合宿
夏休み初日。俺はキャリーバッグを持って登校した。
昨日部活のグループチャットで自由参加の合宿の連絡が来た。場所は学校、期間は合同練習当日までの3週間でいつ帰ってもよし来るのもよしのゆるゆるな合宿の連絡。
昨日帰る前に信介たちと伊勢へ合宿の打診をしたところ、あっさり了承してくれた。夏休みだから空き教室で布団を並べて寝ればいいし、洗濯も風呂も魔法でどうにかなるということで、教頭からも許可が出た。
「こっちが男部屋だな」
学年ごと男女ごとに教室は別れ、俺たち1年男子は1年1組、1年女子は1年7組という形で分かれる。
並べられた机や椅子を端に移動させ、布団を並べられるスペースを作る。
「ここ俺の陣地な」
そう言って信介は就寝時間じゃないのにもう布団を敷いてしまった。しかも窓際。風通しが良くほこりも少ない場所。勝手に決めるには良いところすぎる。
「いいねここ。日の光が心地よく当たってるのにエアコンの冷気が熱を下げてくれて、最高だ」
どっかのソムリエみたいに感想を言う信介を無視して、俺は寝ようと考えてる場所に荷物を置く。こうすれば勝手に布団を敷かれることもあるまい。
「なんだよ、和成は中央か。もうちょっとこっち来いよ、カモーン。一緒に寒い夜を越えましょう」
「気持ち悪い声で言うな。あとこの季節は夜も暑いだろ」
「つれないわねえ。あ、眞壁きゅん。こっちで一緒に寝ない?」
「明日足腰立たなくなっても構わないならいいよ」
「うおっ⁉ お前そういうノリ方するタイプか」
「ふふ、信介相手なら予想を上回る言い方をしないとね」
紅玉相手についていけず泣いてた眞壁だけど、こういう時は誰よりもノリが上手い。
「じゃあちょっくら女子の部屋見に行くか」
「ダメだろ。もし着替え中だったら殺されるどころじゃないぜ」
地獄でもついてきて拷問されそうだ。
「着替え中だったらドアの窓をカーテンで隠すルールだっただろ。大丈夫だって」
心配なのでついていくことにした。信介のせいで合宿初日から中止なんてことになったらたまらないからな。
「おーい、今いいかー?」
と言いながら信介はドアを開けた。
カーテンはされてないので着替え中ではないらしい。それでも許可もなく入るコイツの無神経さには冷や冷やさせられる。
「紅玉、お前机の上で寝るのか?」
端に寄せられた机、その上に敷かれた布団の上で雑誌を読んでいた紅玉は、信介を睨む。やっぱり勝手に入ったのはアウトだったらしい。他の女子もあんまりウェルカムな雰囲気じゃないし。
「いいでしょ別に。いつもベッドだから床の近くで横になるのが落ち着かないのよ」
そう言って紅玉は雑誌を閉じて高そうなボストンバッグにしまった。今のテニス雑誌だったな。
「金持ちゆえの苦労ってか。案外大変なんだなお前も」
「あのね、汚いから勝手に私の布団に座らないでくれる?」
昨日の透視の件から紅玉の信介への冷たさが凄い。
信介相手じゃ伝わらないから言葉にしたんだろうけど、父親譲りの目力が半端ではない。「今すぐ目の前から消えないと殺すわよ」って言ってる。
信介は信介で汚いの部分が上手く伝わっていなかったらしく、どのメーカーのボディーソープを使ってるか話してるし。
「信介戻るぞ。もうすぐ練習の時間だ」
練習と聞けば、信介の意識はそっちに向く。すぐに自分の教室へ戻っていった。
「わるい。邪魔したな」
「お前保護者でしょ。ちゃんとテニスバカのこと見てなさい」
「保護者じゃねえよ」
練習が始まり、俺と紅玉はリズムを合わせる特訓をおこなう。
そして、何故か信介が監督をしていた。昨日魔眼の件であれだけ時間を無駄にさせてよくまだ仕切ろうとできるものだ。
「いいか、呼吸を合わせるにはペアのことをよく知る必要がある。だからお前らは練習中常に近くにいて、お互いを観察しろ。打ち方や癖とかを研究するんだ」
「なによそれ。そんなの猿の檻の中に入れられたようなものじゃない」
俺は猿だってかコノヤロウ。
「文句言わずにやれ。昨日和成がダブルスのプロって言うから任せたのに、全然ダメだったから言ってるんだろうが」
「おい、俺が悪いような言い方はやめろ。最初は合わせようとしてたんだ。だけどこの毒舌姫が全然俺の言う通りに動いてくれないから」
「なによ? お前がノロくて私に打たせるから悪いんじゃない」
「喧嘩するなって。余計合わせづらくなるだろ」
……そもそも、紅玉の魔法はダブルス向きじゃないのが問題だ。紅玉は自陣コート全体に『火蛇の石茲』という魔法をかけることで、コート内に入ったボールに向かって体を引き寄せることができる。その様はまるで磁石に引き寄せられる砂鉄のようで、自動的に紅玉の体はボールに向かって真っすぐに走る。
聞くだけならダブルスでも使えそうな魔法なのだが、引き寄せられる対象が紅玉のみというのが問題なのだ。この魔法を展開中、俺の目の前にボールが来ようとも紅玉は常にボールに引っ張られる。そうなれば、どっちがボールを打つかで混乱する。ただでさえダブルスというのはセンターラインに来たボールの処理をペアのどちらがするかで揉めることが多いのに、その頻度が2倍以上になるのだ。
つまり、ダブルスでは紅玉はこの『火蛇の石茲』のオンオフを瞬時に切り替えなければならない。
2人になるとやることが増える魔法など非効率的。一匹狼向けの魔法だこれは。だから紅玉は今までダブルスをしてこなかった。
昨日紅玉が言った「最初は合わせようとしたわ。でも全部追いついてしまうから私が打ち返しちゃうだけよ」という言葉も、皮肉ではなくそのままの意味なのだ。
「とりあえずお互いを観察しながら練習しろ。それが今日の課題だ。いいな?」
そう言って信介はラケットを手に取って先にコートに向かった。
「なんでアイツが仕切ってるのよ。私より下手なくせに」
ブツブツ言いながらバッグからラケットを取り出す紅玉。しかし信介の言ってることに間違いはない。今はとにかくお互いのことを知るのが重要だ。
「やるしかない。じゃないとマジックテニスできなくなっちまうぞ」
「……はあ。そうね。足引っ張らないでね」
「わかってるよ」
そう言って俺たちも練習に加わる。が、結局その日も文句の言い合いになり、練習試合も紅玉がコート内を走り回ることになった。
夜になり、みんなで夕食のカレー作りが始まる。夜の家庭科室、部員との調理、新鮮な光景だ。
カレー作りは1年が担当し、2年は風呂を担当する。年功序列などないが、3年が何もしないのは進路でやることが多いからだ。合宿中でも勉強しなきゃいけないんだから、受験生は大変だ。
「へえ~、紅玉お前料理できたんだな」
信介の大きな声でみんなの視線が玉ねぎをみじん切りしている紅玉に向いた。
「見くびらないでくださる? あと、お前ジャガイモの皮深く剥きすぎ。食べられるところが減ってるじゃない」
付け合わせのサラダを作りながら俺は紅玉と信介のやり取りを観察し続ける。
隣で見てた眞壁が耳元で囁いてくる。
「意外だよね。お金持ちだから料理しないと思ってた」
「それな。指切るところとか見れると思ってた」
それを見て笑う俺たちが容易に想像できる。
「いいね。ついでにカレーが紫色になるのも追加で」
「へへ、一口食べただけであの世行きだな」
紅玉に聞かれないよう静かに笑いあう。
「お二人さん? 手が止まってますよ?」
いつの間にか後ろにいた紅玉が俺たちを睨みつけてた。地獄耳かよ!
何か言うと殺されそうなので黙って手の動きを速める。
幸い逆鱗が来ることはなく、紅玉は自分の持ち場へ戻っていった。
俺は怖いけど、また紅玉を観察する。なぜなら、信介から俺だけに課題を出されたからだ。
『いいか和成。お前だけでも紅玉のことを理解できるようにトイレと風呂と寝るとき以外はアイツのことを見てろ』
嫌な課題を出された。やってることはストーカーだ。なんで俺がこんなことをしなければならないのか…………原因は出しゃばった俺だな、そういえば。
夕食が終わり、1年4組に魔法で設置された浴場で汗を流したあと、信介の提案で自動販売機でジュースを買う。
紅玉も同じタイミングで上がったようで、首にタオルを置きながらやってきた。
「品揃え悪いわね、この自販機」
そう言って買ったのは少しだけレモンの味がする炭酸水で、水とほぼ変わらない値段のやつ。
風呂上がりのせいか、紅玉から花のような良い香りが鼻腔をくすぐる。炭酸水を飲む姿は、汗が垂れてるのもあって色気がある。
というか、夕食の時より胸がデカくなってないか?
まさか風呂に入ってふやけたのか? 胸ってそういうものなのか?
何を買うか悩んでる信介以外の男子も俺と同じ感想を抱いたのか、紅玉を見て固まっている。
「なに?」
「いや別に。それおいしい?」
ジロジロ見すぎたので飲み物の話題で誤魔化そう。
「初めて飲んだけど甘すぎるわね。私はあまり好きじゃないわ」
炭酸水に入ってるレモンって甘みを感じるほど濃かったっけ? それが甘いならジュースなんて全部飲めないだろ。
言いたかったけど、そのあとの返しで面倒くさいことになりそうなのでやめた。
紅玉の姿が消えた後、今度は聞かれまいと確信した眞壁がまた囁く。
「あれで性格が良かったら満点なんだけどなあ」
「「「「それな」」」」
自販機とにらめっこしている信介以外のみんなが頷いた。
「ていうかさ、なんか胸デカくなかった?」
眞壁がそう言うと、みんなで首を何度も縦に振る。
そのあと、やっと飲み物を選んだ信介が自販機の口から桃のジュースを取り出しながら言った。
「普段はサラシ巻いてるらしいぞ。推定GよりのFだって」
「「「「おお!」」」」
みんな嬉しそうに声を上げるので、俺が言うべきことを口にする。
「なんで知ってるんだよ? 覗きでもしたか?」
普通、同学年の胸のサイズなど交際でもない限り知れるはずがない。
「静が紅玉と同じクラスなんだよ。で、体育の時に着替えてる姿を見てたからわかるんだってさ。ほら、静は絵描いてるから」
そうか。普段から絵を描いてるなら、人体のことを勉強してても不思議はない。それに紅玉をモデルにしたってこの前聞いたし、俺らよりもちゃんと体を見ているのだろう。
ていうか、カップルで他の女のバストサイズで会話するなよ。これでよく別れないよな、ホントに。
「静の見立てでは、成長させればHも夢じゃないとよ」
それを聞いて男4人がさらに興奮する。
いや、俺も興奮してないわけじゃない。さっきの言葉がどうしても反復するのだ。
マジで性格さえ良ければなあ‼
「そういえば和成の姉ちゃんもだいぶ凄いよな。この前スマホに映ってた家族写真見えちゃった時、尻と太ももなら紅玉以上にナイスバディだったぞ」
「「「「なにぃ⁉」」」」
「……なんだよ?」
なんでみんなそんな恨みがましい目で俺を見るんだよ。
「良いなあ! 俺もそんな姉ちゃんがいてほしかったよ!」
羨ましいことなどあるものか。お菓子は半分だし、頼み事されるし、部屋は汚いし。
姉や妹なんてそんなものだ。公共で見せないことを家族は嫌でも見させられる。男が想像する女の姿など、ほとんどが幻想なのだ。
一人っ子のこいつらにはわからないのだろう。夢を抱いてるバカ共に、俺は現実を叩きつける。
「お前らよく聞け。家族に欲情するのは負けだからな」
就寝時間になり、みんなで好きな人の話や猥談をひとしきりして、みんなが寝静まった後のこと。俺はラケットと一緒に貰ったテニス雑誌を見る。
表紙に書いてある言葉は、『テニスは根性』。
もう何度も読んだけど、俺はあるページを毎日のように見ている。選手のインタビューが載ったページで、この雑誌の表紙にもなっている有名選手の言葉。
『人生とは才能を活かしてこそ輝く。俺は活かせる場所がテニスだっただけ』
よく聞くような言葉だ。それでも気になるのは、テニス選手が言ったからだろう。
「この人の言葉が正しいのなら、俺の人生は真っ暗だな」
才能があるものへの道を失った、俺への皮肉に聞こえてしまうのだ。




