五十四話 情報収集とレイズ大佐
アレンはエグロン社のセントラルネットワークにハッキングを仕掛けて、聖女イリステラの現在地の情報を手に入れた後も、ハッキングを続け、情報収集をしていた。
「ふぅ」
「お疲れ様、アレン」
「ありがとう、ネオン」
一息ついたアレンは、ネオンから渡された水をストローから飲む。
ブリーフィングルームに残っているのはネオンだけで、他の皆は作戦に向けて準備を始めているようだ。
「聖女の居場所の情報を手に入れた時に、何か気になることがあったんだよね?」
「ああ、少しな」
「聞かない方がいい?」
「いや、全然そんなことはない。複合装甲防壁しか防壁が無かったことが気になってな」
「十分な防壁だと思うけど?」
「確かにな、ただ本当に奪われたくないなら防壁迷路とか、攻性防壁とか、幾重にも多種の防壁を張ると思わないか?」
「一理ある」
「だろ?、それで他の調べたいこともあったし良い機会だから色々調べてみたってわけだ」
「何が分かったの?」
「色々だな、まず分かったのは聖女様が拘束されている第六研究所は影の薄い研究所だ、つまり目立った成果を上げていない」
「だからセキリュティが薄かった?」
「薄いというか急造って感じだな、影が薄かったからマグラートリアクターを積んだ無人兵器の開発や、ARMS開発に利用されたんだと思う」
「誰に?」
「ウォーレン・ソマーズ上級理事とチャック・ネイド神父だ。ウォーレン・ソマーズは外部通商部門のトップでマグラートリアクター搭載型無人兵器をコンペで発表する研究者たちの後ろ盾だ、暗部をコンペ通過の為に色々と使っているみたいだな」
これは暗部の表向きの顔である外部管理部の動向や、昨夜の襲撃をどう隠蔽したのかを調べたことにより分かったことだ。
「チャック・ネイドの説明はいらないよな?」
「いらない。それにしても上級理事、分かってたけど大物」
「別に俺たちは此奴と事を構えたいわけじゃないんだけどな」
「カディアスを始末すれば大丈夫って試算は崩れた?」
「いや、そんなことはない。弱みリストにウォーレン・ソマーズの名前はなかった。此奴の目的は財務記録の方だと思う」
ネオンが偶然手に入れた機密データには、三つのデータが入っていた、五十二人分の下関連の弱みリスト、マグラート技術関連の兵器データ、そして何らかの財務記録だ。
「こういう記録は専門知識を持った人間が見ないと価値はないに等しいから、データさえ渡せば諦めると思う。俺たちが傭兵なのは向こうも知ってるだろうし」
傭兵が数字の羅列を見て、何か分かるとは思わないだろう、実情として分からないし分かろうとするつもりもない。
「消去法?」
「ああ、それに暗部を率いているのはカディアスでウォーレンじゃない。やはりカディアスを潰すのが一番だ」
「それなら安心、イーディスたちに伝える?」
「もう伝えたよ、『向かってくるなら叩き潰すだけです』だってよ」
「機械頭のくせに脳筋」
「ふふ、元からそういう性格なんだろ。リノレスセカンダスコロニーで初めて会った時は有名な傭兵としか思ってなかったんだけどな」
そういう意味ではイーディスとも多少なりとも仲を深めたとも言えなくもないのかもしれない。
「黒魔女隊のことは調べた?」
「調べたけどそっちは全然ダメだな。本当にこの惑星にいるのか疑いたいぐらい何もない」
「それは仕方ない、相手は連邦航宙軍最強の特務ARMS大隊」
「ゼナに聞いてみるか」
彼女は元連邦航宙軍の人間だ、知っていることはアレンやネオンよりは多いだろう。
『詳しいことは知らないぞ、だけど身内の私たちからしてもあいつらの伝説的な活躍は有名だったし、ネオンが戦ったエレシア・レン少佐は知ってるぞ』
「どんな奴?」
『《黒魔女》が持つ最強の戦力だ、通称《魔女の剣》、ARMSパイロットとしても兵士としても優秀、ネオンが白兵戦で勝ったって聞いて驚いたんだぞ』
「あれは向こうに殺意がなかったのも大きい」
『殺意ね、単分子剣同士で斬り合うとか意味わからんけどな、あれは変態が使う武器だぞ』
「私は変態じゃない」
『へーへ、とにかく私はもう会いたくない相手だ』
「黒魔女隊は企業の私益のために動いたりするか?」
『絶対にないな、黒魔女隊を率いる《黒魔女》サーシャ・レイズ大佐はまじの傑物だ。金や面子で動くような小物じゃないな』
「会ったことがあるのか?」
『いいや、でも《黒魔女》なんて呼ぶ連中がいて、彼女がその異名に劣らない女傑で、同じ軍人たちにも恐れられてるのは事実だな』
「粛清でもしたの?」
『ゴミ掃除の間違いだな』
「なるほどね」
ネオンはその一言で、サーシャ・レイズ大佐が何故同僚に恐れられているのかを察した。
「ん?」
その時アレンは、小型端末にポップアップしてきた通知を見て、ホロディスプレイを起動する。
「どうかした?」
『なんかあったか?』
「ああ、誰かが俺のパーソナルネットワークにハッキングしてるみたいだ」
『えっ!、それって不味くないか?』
「いや?、別にそんなことないが」
『はぇ?』
アレンの反応がさらっとし過ぎて、ゼナは自分の反応が間違ってるかと一瞬思ってしまう。
「ゼナ、アレンはウィザード級だから」
『あぁ、そうか。いや、だとしてもハッキングされてるって事実は放置できないだろ』
「クラッキングじゃないからな。どうやら俺に通信したい誰かがいるらしい」
アレンがホロディスプレイを片手で、操作して、防壁をわざと解除する。
数秒後、通信音が鳴りアレンはその通信に出る。
『初めまして、軍用レベル、いや、ウィザード級の防壁を持つスターリング傭兵団の団長殿、私の名はサーシャ・レイズ、レイズ大佐と呼んでくれ』
通信の向こうからはっきりとした女性の声が聞こえ、その女性はなんと先程まで話していた黒魔女隊のリーダーの名前を名乗った。
アレンは即座に逆探知を仕掛け、相手は軍用レベルの暗号通信回線を使っていることに気付いた。
「アレン・リード、スターリングの団長だ、レイズ大佐殿」
『まずは通信に応じてくれたことに感謝しよう。部下たちでは君の防壁を破れなかったようでね』
「いくら軍とはいえハッキングして通信するのは止めて欲しいな、特にマセナリーのデータベース経由でやるのは」
『マセナリーは半官半民の組織だぞ、アレン殿、覚えておくといい』
「喧嘩を売る為にそんな面倒臭いことをしたのなら俺は切るぞ」
『そう結論を急ぐな。私は褒めているんだよ、君のハッカーとしての実力をね』
「嬉しくないな」
『それは失礼した。君は世間話を嫌うようだから本題に入ろう。君たちが持っているのだろう?、ニーケロン社のスパイが残した機密データを、それを渡して欲しい』
レイズ大佐の要求は、アレンには驚きだったが、ネオンたちにとってはある程度予想できたものだった。
「向こうは暗部の動向も監視してるはず、知っていたとしても不思議じゃない」
「どうして欲しがる、黒魔女隊は企業の私益のためには動かないんだろ?」
「エグロン社の為とは限らない」
小声で話すネオンの意見にアレンはなるほどと頷く。
「お前たちが欲しいのはマグラート関連技術兵器のデータでしょ」
『誰だ?』
「ネオン・ヴァイク」
『ほう、君が《銀翼》か。戦場しか知らないと思ったが存外頭が回るな』
「肯定と受け取る」
『勝手にするといい、我々の要求は変わらない。機密データを渡すか渡さないかだ』
「渡さなければ私たちを殺す?」
『そんな野蛮なことはしないさ、君に殺される部下が可哀想だ。だが君の仲間たちは君ほどは強くないだろう』
レイズ大佐が暗に脅してくる中、ゼナが話してくる。
『渡す以外の方法はないと思うぞ』
「ダメ、渡したら私たちを暗部から守る盾が無くなる」
『それじゃあ黒魔女隊とやり合う気なのか?、正気じゃないぞ』
「そんな無謀じゃない、私に策がある」
ゼナはとりあえずネオンの言葉を信じてみることにした。
「取引をしたいなら対価が必要」
『何が欲しい?』
「一日後軍の惑星離脱許可をジーベック、リュケイオン、ドラクロワの三隻に出して欲しい」
『何?』
「無理なの?」
『いいや、可能だ』
「それなら取引成立。機密データの一部を先に渡す」
ネオンに目配せを送られたアレンは、ホロディスプレイを操作し、電子スキャンした機密データの財務記録を通信回線を通じて送信する。
『確認した』
「残りは許可が降りて、私たち全員がこの惑星を出たら送信する」
『このデータが本物である証拠は?』
「ご自慢のサイバー班に分析させればいい。それじゃあ」
『あ、待て』
ネオンは強制的に通信を切ってしまった。
『おい、大佐の不況を買ったらどうするんだよ』
「向こうのペースに乗せられないことが大事。それに他人を操ろうとする奴は嫌い」
ピッタリと胸に縋り付いてきたネオンの頭を撫でるアレンは、そんなネオンの様子に苦笑を零す。
『なんか言えよ』
「許してやれとは言わないけど軍人に良い思い出はないんだ、たとえ悪い結果になったとしても団長としての責任は取るから」
『その言葉がすぐに出るってことは、アレンは間違いなく団長の器だな』
「からかってるだろ?」
『さてな?、取引の内容はイーディスたちに伝えといてやるよ、お前らはそこでイチャイチャしてろ』
そんな台詞を残して、消えたゼナにアレンはとりあえずホロディスプレイを消すのだった。




