魔眼
紅玉のジジイが帰ったあと、2人でテニスコートへ向かう。
今までのことを部員たちに話すと思うと憂鬱だ。
「お前凄いのね。他人の父親にあんなこと言うなんて」
父親が帰るまで一言も発さなかったと思ったらいきなり褒められた。
「誰だって身内をバカにされたら嫌だろ。愛してたらだけど」
「……そうね」
今は後悔しているが、マジであの時は腹が立った。俺のことならいい……とまでは心は広くないけど、それでもあそこまで言うほどは怒らなかっただろう。
ここまで育ててくれて、さらには自分たちが嫌いな環境に三者面談に来るまで面倒見てくれるのだ。こういう時に行動しないでいつする。
「でも、入部当初とは考えられないくらい変わったわ。他人の事情にズケズケ入り込むような人じゃなかったでしょ」
意外と人のこと見てるんだなコイツ。
「それはお前らのおかげだよ」
あんな毎日命がけのテニスをしてて度胸が生まれない方がどうかしてる。生まれたときから魔法使いの人にとっては当たり前のことで命がけなんてこれっぽっちも考えていないのかもしれないけど。
「この話したらみんなびっくりするでしょうね」
「そうだな。俺は信介から勝手にペアを組んだことに怒られないか心配だよ」
「大丈夫だと思うわよ。あれ、周りが楽しんでるだけで自分も楽しめるタイプだから」
それもそうだな。信介はそういう奴だ。「夢の対決じゃね‼」ってその場でジャンプして興奮しているのが想像できる。
「というか、お前が出しゃばらなければこんなことにはならなかったわ」
「どういう意味だよ?」
俺のせいでとでも言うように溜息を吐かれたが、意味が分からなかった。
紅玉は面倒くさそうに説明する。
「私が怠け始めた時、父がよくやる手よ。ちょっとした試練を与えて私のモチベーションを上げさせようとするの」
「なんだよそれ? お前やる気なかったのか?」
「だからさっき怠け気味だったって言ったでしょう」
なんだ、そういうことだったのか。
まさかの教育方法だな。スポーツマンの親っていうのはそんなものなのだろうか? 両親が応援と用品代を出してくれただけで全国2位まで行けた俺は奇跡だったのか?
「でも試練って言って”ちょっとした”なんだろ? じゃあ、なんで今回はクソムズイ内容なんだよ」
素人同然の俺と組んで全国1位を倒せなんて、無理難題すぎる。
「だからお前が出しゃばらなければって言ったばっかでしょ。多分非魔法使いだったお前にいろいろ言われたせいで怒って勢いで口に出しちゃったのよ。今頃父も空で絨毯に顔を埋めながら後悔してるわ」
完全に俺のせいってことか。
マジで俺がトラブルの元になってるじゃん。
トラブルメーカーは信介だけで充分なのに。
「謝ったら許してくれるかな?」
「なんでもう弱気になってるのよ」
だって初の他校との試合相手が全国1位の先輩。しかも勝たなければならない。そんなの天文学的確率だ。
「父は私の手前、言ったことは決して曲げないわ。だから今回、本当に勝たないと私はテニスをやめさせられる」
「……」
紅玉には悪いことをしてしまった。
俺はコイツが昔の天狗になってた自分そっくりで嫌いだけど、人生を嫌いたいとは思ってない。それに、誰かからやりたいことを奪われるなんて、体験した俺にとって目の前で見たいものではない。
「わかった。できる限りやるよ」
協力の証に握手の手を差し出すが、紅玉は無視して歩いて行った。
「お前の力なんていらないわ。私1人で充分よ」
ひでえ。今心に決めたばっかだけど、もう協力する気が削がれた。
コートに戻って顧問の伊勢に話したら、めちゃくちゃ驚かれた。すぐに東法に紅玉の父親の話を伏せながら連絡するとあっさり試合の許可が出された。まあ、合同練習の一環だし、こちらの事情を知らなければあの紅玉天河からの挑戦状のようなもの。断る理由はないよな。
そのあとすぐにミーティングが始まり、同じように部員に話すと、また驚かれた。
あと、一部の人からはニヤニヤされた。余計なことを考えているのなら、ぶっ飛ばしてやりたい。脳内ピンクしかないのか。
「すまん信介。勝手なことした」
「いいって。それより勝算はあるのかよ。相手は5年連続全国1位の超人だぜ」
「全くない!」
勢いで勝たなきゃいけない試合にしただけだし、俺が参加するつもりもなかったし。
シングルスなら紅玉にも勝てる可能性はあると思ったから大口を叩いただけだし。
「紅玉はともかく、問題は和成だな。実力があまりにも違いすぎる。今から必死でやっても3週間じゃ魔力量も技術も全然足りない」
だよなあ。ゲームにあるような裏技なんかないし。
「お前のせいで、とんだ無理難題を押し付けられたわね」
話を聞いていた紅玉も会話に入ってきた。
無理難題かあ。紅玉自身からもそこまで言われちゃ詰んでるようなもんだな。
「まだ合同練習までは3週間あるんだ。とりあえず考えようぜ。三人寄れば文殊の知恵って言うだろ。和成と紅玉は俺より頭良いし」
「いや、考えるよりもまず、紅玉お前ダブルスやったことあるのか?」
「ないわよ」
ですよね。毒舌姫だもん。悪辣な姫が部下と仲良くしてる姿なんて想像できないもん。
「いえ、正確にはやったことはあるけど全て一試合でペアは解散したって言った方がいいわね。みんな私より下手だったから」
……多分聞いてるみんなが察しているであろうことを、信介が言葉にした。
「どうせ自分1人で全部勝とうとしたんだろ?」
紅玉は性格からも他人に合わせるようなタイプではない。コイツとかみ合う奴なんて人類にいるとは思えない。
「失礼ね。最初は合わせようとしたわ。でも全部追いついてしまうから私が打ち返しちゃうだけよ」
「「やっぱり」」
まあ、合わせようとしたことだけは評価するか。その気持ちが長続きしてればもっと良かったんだけどな。
「和成、お前はダブルスやったことあるのか?」
「あるもなにも、俺はダブルスで全国2位になったんだぞ」
俺が後衛で、ペアの悟が前衛。アイツは凄かったなあ。決めてほしい時はきちんと決めてくれてた。ボレーもスマッシュも完璧で、俺が足を引っ張ってた可能性だってある。この話を本人にもしたら同じように返された。気遣いも完璧な奴だった。
「なら和成が合わせればリズムの方はあるいはもしかしたら天変地異でも起こって奇跡的に何とかなるか。あとは実力差を補えるような一手があれば……」
もう何ともならないじゃん。聞いてる紅玉もムッとしてるし。
少し考えたあと、信介は閃いたように目を大きく見開き、そのまま校舎に行ってしまった。
10分ほどで帰ってくると、図書室から借りてきた本を見せてきた。
「『世界の目』? なんだこれ?」
タイトルとテニスの関連性が全く分からない。
「この前、お前は目の強化が上手いって言っただろ。だったらこれしかないと思う。この本には世界中の魔法使いの魔眼が載ってるんだ」
「魔眼?」
本を開くと、最初に魔眼の説明が書いてあった。
魔眼……簡単に言えば俺たちが使ってる目を強化する魔法のさらに凄いバージョン。物を透かしてみたり、未来を見たりと、種類は千差万別あるらしい。
「俺の父ちゃん魔法建築家なんだけど、仕事で魔眼を使ってるんだ。透眼って言ってな。物が透けて見える。それで木材とかを見てどれを使うか決めてるんだってさ。で、この前聞いたんだけど、魔眼って種類にもよるけど昔の戦争では1人いるだけで戦局が変わるぐらい厄介な魔法だったんだって」
「じゃあこの本に載ってる魔眼を習得できれば……」
「和成でも紅玉たちについていけるかもしれない。マジックテニスは魔法の練度も大きく関わってくるし、魔眼は誰でもできるような魔法じゃないから、使ってる選手も少ない。紅玉、お前が試合したとき蒼葛は魔眼を使ってたか?」
「いいえ。私よりも魔法に寄せたパワー型ね。時には弱いところも突くいじめっ子タイプ」
”お前も言葉で似たようなことしてるだろ”、と言いかけたがやめた。殴られそうだから。
でもパワー型なら搦め手でいけるかもしれないな。もちろんできたらの話だけど。
「とりあえずどの魔眼にするかは俺が候補を絞る。和成と紅玉は息を合わせられるよう練習してろ」
「どうしてお前がそんなに協力的なのよ?」
「信介はこういう奴だ。バカなんだよ。マジックテニスのことだったら誰が強くなっても喜ぶ奴だ」
魔眼は信介に任せ、俺と紅玉は試合の練習をする。
実力的に考え俺がネット近くでボールを打ち返すだけの前衛、紅玉がとにかくボール拾って相手がミスするのを待つ後衛で決まった。普通は前衛、後衛ともにもっと細かく役割があるが、実力差があるのでしょうがない。
あとは呼吸を合わせるだけなんだが——。
「今のは左サイドに打つべきでしょ! それじゃあ後衛に打たれるだけじゃない!」
「左サイドだと後ろ寄りにいた前衛に取られるだろうが! なんでもかんでも速攻で終わらそうとすんなよ!」
このように一球打つたびに喧嘩をしてしまい、全くスムーズな動きができない。どの試合も、結局最後は紅玉がコート内を走り回り、全部のボールを打ち返して勝ってしまう。
2対1で勝てるのは凄いことだけど、それは相手が格下だからできること(先輩相手に格下とか言ってすみません)。全国大会に行くような相手には当然通用しない。
二つ返事で試合を受けてくれた部員たちにも時間を無駄にして申し訳ないし、何とかしないとな。
部活が終わると、紅玉はいつも通りサーブ練習、俺と信介は静さんと魔眼の習得に励む。
信介が候補として絞ってくれたのは4つ。
物を透視する透眼。
未来を見る未来眼。
相手の思考を見る思眼。
神の目? といわれる神眼。
「とりあえず透眼から試してみようぜ。和成、静を見ながら目に魔力を込めろ。そして服が透けるイメージするんだ」
「そうだな、じゃあ目に魔力を——ってダメだろ‼ 普通に犯罪だわそれ!」
自分の彼女をどんな目に会わせようとしてるんだコイツは! 静さんも顔を真っ赤にして両腕で体を隠してるし!
「何故だ? 物が透けて見えるのを証明するなら服を着てる人間が適任だろ? だから早く見てくれ、そしてどんな下着か教えてくれ、詳細に」
「お前が知りたいだけじゃねえか! ダメだ! だったら信介を見ながらやる!」
「きゃっ、変態!」とか言ってふざけてる信介を無視して凝視してやる。
『あ、あの、私で助けになるなら……ど、どうぞ!』
「どうぞじゃない‼」
ブルブルしながら言うな! カップル揃って何やってるんだ! どっちも精神年齢が幼いのは知ってたけど、限度があるだろ。バカなのか? バカだなこのガキコンビは!
「もういいよ。そこまで言うならあそこで練習してる紅玉で実験すればいいだろ」
「自分の体を見るっていう選択はダメなのか?」
「それじゃあ面白くないじゃん」
こんな時に面白さを求めるなよ。
「じゃあ和成。あのパーフェクトボディの毒舌姫の服を、見事透視して見せ——」
言い終わる前に、信介の真横をボールが通り過ぎた。信介の頬にできた切り傷から血が垂れる。
ボールの大きさの穴が原っぱにできていた。深くてボールが見えない。
あ、毒舌姫がこっちを睨んでる。角度から考えてジャンプサーブしたのか。
「……ふ、しょうがない。透眼は諦めて次に行くか」
「『そうだね』」
もし習得できても怒って使うなって言われるだろうし、というか試合で活かせなさそうだし。殺されるよりマシだろ。
「よし、じゃあ未来眼だ。和成、目に魔力を込めて未来を見るのをイメージするんだ。イメージだぞ? 宝くじの当選番号をイメージ」
「いや、なんで宝くじなんだよ」
「宝くじを当てて、万が一負けたときに備えて大金を用意しておくんだよ。そしたら紅玉の父ちゃんも許してくれるかもしれないだろ?」
金の力かい。
「お前さ、もしかして楽しんでる?」
「——うん‼ 僕楽しんでる‼」
元気よく返事すんなよ。
『ねえ、そもそも未来を見るなんて魔法、マジックテニスのルールではアリなの? 私、スポーツのことはあまり知らないけど、未来予知を使うスポーツ選手がいるなんて聞いたことがないけど……』
そういえば俺も全くルールを確認してなかったけど、アリなのか?
マジックテニスは相手や相手コートに干渉する魔法は禁止だ。ボールに魔法を掛けるのも自陣コートにある間だけで、相手コートにある間は魔法を掛けるのはダメ。
俺はまだ体を強化して打つシンプルなスタイルだから気にしたことがなかった。
2人で信介を見る。信介はというと——。
「あ……」
これっぽっちも考えていなかったというリアクションをした。
「ちょ、ちょっと待ってろ」
そう言って信介は自分のバッグからルールブックを取り出し、パラパラとめくりだした。
「えーっと、魔眼の使用は許可するが相手へ干渉する類のものは使用を禁止する、だってよ」
つまり、魔法の使用に関するルールと変わらないということか。
『じゃあ未来眼はオッケーってことだね』
そういうことになる。
透眼も思眼も相手へ干渉はしないから大丈夫だろう。
「じゃあ和成、早く宝くじの当選番号を当てるんだ」
「ええ……」
あんまり気が進まないが、時間を無駄にはしたくないので目に魔力を込める。そのあと宝くじ売り場をイメージしてみるが、イメージだけで特に変わったことはない。
「何も見えないぞ」
「ダメかあ。じゃあ次だ次。とりあえず試して見込みがありそうなやつを絞るぞ」
そうは言うが、残りは思眼と神眼だけ。
人の思考を見るなんて全然できそうもないし、神眼はもっとわからない。
本にも神の眼と書かれているだけで、能力は一切わからない。空想に近いらしく、今のところは存在を確認できていないらしい。
「よし、じゃあ俺が今何を考えているか見れ」
見れって言われても……。
「どうやるんだよ? 読めならわかるけど、見れって意味わからん」
静さんの泡みたいに文字が視界に現れるのか? 想像が全くできん。
「とりあえずやってみろって。ほら、目に魔力を込めろ」
マジで大丈夫なのかよ。
なんとなく静さんの泡をイメージしながら試してみる。
「どうだ? 何かわかったか?」
「なんにも?」
ただ信介の顔のシワと毛穴が鮮明に見えるだけ。いつもの強化と変わらない。
「じゃあなんとなくでいいから俺の考えていることを当ててみろ。それを繰り返したらできるようになるかもしれないだろ」
「うーん、今日の晩飯のこと?」
「ざんねーん。正解は亀の交尾中の鳴き声でしたあ。知ってる? 亀って交尾中声を出すんだぜ」
何を想像してるんだコイツ。静さんは興味津々で信介のうんちくを聞いてるし。
「なあ、こんなことで本当に魔眼が習得できるのか?」
漫才をしているようにしか見えない。
「さあ? 魔眼って遺伝とかが影響してるっていう研究もあるし、習得までに最低10年かかるって話もあるから、よくわからん」
「おい、マジかよ。じゃあ俺が魔眼を習得したきゃ10年もこんなアホみたいなことを続けろってことか。やめだやめだ。魔眼は諦めよう」
時間の無駄にもほどがある。これだったら紅玉との練習時間を増やした方がマシだ。
「でも短時間で強くなるには魔眼くらいしかないぜ。今のお前じゃ紅玉たちには遠く及ばない。最速でも半年はかかる」
「じゃあもうとんでもない量の練習こなして、少しでも近づくしかないだろ」
少なくとも魔眼よりはチャンスがある。
「そうね。スポーツに近道なんかないわ。一歩ずつ、着実に行くしかない」
サーブ練習を終えた紅玉が来た。
すると、静さんが立ち上がり、紅玉に握手を求めた。紅玉は少し戸惑いながら手を差し出すと、静さんは両手で握りしめた。そして勢いよく上下させる。そんなに嬉しいものか?
そのあと、静さんがまた絵のモデルになってほしいと頼むと、紅玉は嫌な顔で遠慮がちに拒否した。
「魔眼はダメ、練習量を増やすなら……」
また信介が考える素振りを見せる。今度は何を言うつもりだろう。
「……あ、合宿だ!」




