五十話 剣舞
ネオンとエレシアの戦いは、ゆっくりと始まる。
それぞれ鞘から単分子剣を抜いた二人は、正面から向かい合い、静かに間合いを詰めていく。
二人の得物である単分子剣は、あらゆる物質を切り裂く切れ味を持つが、その刃同士がぶつかった場合は、互いに切断されてしまう。
そのため二人は、刃同士をぶつけないように剣を振るう技量が求められる。
「「ーーー!」」
両者の間合いが交わった瞬間、ネオンとエレシアの手元がブレて、互いの単分子剣が振るわれる。
刃先を立てるネオンに対し、エレシアは強化合金で包まれた刀身で、刃先を滑らせ弾く。
弾かれることを読んでいたネオンは剣を引き、エレシアの刃を強化合金製の刀身で、受け流す。
二人の剣戟は攻防がコインの裏表のように目まぐるしく入れ替わり、美しい剣舞のような戦いに、周囲の人間は思わず目を奪われる。
絶技の応酬を含んだ八合の斬り合いでお互いに感じ取る、この戦いは長くはならないと。
お互いの剣速は同速、得物も同等、剣の腕にも大きな差はない、身体能力も同格、そうなれば勝負を分けるのは精神力だということを。
心をぶつける戦いなら長引くことはないし、長引かせるつもりはない。
「「シッ!」」
鋭い呼吸を挟んだ二人の距離が一時的に離れる。
「良い剣、まるで一本の大樹のように揺らぐことのない、ただし枝葉は少ない」
「そっちの剣は鋭く強いけど、それだけ」
煽り合う二人は、それぞれ剣を水平に構え突きの構えを取る。
斬撃が通用しないなら、突きに辿り着くのは当然の帰結であり、二人は同じ思考回路に仄かに笑う。
「「っ!」」
瞬きの間に叩き込まれる三段の突き、ネオンの突きは速く、エレシアの突きは重い。
両者の突きは互いの首元を撫でる。
血が飛び出るが、二人は気にせず、剣を振るう。
「軽い!」
「遅い!」
再び華麗な剣舞に突入した二人は、速度を増しながら、激しい斬り合いを続ける。
一つのミスも許されない状況下で、左目に垂れてきた血液にネオンは、ほんの一瞬驚く。
その隙を見逃すエレシアではない。
「っ!?」
「!!」
エレシアの斬撃が、ネオンの左肩を掠め、防刃素材の傭兵服を切り裂き、彼女の肩を赤く染める。
「あの時の傷が再出血したのか」
「なんと不運な!」
ツーとリオンが決着打に声をあげる中、エレシアは容赦なく、ネオンの急所を狙って、剣を振るう。
その瞬間、ネオンの脳裏に走馬灯が流れる。
◆◆◆◆
アレンの顔とシルヴァーナの機体の映像が、濁流のように流れていく。
ネオンにとっての世界はそれほど広くない、大切なのはアレンとシルヴァーナだけだ。
それは今も変わらないが、今は傭兵団も大切なものの一つだ。
大切なものを守るには力がいる、それにもしアレンが傍に居たら、絶対にこう言ってくれる。
『ネオンがこの宇宙で一番強い女だって俺は知ってるぞ』
「ふんっ!」
「!?」
斬撃が脳天に当たる瞬間、ネオンは剣の側面を拳で叩き、頬を刃が掠め、出血するのも気にせず、剣を下段から振るう。
驚きながらも、バックステップを踏んだエレシアに対し、ネオンの剣は空を切る。
「私の剣を…!」
「見えてない、勘。それよりもお前、処女でしょ?」
「はぁ?」
ネオンの予想だにしない問いに、警戒しながらもエレシアは、困惑の声を上げる。
「剣は全てを語る、お前は処女」
「処女の何が悪い、まさか男と寝たから自分の方が強いとでも?」
「理由が違う、守るものがあるから私は強い。私と守るもの、二つがあるから二倍強い。お前は自分だけ」
「世迷言を」
「証明する」
出血し全身が血に濡れたネオンは、剣を正眼に構える。
(大口を叩いた割には何の捻りもないただの正眼?、何が狙いだ)
ネオンを警戒するエレシアは、剣を下げ、防御に専念しようとするが、そこでネオンが笑ったのが見えた。
その瞬間、ネオンの剣が動く、愚直に振り下ろされる袈裟斬り、何度も見た、対処を誤るはずがない。
だが、ネオンは自信ありげに啖呵を切り、血だらけなのに笑った。
(ただの袈裟斬りじゃない、何かがある、私の防御を破る何かが!)
ネオンへの過剰な警戒心が、ほんの僅かに彼女の守りに揺らぎを作ってしまう。
そしてその揺らぎを待っていたネオンは、受け流す彼女の刀身の角度を読み切り、刃先を真っ直ぐ立て、剣の刀身を折った。
「お前の負け」
「認める、お前の術中にハマったこと」
「術なんて大層なものじゃない、ただの心理戦」
ネオンは、単分子剣を鞘に納める。
「殺さないの?」
「私はお前が剣でしか話さないって言うから応じただけ、これで目的とやらを果たしたのならさっさと消えてくれると嬉しい」
「負けて不愉快」
「本当に殺すよ?」
「冗談」
エレシアは、折れた刃先を掴み取り、鞘に入れ、半ばで折れた剣も鞘に納めた。
「一つ質問がある、お前にとっての悪は何?」
「私と私の大切なものを害するものが悪」
「その悪が国家だったら?」
「国を変えればいい、宇宙は広い」
「確かに」
ネオンの返答に満足したのかは分からなかったが、首の出血を、どこからか取り出した小型のスプレーから救急用ナノマシンを噴射して止血し、パワードスーツの元に戻る。
「満足したの?」
「それを判断するのは私じゃない。でも私はお前のこと嫌いじゃない」
それだけ言い残してパワードスーツに乗り込んだエレシアは、部下を連れて、スラスターを吹かせて、エレンたちがいる通路に戻った。
「ネオン!、すぐに止血を…」
「大丈夫、傷の治りは早い方、血はすぐに止まる」
肩の傷はそれなりに深かったが、その傷の出血も既に止まっている。
「高い治癒能力でござるな」
「ん、上に戻ろう、まだいつ暗部が戻ってくるか分からない」
「ツーとスリーはどうする?」
「イーディスたちに手伝ってもらう」
◆◆◆◆
『こちらレン少佐、レイズ大佐へ報告する』
『当ててやろう、《銀翼》のパイロットに剣で勝負を挑み、負けたな』
『ウザい』
『はは、それが私の特技だ、それでそのパイロットはどうだった?』
『国家の脅威にはならない』
『ほう、どうしてそう思った』
『ヤツ、ネオン・ヴァイクは悪を自分と自分の大切なものを害するものだと言い、その悪が国であれば国を変えると言った』
『なるほど、お前が剣で語り合ったのならお前の目を信用しよう。ただし報告書はきちんと書くように』
『書類は嫌い』
『それが仕事だ、少佐。報告書があれば作戦で失ったものを経費で買い直せる』
『…書く』
『よろしい、一度戻って休め。作戦は明後日決行だ』
『見つけたの?』
『何のために顔を見せたと思っている』
『…敵を焦らせるため』
『そうだ、故にヤツらは尻尾を出した。作戦には間に合うようにしろ、アウト』
『了解』
同じく通信を切ったエレシアは、ステルス軍用ヘリに揺られながら内心独り言ちる。
(男を作ってみる)
ネオンに敗北した、その負けた理由はヤツの言葉を借りると守るものがないからだ。
ヤツの挑発の言葉から考えると、ヤツには男がいる、いや、恋人と言い換えるのが正確かもしれない。
(でも男のことなどよく知らない、ここはネオンの恋人を見て判断する)
スターリングの情報をHUDに表示し、男のクルーを探す。
(男はこいつだけ、アレン・リード。この男がネオンの恋人)
パイロットには見えなかったが、案の定記録では整備士と書かれていた。
(こういう男がネオンの趣味なのか)
手元の情報では顔と名前、それと職業くらいしか分からなかったが、ネオンの恋人というだけで興味があった。
(何故ネオンはこの男と恋人になったんだ?)
それはエレシア・レン少佐、連邦航宙軍の精鋭部隊である黒魔女隊に所属し、《魔女の剣》と恐れられる女軍人が、生まれて初めて異性に興味を持った瞬間だった。




