇いたわ」
「ああ、俺も少し休む」
動きながらの指示という慣れないことに疲労が激しいようだ。紅玉が自分から休もうとするのは珍しい。俺もいつもと違う動きをしているせいで息が切れる速度が速い。
コートを出て隣同士で座り、水分補給しながら他の部員の練習を見る。
「指示があるから当然だけど、攻守ともに対応が遅いわ。次はもっと早く動けるよう私と相手の動きを予測しながら動いて」
「これでもかなり考えて動いてるんだけどな。魔法使いってやっぱり凄いな」
どうしたものかと考えていると、信介が満面の笑みで近づいてきた。
「凄いな。一昨日までとはまるっきり動きが違う。昨日何があったんだよぉ?」
まるで酔っぱらいのように肘で小突いてくる。何を想像してるんだコイツ?
「なんにもない。俺が譲っただけだ」
説明してやりたいが、紅玉から厳しく口止めされているため言えない。俺のせいで号泣したなんて言ったら、確実に殺される。すでに隣から俺の後ろ頭を睨んでるのがわかる。見えないのに圧が凄い。
「そうかあ? ホントは二人っきりの時に何かあったんだろ?」
これ以上詮索しないでほしい。俺の命が危ない。
「キスはした?」
耳元で変なことを囁いてきたので髪を掴んでわしゃわしゃしてやる。
「お前のピンク色に染まった脳を赤に染めてやろうか?」
「うお。怖いこと言ってるのに変顔のせいで全然脅しに聞こえない」
変顔してないし。睨んでるだけだし。
あと、どうしてみんな男女の関係に変化があったら恋愛に結び付けようとするのか。俺には全く理解できない。第三者の立場だったら信介と同じことするけど。だって俺関係ないし。
「ところでお2人さん。今対応が遅いとか話してましたね?」
「聞いてたなら少し黙っててくれ。今どうしようか考えてるんだから」
どうしたら紅玉の思った通りのプレーをできるのか。予測といっても簡単にできるものじゃない。
プロは基本相手の動きを予測して動いている。俺もソフトテニスの時はそうしていた。
しかしマジックテニスの場合、まだ魔法を習得して3カ月の俺じゃ体もボールも動きが速すぎて予測する余裕などないのだ。
「実力と経験値の差ね。それにまだお互いのプレースタイルをよく知らないから、動き方がわからなくなるのよ」
その通りだ。これが入部当初からずっと一緒にやってきたなら、3カ月も経てばペアのことは知れる。俺も悟とはそうだった。
全然時間が足りない。あと6日でどうこうできるものではないぞ。
「なら、もう強制的に同じ動きをさせるしかないだろ」
「強制的?」
なんだか嫌な予感がする。
単に真似するなら俺でもわかるのだが、強制的というのが気になる。
「和成は非魔法使いのことをよく知ってるだろ。だったらマリオネットって聞いたことない?」
糸で吊った人形を動かして物語などを見せるやつだったか。
直接見たことはないけど聞いたことはある。
「あれみたいに紅玉と和成を繋げて紅玉の動きを和成にもさせるんだよ」
よくわかっていなかった俺とは反対に、紅玉はすぐに理解して賛成した。
「良い案ね、それ。ミラーリングを掛ければいいだけだし」
「ミラーリング?」
紅玉が何を言っているのか全くわからない。
魔法の名前っぽいけど、どんな魔法なのだろうか。
信介に聞くと、魔法の開発経緯から話してくれた。
「礼儀作法を全く学ばなかったお姫様が茶会で恥をかきたくないっていう理由だけで開発された魔法でよ。この魔法を掛けられた相手は掛けた人間と同じ動きをしちゃうんだよ」
なるほど。その魔法を召使いからにでも掛けてもらって裏で動けばお姫様もシンクロするってことか。
恥をかきたくないという理由だけで1つの魔法を開発させるとは、どれだけ自分勝手なお姫様なのだ。
まあ、引けを取らなそうな人物が近くにいるけど。
「なによ、私の顔に何かついてるのかしら?」
「いや、ちょっと先祖について考えてただけ」
人間の共通の血縁はそれほど離れていないと聞いたことがある。単純に計算したら10世代遡るだけでも1024人の血縁者がいることになる。
魔法使いの人口は1000万人にも満たないと聞くし、もしかしたら紅玉はそのお姫様の子孫なのかもしれない。
「大体はわかった。けど大丈夫なのか? 俺がいきなり紅玉と同じ動きをして、体が壊れたりしないか?」
今まで紅玉の試合は何度も見てるけど、体を強化した俺でもできないような動きをたまにしていたこともある。
人間には個体差で限界があるのに、それ以上の動きをしたら危険ではないのだろうか。
「根性で耐えればいいでしょ」
「無理言うなよ!」
魔法の話をしていたのに、いきなり脳筋な話になった。
「そこは俺に任せろ。俺が魔力を渡せば和成は限界以上の強化の魔法が使えるようになる」
スマホゲームとかで見る、レベルアップによってMPが過剰にある状態のようなものか。
「本当に大丈夫なのか?」
「なに弱気になってるんだよ。こうでもしないと無理な状況くらい和成ならわかるだろ?」
蒼葛との試合まであと6日。体を壊すような気持ちでないと勝てない相手であることはわかっている。
「最初は控えめでやってくれよ。いきなり腕壊れるくらいにラケットを振るとかナシな」
父から聞いたが、医療分野に関しては魔法使いより非魔法使いの方が進んでいるらしい。回復魔法が存在しないからだ。
「私のことをなんだと思ってるのよ。安心しなさい。壊れても先生がなんとかしてくれるはずよ」
「安心できねえ」
それでもやれることはやらなければならないので、信介の練習方法でいくことになった。
「じゃあ掛けるわよ。——『ミラーリング』」
紅玉の手の平から出てきた赤い靄が、俺の体を包み込んだ。
靄はすぐに消えたが、俺の体に特に異常はなかった。
「これで、俺はお前と同じ動きをするようになるのか?」
「私がそう念じればね。基本的にはあなたがしたい動きができるわ」
試しに腕を上下に動かそうとすると、簡単に動いた。
完全な操り人形になるわけではないらしい。
「試しに動かしてあげましょうか。ほら、こうやってラケットを激しく左右に振れば——」
紅玉が両手に持ったラケットを左右に振ると、俺の体も勝手に動き出しラケットを振り始めた。
これ、完全に昔流行ったスポーツゲームのやつじゃねえか!
「アハハ、人形みたいで滑稽ね」
「お前今の自分を鏡で見てみろよ! めっちゃバカな動きしてるから! っていうかもうやめろって。腕が痛くなってきたわ」
「やめてもらいたいなら相応の態度でお願いしなさい。今あなたは私の操り人形なのよ」
紅玉は面白かったのか、そのあともヘンテコな動きをいくつもさせられた。
しかし、俺だけじゃなく紅玉も同じ動きをしなければいけないので、周りからはバカなことをしている男女にしか見えていない。
支配者になったつもりで遊んでいた紅玉も周りの視線に気づくと、笑みが消えて急に冷静になった。
「……練習するわよ」
そう言って足早にテニスコートに向かうが、なんだかからかいたくなったので紅玉に聞こえるくらいの声で囁いた。
「お人形さんは2人いましたー」
すると、激昂した紅玉は顔を赤らめながら俺に向かって走ってきた。
同時に俺の体も紅玉と同じ動きをしてしまう。
前からテニスコートを囲むフェンスが迫ってきた。
「待て待て待て待てぶつかる——⁉」
紅玉よりもフェンスの近くにいた俺は体から激突した。
肉にフェンスが食い込んでめちゃくちゃ痛い。
「アハハ、この私をからかうからそうなるのよ!」
「てめえふざけんじゃねえ! 試合前に怪我したらどうすんだよ!」
睨みつけるが、紅玉に動じる様子はない。
それを見ていた信介は呆れた声で言った。
「おいお前ら、さっさと練習しろって」
なんとか冷静になった俺たちは練習に入った。
ミラーリングを使った練習は、体が壊れそうなほど過酷だが思った以上に効果があった。
俺が紅玉と同じ動きをする、こう聞いた時は練習になるのか不安だった。
だけど意味の捉え方を変えればすぐにわかることだった。
要は、紅玉が俺を操るという考え方をすればいいのだ。
俺がゲームのキャラクター、紅玉がコントローラーを握るプレイヤーとする。
キャラクターとはプレイヤーが意のままに操る、いわばゲーム内でのプレイヤーの分身。キャラクターの動きはプレイヤーがしたい動き。
紅玉がミラーリングを使って俺にしてほしい動きをさせる。そうすることで俺は紅玉のしてほしいことを理解できるようになる。
口で指示を受けるよりも速く、確実に紅玉のプレースタイルを学習できる練習方法だった。
これは魔法無しのテニスにも欲しいダブルスの練習方法だ。これがあったら、俺と悟はソフトテニスで全国優勝できていたかもしれない。
また、ミラーリングの練習効果は”ペアとリズムを合わせられるようになる”だけじゃなかった。
気づいたのは練習を始めて3日目。練習の成果を試すためにミラーリング無しで紅玉と試合をした時だった。相手は信介と部長のペア。
紅玉の弾丸サーブを信介が上手くレシーブできず俺の頭上に着た時。俺はそこでジャンプスマッシュをした。ミラーリング有りの時もそうだったので、紅玉がしてほしい動きとしては間違っていない。
ベースラインにいる信介の少し左の位置に向かって打つ。しかし点を取るためではなく、あくまで態勢を崩して紅玉が決める隙を作るため。
俺の弱いボールではたとえスマッシュでも正面からでは取られてしまう。ましてやラケットに当たって返せないことなどなかった。
でもこの時は違った。
信介は焦る素振りを見せることなく打ち返したのだが、ボールはネットに当たり信介側のコートでバウンドした。
「……調子悪いのか、信介?」
信介らしくないミスに俺は聞いたが、信介は首を横に振った。そしてすぐに返してきた。
「お前が強くなってるんだよ」
その言葉の意味がよくわからなかった。
「いつも通りの力加減で返した。でも押し返されたんだよ。和成のボールが鋭くなってるんだ」
俺としてはそんな実感が全くなかった。
魔力量が格段に上がっているわけではないし、強化の魔法もいつも通り。
試合を中断し信介に変化が感じないと伝えると、信介は少し考えたあと答えを導き出した。
「紅玉のフォームのせいか」
「は? 私?」
「お前テニスのフォームを真似して打ってるだろ。和成も紅玉とほとんど同じフォームだ。マジックテニスでは誘導魔法があるからフォームは重要視されない。でも和成は誘導魔法も使えない初心者。弱い強化の魔法しか使えないからこそ、きちんとしたフォームを加えるだけで成長できるんだ。だから紅玉と同じ動きをしたことで紅玉のフォームを再現できるようになって、ボールが鋭くなった」
長い解説をされてよくわからなかったが、要は俺が紅玉のフォームで打てるようになったことが強いボールを打てるようになった原因らしい。
また、この効果は俺が魔法使いとして赤ん坊レベルで、未熟な強化の魔法しか使えないからこそできることらしい。
「良かったな和成」
「喜んでいいのか、これ?」
正直バカにされている気もする。
俺が未熟だからこそ起こったことだから。
「成長は成長だ。お前だけの武器なんだよ、それは」
俺だけの……。
正直、複雑だった。
所詮はソフトテニスへの未練から真似したフォーム。
マジックテニスというテニスに似ているだけのスポーツで通用しても素直には喜べない。
これが本当のテニスだったらと考えてしまう。
それでも俺にはこれしかない以上、やるしかない。
そう胸の内に想いを抑え込み、練習を続けた。




