四十五話 動き出す各勢力
撤退していくシルヴァーナと暗赤のARMSを見ていた連邦航宙軍の特務ARMS中隊"黒魔女隊"に所属する三機のARMSは、二機が完全に撤退したことを確認した。
『レイズ大佐、両機のシグナルをロストしましたわ』
『了解した、帰投するぞ』
『『了解』』
反転する一機の後を追って、二機のARMSも撤退する。
『素直に引いてくれて助かりましたわ』
『それを念頭に置いた任務だ、フェイ中佐』
『全く、フットワークが軽いのは私たちの利点ですが、三人が出ることはなかったでしょう、そうは思いませんか、レン少佐』
『ーーー』
『…レン少佐?』
『何?』
『今の話を聞いていましたか?』
『ううん、聞いてない』
『はぁ、大方あの二機のARMSのことを考えていたのでしょう?』
『うん、赤いのはエグロンの新型、銀色は《銀翼》だと思う」
『《銀翼》?、どこかで聞いた覚えがありますね』
『セレジア共和国のネームドだ、確か情報部からの報告では数ヶ月前に死んだと聞いたが、本物か?』
『本物、あの銀色のARMSを見間違えることはない』
『…ふむ』
『情報部が優先度の低い情報を誤るのはいつもの事ですが、レン少佐は見たことが?』
『一度戦場で戦った、あの時は単騎で一個戦闘中隊を全滅させて、三つのARMS小隊を撃滅した』
『とてつもない相手ですね』
『うん、私が戦ったARMSでも三本の指に入る強さ』
『そこまでですか』
フェイ中佐は、レン少佐のあまりにも高い評価に驚きを隠せなかった。
『うん、強い』
『死んだはずの《銀翼》か、白鳥の報告にはなかったな』
『故意に伏せたか、もしくは知らなかったかのどちらかですわ』
『私は後者を推そう、我々を利用しているヤツが故意に伏せる理由はない。レン少佐、《銀翼》のパイロットの面は割れていないんだったな?』
『うん、分かってるのは女ってことと凄く美人ってことだけ』
『なんの情報も無いに等しいですわね』
今の時代では電脳化している場合は義体を乗り換えられるので、性別や容姿と言うのは個人を特定する情報にはなり得ないのだ。
『我々の存在を明かした以上、こちらから動くことができる。レン少佐、一個分隊を預ける、《銀翼》を見つけ、パイロットと接触しろ。そしてその人物が連邦の敵かどうか見定めろ』
『連邦の敵だった場合は?』
『排除しろ』
『了解』
連邦航宙軍の特務ARMS中隊"黒魔女隊"所属のエレシア・レン少佐は、操縦桿を軽く握るのだった。
◆◆◆◆
一方のエグロン社の暗部の指令室は沈黙に包まれていた。
それもそのはず、コンペで発表する予定の新型ARMSと対等に渡り合う謎のARMS、さらに突然現れた"黒魔女隊"。
前者はいい、ARMSなんぞ都市部ではろくに使えない、問題は後者の黒魔女隊だ。
(何故企業間の諍いに連邦航宙軍最強の特殊部隊が出てくるんだ!?、有り得んだろう!、これは私の判断できる領分を超えているぞ!?)
カディアスは決して口には出さないが、内心叫び出したいのを堪えていた。
「ベケット様、シンドール博士より通信が…」
「放っておけ、どうせあの謎のARMSが欲しいだのと無理難題を言ってくるだけだ。それよりもソマーズ様にご連絡申し上げろ」
「し、承知しました」
部下が通信すると、『VOICE ONLY』の文字がモニターに表示される。
『何用かね、ベケット君、私は仔細を君に任せたはずだが?』
「申し訳ありません、作戦は順調なのですが、一つだけ問題が。黒魔女隊が現れました」
『ーーーベケット君』
「はい、なんでしょうか?」
『今すぐ機密データを取り戻せ、いや、この際どのような手段を取っても構わん、たとえ軍であろうとも第二空港は我々の影響下だ、容易には手を出せん』
「敵は二手に別れておりますが、空港の連中を締め上げると?」
『より確実な方からやれ、最悪データを持っていなくとも人質にはなるだろう』
「分かりました、すぐに取り掛かります」
『頼むぞ、血が流れても構わんが、結果は出すように』
「はっ」
通信が切れると、カディアスは即座に部下たちに命令する。
「全班に通達、傭兵団スターリングの乗組員を全て捕らえ、母艦を制圧しろ」
◆◆◆◆
周囲の勢力が一気に動き出す中、シルヴァーナに乗るネオンは、黒魔女隊の三機が撤退したことを確認すると、即座にエレンに通信を送る。
「緊急事態、黒魔女隊が現れた」
『ネオン、私たちは何をすれば?』
黒魔女隊の名前にも動じない機械知性のエレンを心強く思うネオンは、すぐに口を開く。
「暗部か、黒魔女隊かは分からないけど、敵は必ずジーベックに攻めてくる、私が戻ってくるまで皆と耐えて」
『承知しました、アレン様の船を誰にも渡しません』
「お願い、黒魔女隊だったら絶対に正面から戦わないで、多分ゼナとリオンは分かってると思うけど一応言っておく」
『重要事項として記録しておきます』
「ん、すぐに戻るから」
エレンとの通信を切ったネオンは、すぐにイーディスに繋げる。
「イーディス、状況は把握してる?」
『はい、黒魔女隊が現れたことも承知しています』
「それなら話が早い。母船の格納庫のハッチを開けて、直接降りるから」
『堂々と降りるつもりですか?』
「大丈夫、ステルス機能があるから」
『随分と高性能な機体を持っていますね。分かりました、アレンの方の準備は既に整ってます』
「ん、アレンにシルヴァーナを届けたら、私と一緒にジーベックに行って欲しい」
『敵が強硬手段に打ってでると?』
「可能性は高い、もし黒魔女隊が出てきたらクルーは死ぬ」
『黒魔女隊が貴女たちの船を狙うと?』
「姿を表した以上可能性は否定できない」
『暗部であることを願いましょう、黒魔女たちが出てきたらアレリアたちがいたところで対抗できるかどうか』
「同感」
黒魔女隊、連邦航宙軍最強と言っても過言ではない特殊部隊だ。
過去に一度戦場で戦ったネオンは、その強さはよく覚えている。
(軍が企業間の諍いに介入してきた意図は分からないけど、あの黒魔女たちが相手なら一切の油断はできない)
イーディスから送られてきた座標を頼りに、イーディスたちの母艦である大型艦リュケイオンを確認したネオンは、開閉した格納庫に着陸する。
格納庫内には、多数の医療ポッドが並び、多くのエネルギー管が伸びていた。
周囲の安全を確認し、コックピットを開けると、シルヴァーナの熱光学迷彩が解除され、シルヴァーナの全容が明らかになる。
ネオンは、コックピットのドアから伸びるウインチを掴んでシルヴァーナから降りる。
「トラブルがあったみたいだな」
「ん、とりあえずシルヴァーナは届けた」
アレンと言葉を交わし、ネオンの視線は自然とアレンの隣に立つもはや見慣れたバイザーを着けた見知らぬシスターに目が行く。
「彼女はメーヴェです、リュケイオンを管理している者と認識していただければ」
「ーーー」
メーヴェと紹介されたシスターは、ネオンではなくシルヴァーナを見ていたが、イーディスに小突かれて、ネオンの方に顔を向ける。
「よろ」
「ん」
ネオンはアレンに信用できるのかと意図を込めた目を送る。
「実力は信用できるよ、少なくとも仕事に支障はない」
「アレンがいいならいい」
「すぐに作業を始めよう、メーヴェさん」
「うん」
アレンたちが作業を始めたので、ネオンはイーディスの方に近づく。
「足はある?」
「ありますが、飛んだ方が速いと思いますよ」
「私は飛べない」
「あっ、そうでしたね。それなら私が抱えましょうか?」
「絶対に嫌」
「そこまで露骨に嫌わなくてもいいじゃないですか」
「私はイーディスが嫌いだから」
「酷くないですか?、ネオンに何か悪いことはしましたか?」
「アレンを諦めていないこと、分かってるから」
「ーーー」
「ーーー」
「いいじゃないですか、アレンの一人や二人」
「斬るよ?」
「コホン。ネオン、その話は後にしましょう」
「ちっ、さっさと運べ、少しでも揺れたら斬る」
「私に非があるとはいえさすがに酷すぎません?」
イーディスの抗議を完全にスルーするネオンだった。




