輝くためには
1人で蒼葛との試合のことを考えながら壁打ちをしていたら、いつの間にか夕方になっていた。そしてようやく紅玉が姿を現したので俺からダブルス形式で壁打ちの練習をしようと誘うと、紅玉は無言でコートに立った。
紅玉の力のないサーブから始まる。跳ね返ったボールを俺がボレーで返したあと、紅玉の方に跳ねたのでそれを紅玉はトップスピンで返す。
無言。とてもペアで練習してるとは思えない。でも話すほど紅玉は練習に身が入ってない。
壁に跳ねたボールがセンターラインへ。俺が中央辺りにいたのでバックハンドで返そうとしたら、後ろから入り込んだ紅玉にトップスピンで返された。
ボールは左サイドへ跳ねるが、俺は移動途中だったので当然追いつけず、2バウンド。
「……」
当たり前だけど、リズムが合わない。
「おい、そっちにボール転がったぞ」
しかし紅玉は動かず、俺がわざわざ紅玉の横に来てボールを拾う。
なんだこれ、ガキのおもりかよ。
考えないようにはしてたけど、不満がだんだんと溜まってくる。
事の発端は俺だけど、勝たないとマジックテニスができなくなるのは紅玉だ。なのにアイツは、一歩譲ることさえしてくれない。全部自分本位。
一生懸命やるのがバカバカしく思えてくる。いっそ負けていなくなってくれた方が……ってバカな考えも浮かぶ。
そのあと10球ぐらいやったけど全然リズムが合わず、俺もボールを拾いたくなくなるほどやる気が失ったためやめた。
「なあ紅玉、もうちょっと俺に合わせようとしてくれよ。別に全部じゃなくていいからさ」
「強い方に合わせた方が良いに決まってるでしょ」
それは実力差がそこまで開いてない時の話だ、って言いたいけど、自分が弱いみたいなので別の言い方で返す。
「そりゃそうだけど。ペアをもう少し頼ってくれ」
「ならもっと早く動きなさいよ。ノロマ」
……。
「ダブルスなんだからさ、役割分担っていうのがあるだろうが。そうじゃないと勝てるもんも勝てないぞ」
「私1人で充分よ」
「そんなわけないだろ。朝の件で実力差はもうわかっただろ。相手は俺たちのコンディションを完璧に仕上げても勝てそうにない相手なんだぞ。いつまでもそんな強がり言ってないでもう少し——」
「わかってるわよそんなこといちいち言われなくてもッ!」
怒りに任せラケットが叩きつけられる。
跳ねたラケットは大きく歪み、コートの外を出て行った。
なんでお前が怒ってるんだよ。俺が怒りたい気分なのに。
「お前が弱いのが悪いのよ! 魔力も魔法も大したことない! 初心者! 役立たずよ!」
「だからなんとかついていこうとしてるんだろ! だからお前も少しは合わせてくれって言ってんだよ! ダブルスはペア同士の連携が大事なんだよ! いつまでも一匹狼気取りやがってこのバカ女!」
「バカですって⁉」
「ああバカだよ! 大体な、高校生にもなって自分の思い通りにいかないだけで周りにあたるなよ! 蒼葛が先に卒業したから全国1位になっただけのくせに偉そうにするな!」
「……」
慌てて口を閉じるが、もう遅い。
何を言ってるんだ俺は……。
周りに不満をぶつけてたのは俺だって同じなのに。
全国の舞台に行くだけでもどれだけの努力が必要なのか知っているのに。
「わるい……今のは言い過ぎた」
すぐに謝るが、紅玉は何も言わず歪んだラケットを拾ってコートを出た。追おうにも何を言ってやればいいかわからず足が動かなかった。
さすがに傷ついてそのまま帰ってしまうのかと思ったら、倉庫にあるボールが大量に入ったカゴを持ってきて、ベースラインに立った。ラケットが元に戻っていて、倉庫にいる間に直したのだろう。
ボール1球を手に取ると、そのまま頭上へトスをした。
「死ねえ!」
「っ!」
打ってきたのは、魔法無しの普通のサーブ。でも速度はあるのでまともに当たれば痛い。
当たった部分が少し赤くなっている。
「おい、危ないだろ!」
だが紅玉は手を止めず何度もサーブで俺を狙ってくる。
「うるさい! 私1人で勝てばいいんだから! お前が怪我しようが関係ないわよ!」
「ちょ、マジでやめろって!」
エスカレートしていき、一気に3球も打ってきた。
「私1人で勝てるんだから!」
「無理に決まってんだろ! 相手を考えろって!」
まだそんな強がり言ってんのかよ。
「はあ、はあ、はあ……」
ボールが来なくなった。やっとカゴからボールがなくなったらしい。
「おい、そんなムキになるなって」
「なってないわよ! 私は紅玉天河。お前なんかとは比べものにならないほど経験を積んできた魔法使いよ!」
震えた腕でラケットを俺の方へ突き出す。
「私とお前は違う! 私1人でだって勝てる! 勝ってみせる!」
「んなわけ——」
「できるわよ、私1人でだって勝てるはずよ! さっきだって惜しかったんだから!」
あんな一方的に負けてどこにも惜しい部分なんかない。
なにらしくない言い訳をしてるんだこの女は。
「なあ、俺の話をき——」
「勝てるわよ、私だけで…………私1人で、勝てるもん…………」
「……なら、なんで泣いてんだよ」
大粒の涙が次々と落ちていく。それを紅玉は両手で拭うが、止まらないためずっと手が顔から離れない。
「泣いてないわよ……お前の助けなんて、いらないんだから……」
声まで枯れてきた。足から力が抜けたように、その場でしゃがみ込んでしまった。
溜まっていた怒りがどこかに行ってしまう。何やってんだろうな、俺。
身の危険はあるが、ネットを越えて紅玉の後ろへ回り背中をさする。
「やめなさいよ」
左手で払われたので、仕方なく一度コートを出てバッグから水筒を取り出し紅玉の前に差し出した。
「まだ口付けてない方のだから、飲めよ」
泣いてのどが渇いていたのだろう。紅玉は拒否することなく受け取ってグビグビと飲み始めた。
目元を赤くして、まるでミルクを飲む泣きつかれた赤ん坊だ。
「甘い……」
「文句言うなよ。スポーツドリンクだぞそれ」
これがダメならお前はいつも何で塩分補給してるんだ。
なんだかドッと疲れたので俺もその場に座る。
隣に座ったことに怒鳴られるかと思ったが、何も言ってこない。
「悪かったよ。本当に後悔するぐらい言い過ぎた」
言って良いことと悪いことがあるのは身をもってよく知ってる。今回のは言っちゃいけないことだった。
「……別に、気にしてないわよ。慣れてるから」
「なら泣かないだろ」
「うっさい」
紅玉が落ち着くまで無言で落ちていく夕陽を見た。だんだんと空が暗くなり、練習時間が終わる。
もう校舎に戻ろうかと思い始めた時、紅玉が意外なことを言ってくる。
「お前が羨ましい。ソフトテニスの才能があるお前が」
「バカにしてるのか? お前の方があるだろ」
まだ皮肉を言える元気があることにため息が出る。
「私のはマジックテニスの才能よ。お前とは違う」
なんのことだかさっぱりわからない。紅玉は何を言いたいんだ?
マジックテニスの才能がある、それなら良いことじゃないか。どこにも俺を羨む部分などない。
「本当はテニスがしたかったの。魔法を使わない普通のテニス。だけどお父さんが反対したから、仕方なくマジックテニスをすることにした」
紅玉は自分の過去を話してくれた。
紅玉は小学6年生の時に初めて非魔法使いのテニスを見て、その美しさに魅了されたらしい。だけど父親は非魔法使いのスポーツということで反対。紅玉は諦めきれず、マジックテニスをすることを選んだ。そしたら、自分には類まれなる才能があったらしく、次々と大会で結果を残してしまった。
通常、才能があり勝てるスポーツというのは好きになりはまっていくもの。だけど紅玉の場合は『テニスの代わり』だったので、そこまで好きにはなれなかったらしい。俺と同じく、マジックテニスの魔法による力任せで暴力的な部分が嫌いだったのだ。
ではなぜマジックテニスを続けているのか?
それは才能があったからだ。
「才能は活かせる場所でないと宝の持ち腐れ。私はここでしか輝けない。だから続けるしかないの。酷い話よね。好きなテニスには全く才能がないのに、嫌いなテニスには才能が充分すぎるほどあった。私だって、最初は全国1位になるとは思ってなかったわよ」
なんで紅玉がこんな弱小部に入ってるのかよくわかった。紅玉にとって、マジックテニスは才能を活かせる場でしかない。だからどんな環境だろうと構わないんだ。
「もう嫌だ。やりたいこともできないし、やりたくないことで勝ち続けなきゃいけない。こんなの、魔法使いの人生じゃない」
俯き、顔を隠し、また泣き出す。
圧倒的な実力、それを引き出す頭脳。誰もが羨ましがる才能がこの毒舌姫、いや宝石にはある。だけどそれを本人は望んでおらず、欲しいのは同じ名前を持つ似て非なるものの才能。
大人が子供サイズの三輪車の才能が欲しているようなものだ。普通なら、”舐めてんのか”って怒りたくなる。より高みへの才能があるのに、低い方の頂点を目指そうとするなって怒鳴りたくなる。
今俺がそれを口に出せないのは、横にいる彼女の俺に対する嫉妬に親近感を持ってしまったからだろう。
「俺もさ、自分の人生が呪われていると思ってるよ。中学ではソフトテニスで全国2位まで行って、高校生になったらもっと練習して次は全国1位になるはずだった。でも偶然魔法に覚醒したせいで、今までの練習と仲間を全て失うことになった。才能を活かせる場所を、奪われたんだ。で、今やってるのは、マジックテニスって言うソフトテニスの代わり」
代わり、とは言うが、その言葉自体に不満はない。
マメができた自分の手の平を見つめる。
魔法学校に入学する直前は、また手の平がこんな風になるとは思っていなかった。下校時間まで毎日のように汗でジャージを濡らすことになるとは考えもしなかった。
俺は、マジックテニスというスポーツに熱を持ち始めている。
テニスをしているつもりはないのにマジックテニスはテニスじゃない、とはっきりとは否定できなくなっている。
俺にとってテニスとは何なのか、わからなくなっている。
「……知ってたわよ、そんなこと」
「え?」
「テニス関連の情報は、軟式も硬式も、年齢問わず集めてた。お前がソフトテニスの実力者だってことは知ってた。だからお前がこの部に来た時は、腹が立ったわ。私ができないことに才能があるくせに、唯一の才能であるマジックテニスでも劣等感を感じさせるつもりなのかって」
……もしかしたら、入部した日の自己紹介で紅玉が俺に辛く当たってきたのはそれが理由なのかもしれない。
基本的に誰にでも毒舌を吐く紅玉だが、マジックテニスに関しては相手の実力を見てからでしか吐かなかった。それなのに俺に対しては、何も知らないのに突然冷たい言葉を吐いてきた。
紅玉から見れば、俺は邪魔者だったのだ。
「練習を見たら、お前にはマジックテニスの才能がないのはすぐにわかった。良い気味だと思ったわ。でも、それ以上に同情もした。才能がなくなって、どうすればいいのかわからない顔になってたから」
紅玉は両膝を胸に寄せて縮こまった。
「なんだか自分の未来を見てるようだった。テニスへの未練でマジックテニスに身が入らなくなって、何の結果も残せず終わる、そんな未来を」
実際、父親に指摘されるくらい、紅玉はマジックテニスに身が入っていなかった。
蒼葛に言われるくらい、成長が止まっていた。
部活前の魔法無しのラリーとか、部活が終わったあとに魔法無しでサーブしてたのも、非魔法使いのテニスへの未練からなのだろう。
「だからお前には負けてほしくなかった。気に入らなかったけど、マジックテニスをやめてほしくなかった。雑誌、ちゃんと読んでくれたようで安心したわ」
「は? あの雑誌、お前のものなのかよ!」
紅玉は俯きながらコクっと頷いた。
「じゃあラケットくれたのもお前?」
「あれはテニスバカが置いてったものよ。私はあとから雑誌を置いただけ」
まさか紅玉に励まされていたとは思ってもみなかった。
「私が躓きそうになった時は、あの雑誌でいつも励まされてたから」
紅玉の耳が赤くなっていく。
なんだ、雑誌も信介の仕業かと思ったが違ったのか。
まあよく考えたら、あのマジックテニスバカが俺の気持ちを汲み取って雑誌を渡すなんて洒落たことするわけないか。
「そっか、あの雑誌は紅玉のだったのか……」
意外と周りを見てるんだな、このお姫様は。
「礼を言うよ。とても助かった。ありがとう」
「何よいきなり。お礼を言われるようなことでもないわ」
いや、自分の身の振り方を決めるきっかけになった。紅玉の言う通り才能はないけど、マジックテニスを続ける。この学校に来ていろんなことに押しつぶされたけど、1つぐらいは卒業まで続けてやろうと思うものができた。弱い自分に負けるわけにはいかない。
そして、これも決めた。
俺は立ち上がって宣言する。
「俺今度の試合で負けたら、お前と同じようにマジックテニスやめるわ」
「なによそれ? 別にお前まで付き合わなくてもいいでしょ」
「その方がより本気になれるだろ」
そうだ、最後まで続けたいからこそ、今度の勝負で人質に取られてもらうんだ。
「……バカね。普通、他人のためにそこまでしないわ」
紅玉も立ち上がる。同時に夕日が完全に沈んだ。
「あなたに合わせるわ。それでなんとかなるでしょ」
「いや、お前が指示しろ。俺がそれに全力で応える。強い方に合わせた方が勝率も成長速度も上がる。勝とうぜ」
右手を差し出す。
お互いに気遣うという安定した戦略で戦うつもりだったけど、それじゃあ蒼葛相手では話にもならない。励ましてくれたお礼だ。紅玉の一匹狼体質に、俺が死ぬ気で合わせてやろうじゃないか。
「……そうね。勝ちましょう」
紅玉も右手を出して、握手を交わす。
僅かな希望が見え始めた。そして、勝利の星も。




