三十五話 紙本屋
ケイトが用意してくれた高級ホテルに泊まった翌日、ベッドから起き上がったアレンは、隣で一糸まとわぬ姿で寝るネオンに、シーツをかける。
「ん、アレン」
「起こしちゃったか」
「そんなことない、たまたま目が覚めた」
「一緒にシャワー浴びるか」
「ん」
お互い裸のままの気だるい身体を背負って、シャワー室に入る。
「今日は紙本屋に行くんだっけ?」
「ん、アレンも来る?」
「あー、どうしようかな、せっかくの休暇だし、一緒に行ってもいいか?」
「いいよ」
「エレンもけどいいか?」
「私は別に構わない」
「ありがとう」
「買う本は娯楽小説か?」
「ん、幸いお金はあるから、たくさん買うつもり」
「惑星だとコロニーで買うよりも安いんだっけか」
「そこが惑星に住むメリットの一つかも、居住地には紙本屋が近くにあるといい」
「それも条件の一つか」
「ん」
雑談をしながらシャワーを浴び終えた二人は、シャワー室を出て、新しく用意した服に着替える。
アレンは小型端末で、エレンに通信する。
「おはよう、エレン」
『おはようございます、アレン様』
「昨日の夜はありがとうな、気を使ってくれて」
『いえ、この程度の配慮はアレン様に奉仕する者として当然のことですから、お気になさらず』
「昨日の埋め合わせってわけじゃないが、ネオンが行く紙本屋について行こうと思ってるんだけどエレンも行くか?」
『行きます!』
「分かった、部屋で待ってる」
「ネオン、エレンが来るってさ」
「おーけー」
コンコンというノック音が部屋に響き、アレンが扉を開けると、クラシカルメイド服を着たエレンが入ってきた。
「おはようございます、ネオン」
「おはよう、エレン。昨日はありがとう」
「いえ、アレン様の為ですから」
「アレン様、ネオンに飽きたら私を使うこともできますから、遠慮しないでくださいね」
「アレンに手を出すなら、スクラップにするから」
「落ち着いてください、ネオン。私はあくまで欲求の処理方法として提案してるに過ぎません」
「ーーー」
「エレン、俺の為に行動してくれるのは分かってるから、一回静かにしよう」
「?、承知しました」
ネオンが青筋を額に浮かべていたので、アレンはすぐにエレンを静かにさせるのだった。
◆◆◆◆
ホテルで朝食を済ませた三人は、公共交通機関に乗り、目的地の紙本屋を目指した。
その道中で、アレンはマキウス教会について調べていた。
マキウス教会が信仰するマキウス教は、惑星マキレウスにて生まれた創唱宗教で、その歴史は古く、千年近い歴史を持つ古代宗教だ。
稀代の天才技術者集団の鉄人会が生み出した先進的な義体技術を始めたとした機械技術により、マキウス教会の掲げる教義である機械信仰は義体を必要とする人間たちを中心に広く信仰されている。
長い歴史の中で、その教義は様々な変遷を経た今の主流の教義は穏当なものらしい。
マキウス教会が銀河に知られるきっかけになったのは、教会の先進的な機械技術を支えていたエネルギー資源であった"マグラート"を巡る星間国家との戦争で、マキウス教会が勝利したことだ。
この勝利によりマキウス教会の武力は宇宙に広く知られるようになった。
("マグラート"か、ARMSサイズにジェネレーターを小型化するのが難しかったんだよな、アンドロイドサイズなら逆に簡単だったんだけど)
兵器開発技術局の技術者時代、その職権を乱用してアレンは理想のARMSを作る為のエネルギー資源を探し回った時を思い出す。
当然マキウス教会が独占していたマグラートも試したことがあった。
ARMSの搭載するジェネレーターのエネルギー資源に向かないとして、利用を断念した過去がある。
(そう思うとマグラートを断念したことで、既存のエネルギー資源を諦めたことは結果的には良かったな)
もし既存のエネルギー資源から、探していたら未だにシルヴァーナは机上の存在に過ぎなかっただろう。
「アレン様」
「ん?、なんだ?」
「何をお調べに?」
「マキウス教会の歴史をちょっとな」
「マキウス教会ですか、何か気になることでも?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、教会の作る船は特殊だから何かインスピレーションを受けられると思ってな」
「特殊というのは、可変武装のことですか?」
「おっ、宙域ネットワークにも残ってたか」
「はい、僅かでしたが」
「マキウス教会の技術者はコンシールド装甲で武装を隠すが好きだからな」
これには教会が持つ戦力を悟られないようにしていた星間国家との戦争からの名残のようなものだ。
しかしその名残のお陰で、マキウス教会は可変機構に関する高い技術を持っていたりする。
「アレン様はあの二機以外にも作るおつもりで?」
「もちろん、あの程度で俺は満足しないぞ」
「流石アレン様です」
エレンと雑談している最中に、目的地の近くのバス停に到着し、運賃を支払った三人はバスから降りる。
「ネオン、紙本屋にはどれくらいで着くんだ?」
「すぐそこ、あそこ」
「近いな」
「ん」
ネオンが指差した先の通りの向かいにある紙本屋を見つけた。
通りを渡り、三人は目的地の紙本屋に入る。
「おお」
「紙の本がたくさん」
初めて見る紙の本の量に感嘆の声をもらしたアレンの横を、目をキラキラとさせたネオンが通る。
「ネオン」
「分かってる」
「ならいいよ」
アレンが求める本とネオンが求める本が置いてある本棚の場所が違うので、買いすぎないように忠告してから一時的に別れる。
特にこれといって欲しい本があるわけではないが、少なくともネオンが好きな娯楽小説を読むことだけはないという判断だ。
「ネオンは俺の苦手な駄作も含めて好きなんだろうけど」
独り言を呟きながら、紙の匂いに溢れる店内を歩き回る。
本棚に並ぶ本たちを流し目で、見ていたアレンはたまたま気になった本を手を取ろうとして、同じ本を取ろうとした人と手がぶつかる。
「あ、悪い」
「いや、こちらこそ済まない」
手がぶつかった人は、どこかで見たような格好をしていた。
ぶつかった手は人工皮膚で作られた義体、目元を覆うタクティカルバイザー、頭の上に浮かぶ半透明の輪っか、そして簡素な修道服、機械の尻尾まで生えていたらイーディスと間違えてしまうほど、その女性はイーディスと容姿が似ていた。
「私の顔が珍しいか」
「あ、いや、そうじゃない、誤解しないでくれ。貴女が最近会った人に似ていただけだ」
「似ている人か、なるほど」
「不快だったのなら謝る」
「必要ない、物珍しい目で見られるのは慣れている」
「ありがとう」
軽く頭を下げたアレンは、そのまま立ち去ろうとする。
「この本はいいのか?」
「ああ、タイトルが少し気になっただけで絶対に読みたいわけじゃないから貴女に譲るよ」
「そうか」
女性はアレンが取ろうとした本、『天使失格』の表紙に視線を落とす。
「察するに君は神を信じていないな」
「…聖職者の前ではいそうですかとは言いずらいな」
「構わない、私は他人が何を信仰していようと気にしない」
「確かに貴女の言う通り無神論者だ」
聖職者らしくない発言だと思いながらアレンは答える。
「それならこの『天使失格』はおすすめだ」
「そうなのか?」
「ああ、この本は神を否定する禁書だ」
「禁書?」
「安心しろ、公的に認定されているわけでない、宗教家が嫌うという話だ」
「ああ、そういう…面白そうだ、読んでみるよ。教えてくれてありがとう」
「礼は必要ない」
そのまま女性は踵を返してその場を去った。
「アレン様、その本をお買いに?」
「俺はお世辞を言ったつもりはないからな」
『天使失格』を手に取り、セルフレジで会計を済ませた。




