東法
季節は夏。入学してから3カ月が経った。最初は不安ばかりだったのに、なんだかんだ病気で欠席することもなく毎日勉強にも部活にも励むことができている。
コートに入り、ラケットを手に取ってフェンスに背中を預ける。そのあと部活が始まるまで紅玉の魔法無しのラリーを見物するのが俺たちの日課だ。たまに俺も相手をするけど、紅玉は魔法無しのテニスの実力はそれほどでもなく、今のところは全勝している。
魔法無しだから全然嬉しくないけどね。
「うえー、疲れたあ」
青い顔で両腕をぶら下げる信介。部活前だというのにダルそうな姿を見せるのは初めてだ。
「そんなに期末テストがキツかったのか?」
「部活停止期間ずっと寝ずに勉強してたからな」
バカすぎる。一夜漬けでも体が悲鳴をあげるのに、1週間も寝ないとは。
「で、手応えの方は?」
「ギリギリ赤点回避してると思うぜ。お前は?」
「とりあえず全部書けたよ。実技の方も大丈夫だろ」
自慢にならないがかなり簡単だった。特別学級なのが理由だろうが、問題が小学校で習うような感覚のものばかりで間違える方が難しいほど。
つまり、この学校から見ればまだ小学生扱いなのだ、俺は。
「いいねえ、頭の良い人は」
いいや、一度だけ信介に高校の教科書を見せてもらったことがあるが、書いてあることが外国語のようにわからなかった。信介たちと同じ問題を俺がやろうとすれば一問も解けないだろう。だから、褒められても嬉しくはない。
「お前が頭の使い方を間違えすぎてるんだよ」
1週間寝ないで勉強してギリギリ赤点回避って逆に凄いと思う。
コイツはもう脳みそのほとんどがマジックテニスにしか機能してないんだな。実際、部活開始時間に近づくにつれ青かった顔が晴れていってる。
しばらくして伊勢がやってきてミーティングが始まった。が、今日はいつもと違うことがあった。
伊勢の連絡にみんなが困惑する。
「東法との合同練習が決まった」
「……はあ」
特に大きな反応を見せたのは紅玉だった。ため息なんて、今までしたことがあったか?
「なあ信介。東法ってなに?」
「東京魔法高等学校。日本では最高峰の高校で、偏差値は創立以来ずっと75以上、各部活でも全国で何度も優勝してる、簡単に言えば日本の魔法界の未来を担う子供の行くところだ」
すげえ。そんなところと練習するのか。
何故弱小部のウチと合同練習をするのか、みんなで根拠のない憶測を立てていると、羽成部長が手を挙げた。
「あの、なんでウチとなのでしょうか? 言いたくないですけど、ウチの部って平均で見ればそこまで強くありませんよ?」
確かに。俺はあまり知らないけど、紅玉が飛び抜けているだけで他の先輩たちは県内大会で1回戦勝てれば凄いレベルだって聞いている。俺たち1年は行けなかった春の大会では、羽成部長ですら3回戦で敗退してたらしいし。
「理由は……」
伊勢が紅玉に視線を送る。
なるほど。狙いは紅玉か。
「ウチとしても良い経験になると思って同意した。日にちは8月20日。夏休みが始まって3週間後だ。山の中にあるコートでやるから、絨毯で行くぞ」
「よっしゃ楽しみだ!」
信介は待ちきれないのかにやけている。さっきまであんなに具合悪そうな顔してたくせに。
対照的に、紅玉はミーティングが終わると観念したかのように小さく息を吐いていた。
紅玉の不機嫌は練習試合にも影響していた。
「次!」
「は、はいぃ!」
ストレート勝ちしては次の生徒を呼んでいる。本来、この練習はいろんな人と順番に試合をやることに意味があるのだが、紅玉の気迫に圧されただの勝ち抜き戦になってしまっている。
「なあ信介。なんで紅玉は不機嫌になってるんだ。強い人と練習できるのは良いことじゃないか?」
「別の学校なら紅玉も嬉しかっただろうさ。でも東法には、蒼葛がいるからな。お前さ、紅玉が中学で2年連続全国1位って聞いたとき、不思議に思わなかったか? あと1年はどうしたんだって」
そういえば、初めて紅玉に会った時信介が言ってたな。紅玉は一昨年と去年全国大会で優勝したって。
「1年の時、紅玉は準優勝だった。そして優勝した3年の名前が蒼葛だ。確かに嫌だよな。自分を負かした奴と練習なんて」
……当たり前のことだけど、上には上がいる。俺はずっと紅玉がこれから出る大会全部優勝するんだろうなって思ってた。だけど、視野が狭かっただけなんだな。
紅玉よりも強い高校生がいる。それを今知った。
「それにな、蒼葛って猪突猛進の大男だって有名だ。紅玉とは相性悪いだろうな」
どんな人なんだろう。俺も会いたくなってきたな。
「ま、今はダブルス中心らしいから大丈夫だろ。紅玉はシングルスしかやらないし。少なくとも練習試合でぶつかることはない」
「それってさ、逆に言えば俺らと試合する可能性はあるってことだよな? 俺と信介、次のダブルスの大会でペアだし」
この前の俺と信介の本気の試合を見たからか、伊勢がえらく勧めてきたので試しに俺と信介で出場することになったのだ。俺は中学ではダブルスで全国2位まで行ったし、信介も人に合わせられるタイプだから今のところ問題はない。
疑問だったのが、伊勢はもともと俺と紅玉をペアとして出場させようとしていたことだ。理由を聞いたら、戦術が似てるからと言われた。俺は「どこが似てんだよハゲ!」と脳内で怒鳴ってやった。あんなパワー全振りの毒舌姫と一緒にしないでもらいたい。
「ま、試合することになったらなったで全力でぶつかればいいだけだろ。伊勢の言う通り、負けても良い経験になるしな」
その通りだ。自分より強い人を見て、試合をしてこそ技術は磨かれていく。
「楽しみだな。頑張ろうぜ」
「ああ」
こうなったらその蒼葛の技術、余さず盗んでやろう。




