ありえないペア
夏休みの前日。この日は三者面談があり親が学校に来る。俺は部活を抜けて自分の教室へ向かうと、教室前の廊下に置かれた椅子に座っている母さんを見つけた。
「和くん」
「母さん……」
親が学校にいるというのはどうにも気恥ずかしくなってしまい、俺の名前を呼んでくれたがいつも通り答えれず小さめの声で返事してしまった。
特に話す事もないので黙って隣に座って前の生徒が教室から出るのを待つことに。
15秒ほど無言だったが、母さんが口を開いた。
「学校の方はどう?」
「それ毎日話してない? 全然大丈夫。部活でも喧嘩せず仲良くしてるよ」
むしろ順調すぎるくらいだ。高校から環境がありえないほど変わったのに。
母さんは俺に罪悪感があるのだろう。自分たちのせいで俺からソフトテニスを奪ってしまったから。
でも毎日毎日、それこそ学校日誌のように出来事を話さなければならないこちらの身にもなってほしい。最初と違って慣れてくると話すことがなくなっていくのだ。親にテニスのことを言っても理解できてないし。今では1行で終わるぐらいしか話せない。
「嫌かもしれないけど、親としては気になるの。アンタの場合は例外みたいなものだし」
「……母さんと父さんって、俺が魔法に目覚めなかったら死ぬまで自分たちが魔法使いだってこと隠すつもりだったの?」
今までは聞かなかった。隠してたことに怒ってたのと、部活に夢中で忘れていたから。
まだ待つことになりそうだし、この際だから聞いてもいいだろう。
「そうだね。お母さんもお父さんも、魔法で大切なものをなくしちゃったから。魔法が憎いのよ。だからアンタ達には秘密にしてたでしょうね」
母さんも父さんも、魔法の話はあまりしたがらない。朝はこの学校に来るのも嫌そうだった。そこまで憎いのなら理由を話してほしいのだが、絶対に話してはくれない。
ただ、『魔法は味方じゃない』ということだけは、口酸っぱく言ってくる。だから俺も無暗に新しい魔法を使おうとしない。
あんなに怯えを押し殺した両親の顔を見たら、誰だってそう行動するようになるだろう。
「でもアンタに新しく好きなことができて良かった。最初はどうしようかと思ってたもの」
「どうかな。好きかはまだわからない」
最初に体験会に行こうとした理由だって信介に手を引かれたからだし、今までやり続けたのもたまたま最初に上手くいって、そのあとはソフトテニスの代わりという理由で縋っていたようなもの。今でもマジックテニスがテニスだとは認められないし、マジックテニスというスポーツが好きとはまだ言えない。
「でも四六時中考えるくらいには夢中なんでしょ。それだけで充分よ。大人になったら中々手に入らないことなんだから」
そう言って母さんは後ろ頭を撫でてきた。
「やめろよ。ここ学校だぞ」
信介にでも見られたらあとでからかわれるに決まってる。
反抗期ではないけど、高校生らしくありたいため拒否する。
母さんは優しく微笑むが、こっちは誰かに見られたかもしれない恥ずかしさで怒りが湧いてきそうだ。
そのあとは沈黙が続き、自分たちの番が来て教室に入った。
話す内容は大したことない。俺の成績や学校での態度ばかり。大学のことも聞かれたので、視野に入れているとだけ伝えておいた。
魔法使いの場合大学に行こうが行くまいが普通に就職して生きていく分には支障はないらしい。だけど大学は人生の夏休みとも言うし、俺としてもまだまだ学生のうちにやりたいことはある。だから、多分進学を選ぶだろう。
「じゃあ和くん。私は先に帰ってるわね。マジックテニスに夢中になるのはいいけど喧嘩はしないようにね。中学の時はソフトテニスのことになると周りに突っかかって喧嘩も多かったでしょ」
嫌な記憶を思い出させないでほしい。好きだからこそ譲れない部分があったのだ。
「普通の人間ならともかく、魔法使い相手じゃ逆立ちしても勝てないからご心配なく」
母さんと玄関で別れたあと、コートに戻るため中庭へ向かう。
廊下の曲がり角のところで、紅玉の声が聞こえた。
「本当に、辞めないとダメなの?」
「ああ、もう十分だろう? 中学で全国優勝を2回も果たした。これ以上は成績に影響が出る。もうそろそろ大人になった時のことも考えるべきだ」
紅玉のお父さん、だよな? 話してる内容もそうっぽいし。紅玉も今日が三者面談だったのか。
不躾なのはわかっているけど、顔だけ出して覗いてみる。
両手を前で重ねるように組んで、まるでお嬢様のような立ち姿の紅玉に少し目を大きく開いてしまう。あんな姿見たことがない。
……そういえば信介が紅玉は結構良いところの家の生まれって言ってたな。いつも態度も口も悪いから懐疑的だったけど。
「でも、私は……」
口調も全然違うし、なんだあの弱弱しい顔。下を向いて、暗くて、紅玉らしくない。
反対に紅玉のお父さんは眉毛がキリっとしてて、いつもの紅玉のようだ。胸を張ってて、肩幅も広くて、生徒指導の先生みたい。
「マジックテニスが好きなのはわかる。だがここ最近のお前は怠け気味だし、さっきここの部を見たが、クラブと違って全然やる気が感じられない。弱小部じゃないか」
それは否定できない。みんなどちらかと言うとエンジョイ派だし。
紅玉や信介が浮いてるだけなんだよな。多分俺も。
「一流の魔法使いになるには環境も大事だ。二流以下は全て負け。低俗な非魔法使いと同じだ」
は? あの人今俺の姉ちゃんのことバカにしたか? 非魔法使いが低俗? そういう差別がまだ残ってるって聞いたけど、この目で見る日が来ようとは。これだから昔の考えを持ったジジイババアは嫌いなんだ。時代遅れにもほどがある。
「大体、東法に行く予定だったのを、お前が蒼葛と同じ学校は嫌だと言うからここに入学させたんだ。お山の大将で満足してたのか? どこに行っても全力でやるという約束はどこにいったんだ?」
「……これからはちゃんとやるわ。だからまだ続けさせて」
……見ているのが辛くなってきた。
か細い声を出す紅玉を見ていると、中学時代の俺を思い出してしまうから。
ソフトテニス……ボールがラケットに当たるときのあの独特の音、ボールを打つ時の緊張感と楽しさ、そして勝利の喜び。
俺は奪われた。あの青春のページを望まない運命によって容赦なく破かれた。
紅玉は今、マジックテニスという青春を奪われようとしている。
紅玉がちゃんと自分の気持ちを言わないと、マジックテニスが奪われる。
逆に言えば、奪われないこともある。俺と違って。
そう思うと、選択できる紅玉が羨ましく思えた。妬ましくも思えた。
俺は耳を立てるのをやめて、テニスコートへ向かうことにした。
もし紅玉がマジックテニスができなくなったら、慰めるくらいはしようと考えながら。
「そこまでマジックテニスにこだわる必要はないだろう」
まだ聞こえてくる。無駄にデカい声だな。
「才能は1つだけじゃないんだからな」
テニスコートへ向かう足が止まった。
紅玉のジジイが言った言葉に引っかかりを覚えたからだ。
才能は1つだけじゃない?
「お前にはいろんな才能がある。マジックテニスじゃなくともいいだろ」
なんとも楽観的で無責任な、親らしい発言。
あの父親は俺以上に生きて何を学んできたのだろうか。
いろんな才能がある? その1つの才能さえ見つけるのにどれだけ苦労があると思っているんだ。
俺や紅玉が中学から才能を見つけられたのは、単純に運が良かったからだ。
人は自分の才能をリストで見れるわけじゃない、最初から知ってるわけじゃない。
いろいろなものを見て、興味が湧いて、実際にやってみて、そういう工程を無限に繰り返して、神の寵愛のような運命が働いて、やっと才能に巡り会うことができるのだ。
才能がある人はみんなそうだ。結局運が良かっただけなのだ。
それを、まるでそこら辺にあるような言い方をして、しかも娘から奪おうとするなんて……。
「ふざけるな……」
才能を奪われたことがない奴はそんなこと絶対に言わない。才能は自分を誇ることができる財産の1つなのだから。
俺は運命によって才能を奪われた。抗いようがなかった。
では、抗いようがある紅玉が、もしこのままマジックテニスという才能を奪われたらどうなるのだろう……。
「ちっ!」
体が動いてしまった。
自分より荒むことになる紅玉を想像したら腹が立ってしまった。
それを喜べるほど、俺は落ちぶれてはいなかった。
「ちょっと待ってください!」
迷惑なのはわかってる。けど出よう。
「誰だ、君は?」
「お前……」
「すみません、ちょっと盗み聞きしてました。俺、紅玉天河と同じ1年でマジックテニス部の鈴木和成といいます」
まだ割って入るには早かったかもしれない。もう少し待てば紅玉がはっきりと自分の気持ちを伝えれたかもしれない。
でも体がどうしようもなく言うことを聞かなかったのだからしょうがない。
「鈴木和成……天河が前に話してた同級生か」
そう言うと紅玉のジジイの顔が怖くなった。
俺のことを知ってくれてたのは話が早くて助かるのだが、一体紅玉は俺のことをどんな風に話したのだろう。
「あの、せっかく娘さんがマジックテニスを続けたいって言ってるんですよ。将来が心配なのはわかりますけど、辞めさせるのはさすがにやりすぎだと思います」
「なんだと?」
怖い。親や先生以外の大人の魔法使いって初めて見たけど、こんな威圧感があるものなのか。人なんか平気で殺してそうな鋭い眼光だ。
負けてはだめだ。ここで言わないと、俺がこの学校に来たことすらも負けたことになってしまう。
「も、もうちょっと娘さんの意見を聞きましょう。話し合えば——」
最後まで言おうとしたら、紅玉に指先で袖をそっとつままれた。
「やめて。これは私の問題だから。最近怠けてたのは本当だし」
袖をつまむ指に力が入っていなかった。とても全国1位とは思えない、風にかき消されそうな声だった。
でもお前は怠けてなんかいなかった。あんなに努力してただろ。毎日1人残ってコートでサーブ練習するぐらい。
お前は俺なんかよりずっと凄い。そんな自虐的なことを言っていい人間じゃないだろ。
困惑してたら、紅玉のジジイの矛先が俺に来た。
「思い出したぞ。確か特別学級の生徒だな。魔法使いのくせに非魔法使いの世界で暮らしていたとは。どうりで気品の欠片もないわけだ。他人の家庭事情に関わるなど、魔法使いとしては三流未満。親の顔が見てみたい」
「あ?」
拳に力が入った。無意識に強化の魔法も使う準備をしてる。
魔力の流れが変わったことに2人も気づいたのだろう。少しだけ警戒しているのがわかる。
落ち着け。殴りかかっても良い状況になんかならない。さらに問題が大きくなるだけ。
これは喧嘩じゃない。才能を奪われないためにどう抗うかが大切なんだ。
一度深呼吸し、魔力の流れを鎮める。
今必要なのは暴力じゃない。目の前の男を説得できるような言葉だ。
「なら、その三流未満から言わせてもらいます。俺、魔法使いのことずっと勘違いしてました。魔法使いは俺らみたいな非魔法使いとは全然違ってて、それこそ神のような奴らの集まりなんだって。でも実際は、俺みたいな出来損ないでも笑顔で受け入れてくれるし、かわいい人を好きになるし、ライバルだってできる」
思い浮かぶのは信介や部員たちと笑いながら話している記憶だった。
そうだ、魔法使いも俺と同じ人間だったんだ。
「そして、逆に嫌いな奴は受け入れないし、身内の人生をめちゃくちゃにすることもある」
「何を言ってるんだ?」
入学してたった3カ月。短かったけれど、それでも明確にわかったことがる。
「あなたたちも結局非魔法使いと変わらないんですよ。魔法があるだけ、それでしか違いを明確にできない」
「高校生の分際で、魔法使いの何がわかる」
魔法使いのことはまだよくはわからない。
でも、親のことならよくわかる。
「俺の言ってることが間違いだって言いたいなら、証明してください、娘さんを使って。あなた魔法使いよりもまず父親なんです。だったら子供の人生信じるぐらいやってみてくださいよ。そんなの非魔法使いですらできることです。魔法使いであるあなたなら未来が見えるみたいに心から信じることができるはずでしょう。マジックテニスを奪うのは、それからでもいいじゃないですか」
「君はこちらの世界のことをまだよく知らないからそんなことが言えるんだ。それに、信じるにも根拠がいる」
その方法はもうわかっているだろ、というような顔だった。
紅玉の父親なら、当然紅玉のマジックテニスの戦績は知っているはず。
つまり……。
「大人ですね。じゃあ、今度東法と合同練習があります。そこで紅玉天河が唯一負けた蒼葛と試合をします。その試合で娘さんは、マジックテニスでも生きていけるってことを証明しますよ」
「ちょっと、勝手に何言って——」
止めようとする紅玉だったが、これは紅玉のジジイの譲歩なので止めるわけにはいかない。
「いいだろ。お前だってこんな形で辞めるのは嫌だろ?」
そう言うと、紅玉は躊躇いながらも口を閉じた。
「なぜそこまでする? 君に何の得がある?」
「そりゃあ、紅玉はウチのエースですから。いてくれないとみんな困るんですよ。もちろん俺も」
まだまだ盗み切れていない技術が山ほどあるし。
「……いいだろう。だが、蒼葛は今ダブルス中心だと聞いている。そこまで言うなら君が天河とペアで出るんだ。それで勝ったらマジックテニスを続けることを許可しよう」
……え? 俺と紅玉でペア?
紅玉を見ると、俺と同じように驚愕の顔をしている。
「は? コイツとペア? 冗談でしょ」という言葉を顔で発しているのがよくわかる。
まずい、大口叩いたばかりだけど負けが濃厚になった。




