蒼葛
紅玉との練習は続いたが、相変わらず全く合わせられないまま。いつの間にか合同練習まで1週間になってしまった。
しかもお盆に入り、みんなそれぞれのタイミングで墓参りに一時帰宅してしまう。今日なんか俺と紅玉の2人だけだ。
2人でダブルスの練習など、壁打ちぐらいしかできない。魔法で壁は作れるけど、本格的な試合は無理だ。先生も仕事で忙しいみたいだし、タイミングが悪い。
明日はまともな練習はできないな、と思って昨日夜更かししたのだが、何故か早起きしてしまい、眠気が凄い。
二度寝しようって思ったタイミングで、外からボールの打つ音が聞こえた。窓からコートを見ると、紅玉がサーブ練習をしていた。
「アイツ、まさか毎日こんな早くから練習してたのか?」
ウチの部は朝練がないので、登校時間は帰宅部と変わらない。
信介が俺を朝練に誘ってないことを考えると、紅玉はいつも学校外のコートで朝練をしてるのか?
「凄いな、アイツ」
孤独、なのに一生懸命サーブを打つ紅玉。その姿に見惚れてしまったのだろうか。
「やるか」
俺もコートに行きたくなった。
顔を洗って服を着替え、朝ご飯は抜いてコートへ向かう。支度に5分もかからなかったから、まだいるだろう。
校舎を出てすぐコートを見る。
「あれ? 2人増えてる?」
いつ来たのだろうか? 紅玉の前にラケットを持った2人の男女がいた。
「誰だアイツら?」
見たことのない後ろ姿。少なくともウチの部員ではない。
1人は身長が高くゴリラのような肩幅を持った男。青髪で坊主。フレームが見えることから眼鏡をかけている。
もう1人は身長、体格ともに俺とそこまで変わらない、平均的な女。特徴的なのはショートカットでカールのかかった黒髪くらいか。うわの空なのか、視線が上に向いている。
コートに入って、3人のもとへ。知らない2人は俺の存在に気づき振り向いたけど、紅玉はノーリアクションか。というか、紅玉めちゃくちゃ怒ってないか? ラケットを握る手に血管を浮かばせながら坊主を睨んでいる。
「……何しに来たの」
紅玉が口を開いたことで2人はそっちに向き直す。
「先走った敵情視察だ。相変わらず意味のないサーブ練習をしてるんだな、お前」
坊主が軽い口調で言うと、紅玉の眉毛がピクっと反応する。
やばい、めちゃくちゃ怒ってる。
「あの、どちら様ですか?」
俺が問いかけると、坊主が口を開いた。
「俺は東京魔法高等学校マジックテニス部3年、蒼葛。こっちはペアの1年の高橋幸」
あおいかずら……って、今度試合する選手の名前だ!
「勝手に入ってすまないな。今度試合する相手がどれだけ成長したかどーしても見たかったんだ」
挑発的な言い方をしながら蒼葛はラケットを肩に置いて堂々としている。
「あの紅玉天河が俺にダブルス勝負を挑む。興味が湧かないわけがない」
まるで自分の方が上だとでも言うような話し方。すると、隣にいた高橋幸という女が眠そうに目をこすりながら言った。
「それ、合同練習まで待てなかったの?」
「待てねえ。で、お前のペアはどこだ? あの紅玉のことだ、まともな奴じゃねえんだろ?」
ナチュラルに悪口を言う人だな。まあ、紅玉のペアって聞けばそういう想像しちゃうのもわかるけど。
「ソイツよ」
紅玉が俺の方を見る。
蒼葛はその言葉を聞いて目を皿のように大きく開いたあと、爆笑した。
「はははは! 冗談だろ? こんな普通の奴がお前のペア?」
ムッ、酷いな。
こちらの気分を害していることを気にもせず、蒼葛は品定めするように顔を近づけ、俺を凝視する。
「テニスの才能はあるがマジックテニスの才能は無し。ホントにこんなのでお前のペアが務まるのか?」
「別に。ダブルスの形式になれば誰でもいいわ。私1人で勝てるし」
よく本人を目の前にしてそんな妄言を吐ける。この2人、明らかに今まで会ってきた中でも段違いなほどレベルが高い。1人は1年だけど、それでもウチの部長や信介より強いのは明確だ。
立ち姿、自信のある胸の張りよう。強者に位置にいる者だけが持てるオーラ。
俺がソフトテニスの全国大会の場で戦った、彼らにそっくりだった。
絶対に、紅玉1人では勝てない。
「そういう一匹狼なところも昔と同じだな。なら勝負しようぜ。俺とお前で、シングルス。先に1ポイント取った方の勝ちだ」
1ポイントって、1回勝負じゃん。それで勝っても嬉しくないんじゃないのか?
……いや、違うか。蒼葛はそれで紅玉より上なことを示そうとしてるんだ。たった1回で。
紅玉のラケットを握る手にさらに力が入っている。アイツも意図がわかったらしい。
「サーブはお前に譲ってやる。やるか、やらないのか?」
「……受けて立つわ」
相手は勝つことがわかりきっているかのような顔。
まだ会って数分の俺ですら、この男を見て紅玉の勝てる姿が思い浮かばなかった。
紅玉はそれでもやるのか。
「幸、お前主審やれ」
「えー、やだー」
「あ、じゃあ俺が」
審判台へ歩むと、女と目が合った。
高橋幸だっけ? 蒼葛にも紅玉にも無関心だし、先輩に向かってタメ口。それに底が知れない不気味さがある。
「すぐに終わらせてやるわ」
試合が始まると、紅玉はトスを上げた。いつもの弾丸サーブか。
ボールがラケットに当たった瞬間、体が吹き飛びそうな衝撃波が体に伝わる。そして、音速以上のボールが蒼葛のサービスエリアへと打たれた。おそらく俺が見てきた中で一番本気の最速。蒼葛はどうするんだ?
「弱え!」
そう言うと、蒼葛は紅玉のサーブを軽々とストレートで返した。
紅玉は予測してたのかすでに左サイドにいて、バックで逆クロスへ。
「弱い弱い!」
蒼葛はそれを見てから右サイドへ走りまたストレートで返す。
たった4球のやり取りだけど、それだけで実力差が見え始めた。明らかに後手で動いてるのに蒼葛は紅玉に完璧に打ち返せている。
紅玉はまた予測してたのか、右サイドへすでに走っていて、今度はフォアでクロス。
気づいたけど、紅玉は『火蛇の石茲』を使っていない。多分蒼葛が手を抜いてるからだ。
相手は本気じゃないのに、自分が先に本気になるのが嫌なんだ。
「ほらよ!」
「くっ⁉」
ストレート、自分の正面に返されたボールなのに、紅玉は上手く返せない。ボールの威力が強すぎるんだ。
ダメだ。強化の魔法と誘導魔法だけのシンプルな試合でも実力差がある。年齢だけのせいじゃない、経験も、何もかも全てだ。
すぐに決着がつく。右サイドへ打たれたボールを紅玉は追いつけず、蒼葛の勝利で終わった。
これが蒼葛の実力。紅玉に勝ったほどのマジックテニスプレイヤーの実力か。
もちろん、今の試合お互い全力を出していない。だけど、それでもここまでの差が。
俺の考えは浅はかだったと気づく。たとえ俺が足手まといでも、紅玉とリズムさえ合わせればなんとか勝てると思っていた。でもこれは、はっきり言って2対1でも勝てそうにない。
「やっぱりな。3年前と同じだ。お前、停滞してるよ。ま、こんな弱小部にいて、その一匹狼が治ってなきゃ当然の結果だな。周りを見てなさすぎるんだよ、お前」
蒼葛の事実を突き付ける言葉に、紅玉は何も返せない。それにここで返してもただの言い訳にしかならない。みじめになるだけだ。
「がっかりだ。少しは成長してるって思ったんだけどなあ」
そう言って蒼葛はコートを出て行ってしまった。
小さくなる背中を見てたら、突然視界全てを覆う距離で横から高橋幸がニュッと出てきた。
あまりにも気配がなかった。びっくりしてすぐに後ろに下がったけど、異性が至近距離に来たことで心臓がドキドキしてしまう。
何が面白いのか、口角を僅かに上げながらまた少しだけ俺に顔を近づけてくる。
「ごめんねー……じゃ」
そう言って高橋幸は大ジャンプでコートのフェンスを飛び越え蒼葛の横に並ぶ。なんだったんだろう。
「……はあ」
大きくため息を吐く紅玉。
「大丈夫か?」
「話しかけないで。イラつくから」
紅玉は俺のことを一瞥することもなくコートを出て行った。
「無理かもなあ」
このままだったら間違いなく負ける。まだ試合してもいないのに、敗北感に全身が浸かるような絶望に襲われた。




